第19話 医務室
地下には金庫室や倉庫があるのは知っていた。倉庫や工作室は何回か入ったことがある。
ガルニエは電気が通っているから明かりをつければ暗くなんてないけど地下はなんだか怖い。なんだか幽霊が出てきそうだ。
医務室があるのも聞いていたけど特に用事もなかったし入ったことがなかった。まさか人がいたとは。薬などの倉庫になっているだけだと思っていた。
ステラッチェ団長と地下へと続く階段を降りていく。
「アメデオは無愛想でおじさんで口調もたまに荒いけど、根は良い人なんだ。だから安心して」
なんでわざわざそんなこと言うんだ。警戒するべき人なのか?いきなり注射とかしてこないだろうな。
「そうですか。アメデオさんはいつからこの団にいるんですか?」
地下も結構広い。倉庫室などを通り過ぎて長い廊下を歩く。
「最初からだよ」
「最初?」
「さ、着いたよ」
ステラッチェ団長が金属でできた扉を開ける。
薬品の匂いが立ち込めている。あんまり好きな匂いではない。
部屋の中にはベッドとソファーと机に本棚。奥にも扉があるようだ。
「アメデオ。連れてきたよ。プレンツ。この人がアメデオ。うちの団のお医者さんだよ」
白い髭がかなり長い。髪もボサボサだ。如何にも日光に当たっていない色白な華奢な老人。白衣を纏って医者というよりは怪しい研究者という感じだ。メガネも相まってそれっぽいな。
「はじめまして。プレンツです。これからよろしくお願いします」
「アメデオ・フェルミだ。ここで医者の真似事をしている」
真似事?本物の医者ではないのか。
確かに堅物そうな感じだ。
「プレンツ。魔法を消せるらしいな」
ん?急にぼくの魔法のこと?体を弄れたりしないだろうな。団長もいるし大丈夫か。
「ええ。はい。消せます」
「ステラッチェ。なんか出してくれ」
「はい」
ステラッチェ団長が手をくるりと回した。すると手のひらを上にすると火の玉が現れた。
「これを消してみてくれ」
「……わかりました」
なんだかこの人、眼光が怖い。それにステラッチェ団長を呼び捨てにする人って珍しい気がする。
ぼくは手を伸ばして火の玉に狙いを定めた。そしてぼくの魔法を放った。火の玉はみるみる消えていった。
「ふむ……。じゃ次」
「ん。」
ステラッチェ団長が今度は水を出した。手のひらで小さく丸くなっている。
「ではいきます」
手を伸ばしたまま、また魔法を放った。水はそのままステラッチェ団長の手のひらに落ちて床に流れていった。
「お前、何が見えた?」
「何にも。むしろ無だ。空気中に漂う魔力ごと見えてないよ」
ステラッチェ団長が左右に手のひらを肩ほどに開いてそんなことを言った。
「そうか。プレンツ。お前さんのその力、おそらく魔法ではない」
「え!?」
魔法じゃない!?ぼくのこの力魔法じゃないの!?
「いや断言はできないが、こいつの左目に見えてないっていうならそういうことなんじゃないかとしかな。それかこの世界の魔法の性質とは全く違う力で動いている魔法なのか、と言った感じだな」
ステラッチェ団長を指差しながらそう言われた。
ステラッチェ団長の左目、花柄の入った瞳。確か魔法がよく見えるんだっけ?その目にぼくの力が映らないから魔法ではないか、みんなが使う魔法とは違う魔法、ということか。
「血の魔法とかいうものではないんですか?」
「血の魔法だろうが魔法の源は魔力だ。そこに変わりはない。その魔力を何に還元しているかという結果に過ぎない。それに血の魔法を模擬できなくてもこいつは分析はできるからな」
血の魔法でもないのか。そういえばステラッチェ団長がぼくに触って試していたっけ。結局何も起こらなかったけど。
「だから違う性質の魔法だと」
「そうだ。お前さん、アクイラ帝国の人間だったらしいな」
いきなりその話か。一体なんの話をするつもりなんだ?
