第39話 記憶
暗闇の中でゆっくりとぼくに近付いてくる光が見えた。
そして目の前来たところでその光源がティカだとわかった。
「●●●●●」
ぼくに何かを言ったティカ。言い終わると口元が緩んだ。
その直後、その光は消え、また暗闇に包まれた。
夢、なのか。ぼくは夢の中で泣いているのか。
いやこれは夢ではない。今見たのは———
「プレンツ!!!大丈夫かい!?」
ステラッチェ団長の声で目が覚めた。
上体を抱き抱えられていた。
さっき見たのは、夢ではない。
だけど、どうか、どうか……
「あ、団長……。」
駄目だ。嫌だ。涙が止まらない。
「プレンツ。大丈夫かい?痛いかい?」
「ぼくは……大丈夫です……。団長……、ティカは……」
「………」
ステラッチェ団長は何も答えてくれなかった。
ただ口を塞ぎ、俯いた。
ああ、やっぱりあれは夢じゃなかった。
夢じゃ、なかった。
あれは現実だ。
飛んでくる岩からティカがぼくを押し退けて、ティカはそのまま——
なんで。
何でこんなことに。
何でぼくなんかを助けたんだ。
ガタガタと音が聞こえた。
岩の悪魔の辺りからだ。
まだ終わっていないというのか。
まだぼくは力を出せるだろうか。
でも音を聞く限りあちらもかなり力を失っている様だ。
もう一度、もう一度!
いや、なんだこの異様な空気は。
空気が、大気の成分全てに電気を帯びている様な。
口の中が鉄の味がする。
ぼくを抱えていたステラッチェ団長が今までいたことがない顔で岩の悪魔を睨んでいた。
自然と身体が震えた。
今まで体験したどんなことよりも、岩の悪魔の攻撃よりも明確に死を感じた。
ここにいると殺される。
今にも団長の全力が放たれそうで気が気ではない。
離れたいけど、身体が硬直して動けない。
前に冗談で悪魔と言ったけど、今の団長はまさしく、いや悪魔というよりこの感じは——
「許してくれ。ひとの子よ。」
突如脳内に声が響いた。
「許してくれ。我はもう目が醒めた。他の者はもう動けぬ。この様な狼藉は続けない。どうか、ひとの子よ。その怒りを鎮めて欲しい」
また脳内で声が。
団長がぼくを見た。
「ごめんね。大丈夫だよ。」
うまく声が出なかったから小さく頷いた。
今になって呼吸ができてないことに気がついた。
呼吸ができないほど怯えていたのか。
「我らはヴィラコチャに作られし、出来損ないのひと」
ヴィラコチャに作られた……!?
ということはこの声は岩の悪魔のものか。
岩の悪魔は語り始めた。
妙に落ち着く声だと思った。
* * * * * * *
我らはヴィラコチャに作られし、出来損ないのひと。
地上の人間が地下に潜るようになったことを知ったヴィラコチャは再び現世に帰られた。そこでヴィラコチャはかつて産んだ第一ひとの過ちを犯さぬように、現世を生きる人々が祈りに使うコカの葉やチチャなどを混ぜて我々を作った。
我らは峠に橋を作り、田畑を耕した。かつての我らは傲慢で我ら同士とも協調することはなかったそうだが、それはヴィラコチャの望みではない。再び、我らとそして人間が共に歩くことを望んだ。
だが我らは知ってしまった。地下に潜った人間は、同胞同士で殺し合っていた。理由は知らぬ。理由はあったのかもしれぬがそんな理由はとうに忘れるほど、憎悪が地の下を支配していたのを感じた。
我らはこんな下等な生物共に橋をかけ、田畑を耕したのか。我らは正気を失った。我らは斯様な愚かな生物のために身を削ったわけではない。
そしてかつての同胞と同じようにヴィラコチャの思いを踏み躙り大地を荒れ果てさせた。
そしてかつての同胞と同じくヴィラコチャを再び怒らせ、悲しませてしまった。
ヴィラコチャは我ら諸共洗い流そうとした。ウヌ・パチャカティだ。
海から再び舞い降りたヴィラコチャは、その勢いのまま大地を海で覆ってしまった。
我らは海水に弱い。我らは斃れた。しかしここにいる我ら四人のみがこの洞窟まで逃げてこれた。
ウヌ・パチャカティに怯えてこの洞窟まで逃げてきた。我らは力尽きて深い眠りについた。
我らは夢を見た。悪夢だ。人間が人間を殺す夢だ。この洞窟は我らが下等な生物と蔑んだ人間の隠れた地下へ続く道だった。
悪夢を見ていた。眠りについている間ずっとだ。悲しみと怒りと飢えと恐怖。
気がつくと体が動くようになっていた。
悪夢に魘された我らは夢と現実との境目がわからなかった。
我らは日の目があるうちは動けなくなっていた。
そして月明かりに照らされると動けなかった。
インティとママキジャが睨んでいるからだ。我らは新月の時や深い雲が月明かりを隠す夜にこの洞窟を出てて暴れてしまった。
すまない。人間よ。すまない。ヴィラコチャ。我らはどうしようもない子だ。赤子だ。再び岩になりたい。許されるのならまたパチャママの一部になりたい。
人間よ。我をあの三人と共にパチャママに返してくれないか。
カラン、と石が崩れる音が聞こえた。
岩が泣いている、そんな音に聞こえた。




