第44話 琥珀色に光る街で
あれから数日が経ちプレ公演が始まった。
演劇寄りというよりはサーカスに近い演目だ。
伴奏もフェリックスが奏でる音と録音していたものを使う。
プレ公演中に音楽隊を入れる話は結局フェリックスがお祭りの方に熱が入った結果なくなった。
リマクでは私達のような魔法を大々的に使った舞台というのはないらしい。(というか世界中探してもうちぐらいだ。)
だから物珍しさで見に来た人達や流行に敏感な人達が見に来てくれてかなり話題になっていた。
もちろんいい意味で。
いい評判が伝わってそれなりに有名になってきた。
リマクの人が夢中になっているお祭りが終わったら音楽隊も交えての公演になる。
そうなったらきっともっといい舞台になるだろう。
そして、今日はお祭りの日。
土日に渡って行われるこのお祭りの期間中は公演はお休み。
みんな舞台なんかよりもお祭りを見に行くだろうからね。
そして団員達の休養も兼ねて、だ。
この公演が始まる前に色々ありすぎた。
望ましい結果で終わらなかったこともあった。
なんとなくガルニエ内が暗い空気が漂っているような気がする。
仕方のないことだけど、いつまでも過去を引き摺るのは良くない。
……ここまで気を使っているけど一番引き摺っているのは私なのかもしれない。座長がこんな感情なのだから付いてくる方だってそうなってしまう。
朝からお祭りはやっているみたいだ。
そしてちょうど今、夕暮れ時からメインのこの土地の神への感謝を込めた踊りが始まるらしい。大地の神パチャママなどへの感謝の踊り。
以前は練習しているところを見たけど、その本番というわけだ。
「団長〜今からみんなとお祭り行きますけど一緒に行くなら連れて行きますよ〜?」
キエリスと女性陣だ。
みんなおめかしをしている。中にはリマクの民族衣装を身に付けている人もいた。
「あー。私はちょっとしてから行こうかな。先に行ってて。」
「そうですか。わかりました。」
「じゃあ団長、またあっちでね」
「うん。ミッシェル。またね。」
とは言ったもののなんとなく行く気にならないなぁ。
今日の夜ご飯は自分達で、ということになっているから大体の人が祭りに行っている。もちろん残っている人もいるけど。
「あれ?団長ちゃん。お祭りは行かないの?」
ミッケだ。髭をかきながら歩いている。
「ああ、そろそろ行こうかなってね、ミッケは?」
「うーん。まぁいいかなぁ。ここから中心街まで遠いし、歩くのは面倒でね。キエリスちゃんとかはもう出たんでしょ?」
「うん。ミッシェルとカミラとメリチェル、ヴィーナ、ナレアとかと一緒にね。」
「そこには混ざれないな」
「いいじゃん別に。」
「そんな高嶺の花達とおじさんが一緒に歩けないでしょ。」
「みんな気にしないよ、そんなこと。」
「こっち!こっちが気にするの!」
変な気を使ってるなぁ。送るぐらい別にいいじゃないか。
「じゃ私が連れて行ってあげようか?」
「どうやって?」
「こうミッケを抱えて、飛んでいくだけ。」
「……団長ちゃんにお姫様抱っこされるのもなぁ」
「いいじゃないか別に。私は気にしないよ。」
「だからこっち!こっちが気にするの!」
めんどくさいなぁ。何をそんなに恥ずかしがってるんだか。
「あからさまにめんどくさそうな顔してるな。あのね。おじさんが団長ちゃんみたいな可憐な女性に抱えられるってのは失っていた心が何故かまた壊れるんだよ」
「なんで心失ってる前提なの……」
「おじさんってのは少年の心とやたら疲れてるという感情しかないんだ。」
「おじさん一般論。」
全然売れなそうなビジネス書のタイトルだ。
「ランランとシンシンは?」
「あのふたりはリーホワ様のお供ということで既に行ってるよ。」
「そっか。優しいねリーホワは」
「そだね」
「それでミッケはいいの?別に一緒に歩いてでもいいけど」
「いやぁいいや。もう時間も微妙だし。今日はゆっくりしているよ。屋上で風に乗って聞こえるお祭りの音楽を聴きながら煙草吸うっていうのもいいものなんだよ」
「ふーん」
「……ま、明日は見に行こうかな。お祭りってことは色んな料理とかも並んでるだろうしね。」
「そうだね。それがいいかもね」
「団長ちゃん」
「なに?」
「大丈夫かい?」
「大丈夫だよ。元気さ。見ての通りね」