「はい。そうです」
余計なことを言わずに端的に答えよう。ステラッチェ団長がいるから大丈夫だろうけど、変なことを言って変なことをされたら困る。また裸にひん剥かれるかもしれない。
「軍属だったのか?」
「……はい」
「いつから帝国に?」
「生まれてから気がついたらいました」
「親は?」
「親は……いません。戦災孤児で帝国に拾われたと聞いています」
「孤児院にでもいたのか」
「いえ、子供はぼく1人だけでしたので」
「……そうか。色々聞いてすまなかったな。最後にひとつだけ頼みがある」
そういうとアメデオさんは綿棒を取った。
「はい。あーん。」
「え?」
「口を開けてくれ」
「な、なにを」
「ちょっとくすぐったいだけだ。あーん。」
ステラッチェ団長を見たけど何も言わない。大丈夫なのか…?
「あ、あー」
綿棒をぼくの口の中に突っ込みほっぺたなどをグリグリと押した。一体何を……
「ありがとう。これで終わりだ。ステラッチェ、そしてプレンツ。時間を取らせたな。もう帰っていいぞ」
「あの……さっきのは何を?」
「お前さんの細胞を調べるためだ。」
細胞を調べる?さっきの綿棒でぼくの口の細胞を取ったのか。
「……アメデオさんは研究者だとも聞きました。なんの研究をしているんですか?」
「そうだな。主には古代の科学と魔法について調べている」
「古代の科学と魔法、ですか」
サンリスタニア王国での公演の脚本に書いてあったな。古代、数万年前は科学技術がかなり発展していた。それこそ魔法のようなことができていたと。
「そうだ。大昔、今なんかよりも科学は進歩していた。しかし大戦によりその技術の多くは失われてしまった。記録やそれらの技術を持つ人もな。残された書物などもあるが高度な技術になればなるほど、記録媒体が残っていないんだ。全くどうやって記録していたんだか」
「それと魔法ですか。ぼくの口の細胞から調べられるのですか?」
「わからない」
わからないのか……。
「だがもしかしたら何かに役に立つかもしれない。お前魔法とは何かわかるか?」
「魔法とは……?えーっと、火を出したり、水を操ったり……」
「そうじゃない。魔法とは何か。だ。」
そ、そんなことを言われても。そもそもぼくの魔法は魔法じゃないかも、とまで言われた後に。
なんだ?哲学的なことを聞いているのか?
「魔法とは……人の希望が具現化したもの、ですかね。」
「違うそういうことを聞いてるんじゃない。」
ダメだ。わからん。あっそうだ。
「ステラッチェ団長!わかりますか?」
ぼくよりもはるかに色々な魔法を使えるステラッチェ団長なら正解を答えてくれるはず。
「アメデオは魔法は何で動いているか、を聞いているんだよ」
「そうでしたか。では魔法は何で動いているんですか?」
「いやぁわからないなぁ」
ダメだった。
「魔法とは何か。これはまだわかっていない。」
怒られるかと思ったらそんなことをアメデオさんから言われた。正解ないのかよ。
「だから研究をしている。俺なりに研究をしていて仮説ができた。」
「へぇそうだったのかい?それで魔法ってなんなの?」
ステラッチェ団長が会話に入ってきた。助かった。よくわからない話が多くて困っていた。
「魔法とはな。人のエネルギーのひとつだ。」
うん。そんな感じはする。
「だろうね。」
ステラッチェ団長も同感らしい。
「人間、生物のエネルギーとはATP。つまりアデノシン三リン酸だ。」
アデノ……なんだって?
