第12話 肴に寄りかかる
それから少し時間が経ち先ほどの雰囲気が嘘かのように盛り上がった。
「そしたら俺の女房なんて言ったと思いますか!?泥酔した俺をそのまま髪を掴まれてチチャの壺に頭からぶち込まれたんですよ!」
さっきまでこの国の伝説を神妙深く語っていたアプさんはそこにはいなかった。
出会った時からほぼ半裸みたいな格好だったけどいつの間にか上半身を身に纏うものは無くなっていた。
そしていつも通り何故か女装しているニニギさん。
チチャはそこまで強いお酒ではないと言っていた気がするけど、お酒とは怖いものなのだな。
チチャ以外にもこの国特有の料理が並んでいる。ジャガイモ、玉ねぎ、魚、そして小さな豚の丸焼き?を使った料理が並んでいる。
これは魚を揚げたものか。独特な匂いのハーブが乗っている。ニンニクの風味と柑橘のソースがかかっていてとても美味しい。
このソース少しだけ辛いな。
大人達は飲み食いというより飲み飲みだからぼくらのような飲めない者たちで食べてしまおう。
この豚の丸焼きみたいなものは何だろう?豚というより大きめのネズミみたいなものか?
「もしかしてクイ初めて?」
ティカがお皿にクイというものをよそいながらそう言った。
「ありがとう。うん。見たことない。おっきなネズミみたいなものなの?」
「クイは毛が綺麗だし食べても美味しいの。確かに大きなネズミかもね。すっごく可愛いのよ!食べちゃうのは残念だけどそれはそれよね。ほら食べてみて!」
皮が焦茶色になったクイを食べてみた。
塩気が程よくあって美味しい。ソースをつけて食べた。うん。こっちも唐辛子と柑橘のソースだ。香ばしいクイのお肉にマッチしてすごく美味しい。パンを食べてみた。昼間に食べたものとは違い少し甘い。とうもろこしの風味を感じる。昼間のはとうもろこしの粒がそのまま入っていたけど、このパンはとうもろこしの粒を潰して一緒に練り込んでいるのだろう。どの料理もこのパンに合う。
ハーブと柑橘と香辛料と塩。大体がこの四つのバランスの違いで味が決まっているようだった。シンプルながらこういうのが癖もなく美味しい。
「クイどう?美味しい?」
「鶏肉みたいな感じなんだね。このソースにも合ってとっても美味しい」
「ほんと!?クイはこの国じゃご馳走なんだよ?ラッキーだったね!」
サンリスタニアにいた時はクイなんて聞かなかった。建物や風景、人もそうだけど国が違うと食文化もかなり変わるんだな。
「うん。それはラッキーだった。この国の味付け結構好きだ」
「それはよかった。プレンツ、というかFlying Twinkle Caravanはいつこの国に来たの?」
「今日だよ」
「え!そうなの!?じゃ大変だったね。結構長旅だったんじゃない?」
フレンやニニギさん、アパさん達は馬鹿騒ぎしている。腹ごしらえを終えたティカと部屋の隅で賑やかな場を眺めながらお酒の入っていないチチャを飲んでいた。
こっちのチチャはとうもろこしの風味も感じるけどまろやかで少し香ばしい匂いがした。シナモンというものが入っているそうだ。
「移動って言っても劇場ごとこの国に転移してきたから移動の疲れとかはないんだ」
「転移!?そんなことできるの?」
「副団長がそういう魔法を使えるんだ。」
「へぇー転移の魔法なんて、それそこ神話の中でしか聞いたことないわ」
血の魔法、いや転移の魔法。実はあんまり言いふらしてしまうものではないのだろうか。いや、サンリスタニアでは思いっきり国民の皆さんに見られている。いいか。
「やっぱりそういうすっっごい人じゃないとあんな劇団には入団できないのね」
思い返すうちの団の面々。
……うん。まぁ。うん。
「でも魔法使える人ばかりじゃなくて、例えば舞台の脚本書く人は全然魔法使えないんだ」
「え!そうなの!?」
「物語を書くのに魔法はいらないからね」
「あー確かに!あんなすごい人達ばかりの中でもそういう人いるんだね」
ぼくも最初に思った。みんな超人的な魔法の使い手だと。
「目立つのはやっぱり舞台に立ってる人だけど、それを支える人も舞台に立つ人以上にいろんな大切なことをやってるんだ。みんな生き生きしてて、この団の一員である事に誇りを持ってて尊敬してるんだ」
「いいね!そういうプレンツだって、その一員なんだからすごいなぁ」
「実はぼくはまだ1ヶ月ぐらいしか経ってないんだ」
「そうなの!?すっごく2人と馴染んでるからもっとずっといるんだと思ってた!」
フレンとは確かにかなり仲がいいけど、ニニギさんとの間も仲良く見えていたのは嬉しい。そういえば師匠と弟子の関係みたいだと言われていたっけ。