「そう。じゃお祭り楽しんできてね」
「うん。ミッケも吸いすぎは気をつけてね」
「はいはい」
* * * * * * *
……団長ちゃんやっぱあんま元気なさそうだな。抱えすぎだっつーの。団長とアメデオさんにニニギさんが出ていてこうなったんなら誰も口出ししないのに。
団長ちゃんも煙草誘えばよかったかな。
* * * * * * *
んー。ひとりで行くのはなぁ。
やっぱりあの時一緒に行けばよかったかなぁ。
私ってめんどくさいな。
あ、ルミオがいた。
ルミオを誘ってみよう。
廊下を抜けて事務室に向かった。
いるかな。
扉をノックした。
「はいどうぞ」
やはりいた。
「ルミオ調子はどうだい?」
「ああ、なんだお祭りに行ったんじゃないのか」
「あーそうなんだそろそろ行こうかなって。ルミオはどうだい?」
「んー。公演がない日だから捗っててね」
舞台に出ない人は公演がある日はお客様の誘導だったり見回りだったり個室の対応だったりもしてもらっている。それに加えて諸々の庶務も抱えているから、事務作業が結構溜まってしまうのだ。
「区切りも悪いし明日にしようかな」
「……そっか。あまり頑張りすぎないでね」
「ありがとう。それはお互いにね。あ、あと祭りでみんな羽目を外しすぎてないかもお願いするよ」
うわ。そうだった。念の為、みんなには騒ぎすぎないように言っていたけど、やりかねない。
やれやれ。誰も乗ってくれないから行かなくていいやと思っていたのに遂に行く理由ができてしまった。
それに一応リマクのお祭りは今回の舞台のシーンのひとつでもある。本物を知っておく必要はある。
仕方ない。ひとりで行くか。
屋上に向かって足を進めた。
行けばなんだかんだで色々収穫があるかもしれないしね。
屋上にはまだミッケはいなかった。
飼っているニワトリたちは寝ているようだ。
少しだけジャンプしながら風を掴んで纏って気流を作り夜空を駆けた。
昼間は日差しが強くて暑いけど夜は肌寒くなる。教科書通りの砂漠地帯の気候。
心地良い涼しい風が海の方から流れて来ている。
そしてミッケの言っていた通り、風に乗ってお祭りの喧騒も聞こえてきた。音楽隊の高い笛の音。人々の声、足音そしていつもよりも明るくなったクチャクティムイの光が街の中心に近づくに連れて大きくなっていった。
家々の屋根を踏み台にしながら中心部に着いた。
国の中枢の建物が並ぶ一角の大きな広場。
そういえばリマクに着いた初日にルミオ達と来たっけ。
色んなことがあってもう随分と前のことのような感じがする。
大きなドーム状の建物の屋根に立った。
お祭りの踊りが見える。
赤、緑、黄色の服を着た人達がそれぞれの色の長い布を持って踊っている。その後ろでは悪魔の仮面をつけた男達が槍を持って演舞を披露していた。
座り込んでそんな様子を見ていた。
思っていたよりもずっと賑やかで大きな祭りだった。
そういえばティカちゃんはこのお祭り見たことあったのかな。
確か首都に来てから1年も経っていなかったはずだからなかったかもしれない。
冷たい風が髪を撫でて何処かへと流れていく。
膝を抱えて腕に顔を埋めながら祭りを見守っていた。
「素敵な夜ですね」
「ええ。そうですね。——!」
気が付いたら隣に女性が立っていた。
日に焼けた手足には赤い線が走っていて模様のようになっている。
黄色を基調とした民族衣装には煌びやかな色彩の模様が編まれているワンピース。
背中に垂れる髪は三つ編みにしている顔立ちがとても良い女性。
私よりも背が高そうだ。
そしてその琥珀のような瞳には花模様があった。
全く気が付かなかった。この私が。
まるで今までもそこにいたような雰囲気だ。
こんな場所に通じる通路や窓なんてないのに。
しかし、当のこのひとも別に驚かそうとして話しかけたわけでもなければ、敵意があった訳でもないようだ。
手を後ろで組んで私を覗き込みながら微笑む女性。
このひとは———
「今年の踊りはクオリティが高いですね。100年に一度といわれた25年前を超しています。見られてよかったですね」
「え?あ、ああ。そうですね」
「今年は特に音楽がノっていますね。気持ちのいい演奏というのはテンポが速くなってしまいがちですが良き手綱を持つ方がいるようです」