「ATPは、細胞内のミトコンドリアで主に作られている。ミトコンドリア内のTCA回路というものがあって、ATP合成のためのエネルギー源となるものが生成される。また、ミトコンドリアにはアクアポリンと呼ばれる水や小分子を通すタンパク質も存在していて、ATPの合成は、内膜上に形成された水素イオンの勾配を利用して、ATP合成を行っているんだ。まぁこの機構で主に生成しているわけではないんだがとにかく、人間にはエネルギーを生成する機構がいくつかあるんだ。どの機構もエネルギー生成量大小問わず全て必要な材料を生成している」
なんだか急についていけなくなったぞ。
ステラッチェ団長を見てみた。遠い目をしている。この人もわかってない。
「そ、そうなんですね。」
「おそらく魔法と呼ばれている力の源はミトコンドリアなど人間に存在している細胞小器官、またはそれに似た機構が細胞内にあって魔力を生成しているのだろう」
「ほほう。」
「そして生成し余剰になった魔力といわれるエネルギーを使って様々なものに干渉しているんだろう」
再びステラッチェ団長は振り向いた。
心ここに在らず。
「なるほど。面白いですね。」
とりあえず、それっぽいことを言っておいた。アメデオさんが何を言っているかは一から百までわからなかったが同意はできるのだ。言葉がわかるのに通じないことってあるんだな。だけど自然と不甲斐なさは感じない。ここまでわからないと清々しいものだ。
「仮説だがな。実証実験もできん。その前に魔法とは何かを確立したいんだ。だから研究している。今言った話も古代人の文献によるものだ。今やそれが本当にあっているかもわからないがな」
「アメデオさんのそういう研究はこの団で始めたんですか?」
「いや、俺が帝国にいた頃からだ」
「そうでしたか。帝国にいた時にこういう研究を……ってアメデオさん帝国にいたんですか!?」
「そうだ。なんだステラッチェ教えてなかったのか」
「そりゃ今日アメデオの話をしたんだしそこまで話してないよ」
あれ?ここに来る前にステラッチェ団長が確かこの団の初期メンバーといっていたような。
「て、帝国の研究者がこんなところで何を……」
「……お前本当に何にも教えてないのか」
「楽しい話でもないしね。」
「はぁ……俺とステラッチェ、ルミオ。三人で帝国を抜けて作ったのがこの劇団だ」
「えええ!!!!!」
ステラッチェ団長とルミオさんとアメデオさんが帝国の人間だった!?
帝国を抜けてこのFlying Twinkle Caravanを作った!?
ってルミオさんもなの!?
そんなの初めて聞いたんですけど!
「お前本当に何にも話してないんだな」
「まぁ……楽しい話でもないしね」
「お前は楽しい話以外は話さないつもりなのか?」
「そういうわけじゃないけど」
アメデオさんに詰められるステラッチェは子供のようだった。
「いつかお前から話してやれ」
「……そうだね。プレンツ今度私達のことを改めて話すよ」
ステラッチェ団長と共に医務室を出た。
アメデオさんは怖い顔をしているけど見送りをしてくれた。
「何かあったらいつでも来ていいぞ。それに研究でお前さんのことを必要なときは呼ぶだろう。そのときはよろしく頼む」
アメデオさんは怖い顔しているけど多分普段からこの顔なのだろう。別に機嫌が悪いとかではなさそうだ。
アヴェラルさんやニニギさんのような大人の男性とはまた違う威厳のある人のように見えた。
けど、ステラッチェ団長がいうようにどこか優しいところがある。まるで父親や保護者のような。
廊下を渡り、地上階へと続く階段を登る。
「ステラッチェ団長」
「さっきの話?」
「……はい。」
「別にプレンツを子供扱いしてるとかじゃないんだ。ただ、その、本当に楽しい話じゃないんだ」
団長は僕の質問にかなり言葉を選んで答えているように聞こえた。
「プレンツももう団員のひとりだ。だから話すよ。そうだな。岩の悪魔の一件が終わったらね」
「わかりました」
「なんで今話さないのかって思った?」
「いえ、別にそんなこと」
「そっか。もうずいぶん昔のことだし、一部に関しては忘れてしまいたい。けどそれがあったからこそ今の私がいる。それにもう過去は変えられないから———」
抽象的なことばかり言われてよくわからない。
けどこんなふうに階段を上がりながら話す話ではないことはわかった。ステラッチェ団長はこれでいて結構気遣いさんなのだ。
意外とぼくに似ていてあれやこれやと考えてから行動するタイプ。ちなみに真逆なのはキエリス副団長。
あの人は直感とその場にある事実のみで基本動いている気がする。こんなことを言ったら本人は怒りそう。
「舞台の練習した後でアメデオの長い話を聞かされて疲れたでしょ?今日のところは解散にしよう。岩の悪魔についてはこっちで動いてみるからプレンツはいつも通り舞台の方を頑張ってほしい」
「はい。団長。わかりました。おやすみなさい」
「うん。おやすみ。夜は冷えるからちゃんとあったかくして寝るんだよ」
「はい!それじゃ!」
この団の人は結構秘密を持っている人が多い。もちろんぼくが立ち入る話ではないものもあるだろう。ステラッチェ団長の話だってどんな話が出てくるかわからない。
けど、ステラッチェ団長が帝国の人間だった。そしてあの能力。帝国でステラッチェ団長が何をしていたのか、何をされたのか。
確かに楽しい話ではなさそうだ。