「私ね、ここからもっとずーっと東の村に住んでるの。村では結構役に立ってたんだよ!お父さんとお母さんが居なくておばあちゃんと2人で暮らしててね。おばあちゃんのこと守らなきゃと思ってたら魔法の力がどんどん出てきて今みたいに色々できるようになったの」
チチャが注がれたコップを両手に持って水面を遠くを見るように眺めているティカ。
「そんな時にね。少し遠くの村で悪魔が出たとか噂が出てね。そのあと調査隊の人と会って。見送ったの。帰ってこなかったけどね。アプさんとは昔から知り合いでね。いつか私の村もその悪魔に襲われちゃうかもと思ってこの討伐隊に入る事にしたの」
少しずつ声色が明るくなってきた。そしてぼくを見て微笑みながら
「それで、仲間を集めるために首都の方に向かっていったの。私、今まで村からあんまり遠くは行ったことがなかったから色んなことが刺激的で毎日ワクワクしてたの!でもそんな首都も人攫いとか怖いことが起きてて、ずっと気掛かりだった一人にしちゃったおばあちゃんのこともどんどん心配になっちゃって。ちょっと焦ってたんだ。人攫いも解決できない。討伐隊もなかなか集まらない。そんな時にニニギさん達が最後の一人を捕まえてくれた。しかもあの魔法の超超エリートの人達に討伐も手伝ってくれるって本当に今日一日でどれだけ夢みたいなことが起こるんだろうって」
たった一人の家族を守る為にその家族と離れてここにいるのか。両親もいなくて唯一の家族とも離れて。明るく見えるけど苦労していたんだな。
「ティカは悪魔と戦うこと、怖くないの?」
「すっごく怖い。調査隊の人達とっても強いって聞いてたから余計にね。でもね。なんとなく私も討伐隊に入った方がいいんじゃないかなって思ったんだ。なんでだろうね。首都に一度は行ってみたかったのはあるけど、そういうのじゃない。もっと私の運命に関わることがきっと起こるって思ったんだ」
運命。
ぼくがあの日、帝国を抜けたのも運命だったのだろうか。あの日ではない日に抜けていたらきっとステラッチェ団長達には出会えなかっただろう。
ぼくはステラッチェ団長達に出会ってなかったらどうなっていたのだろう。
「きっとね、今日プレンツ達に出会うために、この決断をしたんだ」
ぼくに肩を寄せるティカ。びっくりしてしまった。まともに彼女の方を見れない。
「ねぇプレンツ」
「ど、どうしたのティカ、ティカさん」
ティカの吐息がすぐそばで聞こえる。一気に心拍数が上がった。
「プレンツはパチャママのこと信じる?」
この地にいるとされる大地の神様。でもそんな神様は姿を現さないと聞いている。
いや、もしくは——
「おばあちゃんもそのおばあちゃんもずーっとパチャママのことを信じてきたけど、どうしてだろうって思ってたの。そしたらおばあちゃんが会ったことがあるって。どんな神様だった?何の話をしたの?って聞いたけど、会ったんだけど覚えてないって。きっとパチャママのことを信じていればティカもいつか会えるよって言うの。そんなときに討伐隊の話がきて、きっとこの隊に入れば運命が変わって、パチャママに会える気がしたの。でもね。パチャママに会えなくてもプランツに会えて良かったと思うの」
きっとティカはおばあちゃんが恋しいんだ。家族が恋しいんだ。唯一の家族を守るためとはいえ見知った人はアプさんのみ。そんな中で人攫いなんて嫌な事件に関わって。
こんなに明るくてつよい女の子だけどこんな状況でかなり参っていたのだろう。
古くからの言い伝えを、この国の文化を愛するティカにとって悪魔の存在や人攫いは受け止められる範囲を超えていたのだろう。
気丈に振る舞う彼女だけど、周りの討伐隊の人と並ぶ為に強がっていたのだろう。
そんなときに頼れるニニギさんやフレンと出会ってやっと安心したのだ。
ぼくが役に立つかはわからないけど、彼女の、ティカの力になりたい。
「パチャママはきっといるよ。そしてきっと会えるよ。ぼくがこの団に入ったのもきっと運命だったと思う。それに今日ティカに会えたこともきっとそういう運命だったと思うよ」
「ふふっ、そう言い切ってくれると嬉しい」
色っぽいポーズをするニニギさんに野郎共が騒いでいる。ステラッチェ団長を召喚する頃合いではないだろうか。
「そろそろお開きにしよっか。ほらみんな!夜中に騒ぎすぎ!顔洗ってもう寝なさい!!!」
「「「はい……」」」
年端もいかない少女に諭されて片付けをしつつはけていく大人達。
この隊のパワーバランスはティカが握っているのでは?