音楽隊の中によく見るとフェリックスがいた。打楽器を叩いていたかと思えばギターを弾き、ピッコロのような笛を吹いていたりと様々なパートをひとりで回っている。
こっちの練習もしながらこのお祭りの音楽隊にも参加していると聞いていたけど、こんなに張り切っていたとは。
「今更ですけどお邪魔しても?」
「ええ。どうぞ」
「では」
私の隣に座った女性は祭りの光景をまるで自分の子供がお遊戯をしている様子を見守るかのように見ていた。
慈愛に満ちた瞳はキラキラと輝いてみえた。
「こんなところからお祭りを眺めるのは初めてです。いいものですね」
「ええ。こんな光景を独り占めしてしまって、そろそろ誰かと共有したくなっていたところです」
「まぁ。ならお邪魔した甲斐がありました」
よく微笑む女性だ。
表情がころころと変わっていく。
「下には降りないんですか?もしかして賑やかなところは苦手?」
「そんなことないですけど」
「——そんな時もありますよね。いえ、気にしないでください」
「あなたはどうしてここに?」
「お祭りの喧騒の中で誰かが泣いていると感じまして、もしかしたら猫が木に登って降りられなくなってしまったのかなと。そしたらこんな素敵なところで可憐なひとを見つけて、ちょっとツンツンしようかなって」
「かわいい猫じゃなくてすみません」
「うふふ、そんなことないですよ。あなたもかわいいです」
……私はこの素敵なお姉さんに口説かれているのか?
面と向かってこういわれると照れてしまう。
顔が熱くなるのを感じた。
リマクに吹く冷たい風よ。熱った身体を冷ましておくれ。
「ねえ、可憐なひと。ひとり泣く夜もあるでしょう。泣いてもいい。だけど、決してひとりで泣かないで。あなたには素敵なお仲間がいるでしょう?あなたは何でも抱え込んでしまうけど、あなたの器の大きさは決まっている。溢れてしまえばあなたの余裕がなくなってしまう。そうなる前に素敵なお仲間にも頼ってあげて。きっとあなたに手を伸ばしたくてうずうずしているはず。あとは美味しいご飯を食べていっぱい寝るの。ここの食材は美味しいものばかりでしょ?」
優しく、うたた寝しそうな子供に語りかけるように素敵な女性は私に言った。
ちょっとした図星を突かれた気がした。
私は立場上人の前に立って、人の上に立っているけど、本当の私は組織の長なんて向いてない。
いやそんなことはとうの昔にわかっていた。
だけど、劇団が軌道に乗って、いろんな国の騒動に巻き込まれていくうちに自分が色々できると思い込んでいた。
実際昔よりは力もついたしできることも増えた。
だけど、私の心はそんなに成長していない。
力に似合う成熟した精神ではない。
こんな未熟で突っ走りがちな私を、仲間は受け止めてくれるだろうか。
——でも、でもきっとみんなは私よりもずっと立派なひとばかりだから、きっと受け止めてくれるだろう。
なにせ、私が選んだ仲間だから。
「——ありがとうございます。ちょっぴり、勇気が持てました」
「よかったです。では、私は行きますね。そんな素敵なお仲間が来るので」
「え?」
「あ、今度舞台観に行きますから、席を取っておいてください。お願いしますね」
「ちょっと待ってください!パチャ——」
「では」
「団長こんなところにいたー!なんか上に人いるな〜と思ったらひとりで何やってるんですか?……団長泣いてるんですか?顔腫れてますよ?」
気がつけば目の前にキエリスがいた。
周りを見渡してもキエリスしかいない。
座り込み、私の顔を覗くキエリス。
「キエ…リス…。」
「はい。えっと大丈夫ですか?うわっ!!」
キエリスの胸に飛び込んだ。
大声をあげて、とはいかなかったけど、静かに泣いてしまった。
困惑されるかと思ったけどキエリスは背中をさすり、頭を撫でてくれた。
しばらくそうして、下に降りてみんなと合流してお祭りを楽しんだ。
途中で見かけた酒屋で馬鹿やってた馬鹿共を大人しくさせてガルニエに帰った。
ガルニエの前に着いた時、少し強い風が吹いた。
きっと風が『よくやったね』と言ってくれていると思った。
まだ祭りの明かりが遠くで見えていて、いつもよりも星が少ないように思えたけど、きっと今日見た夜空を私は忘れないだろう。
この冷たくて暖かい風を私は忘れないだろう。
この大地に見守られている、そんな安心感を抱きながら眠りについた。




