第2話 サライへのお引越し
イビポランマランを離れて秤の国に戻ってきた。
暦の上では春だけどかなり肌寒い。
風がふくと耐えられない寒さだ。しかもさっきまで亜熱帯の地域だったからみんな薄着だ。寒暖差でくしゃみが出る。と思ったら隣のレイモンドが震えていた。
「皆さん!お帰りなさい!」
ガルニエの目の前に厚着のメイド服を着た女性が立っていた。私たちにお辞儀をしながら挨拶をする。顔を見るのは久々だなぁ。
「ルティアただいま。元気そうだね」
「はい!皆さんもお変わりないようで」
「へっくしゅ!!久しぶりだなルティア……とりあえず中で話さねえか?」
「皆さん寒そうですね!そうしましょう!」
鼻水をすするレイモンドに返事をしたルティアは笑顔で返事をした。
リマク、イビポランマランとうまいこと一番寒い時期を南半球で過ごせたから久々の冬の寒さを肌で味わった。これでも春ではあるけど。
「ということで久しぶりに戻ってきました」
キマキやジェマ、アメデオなども全員呼んで食堂兼広場に集まった。
「みんなお疲れ様。さて前にも言ったけどガルニエは大規模修繕に入ります。明日からラピス社が入って工事が始まるからサライに荷物は持っていくこと。しばらくはあっちで過ごすからね。今のところ10日間はお休み、そのあと3日かけて音楽隊と練習をする。お客さんの動線と舞台内だけなるはやで修繕してもらって公演はガルニエで行う予定ではいる。フェリックスは申し訳ないけど音楽隊とは詰めておいてほしい」
「もちろんです」
フェリックスがそわそわし始めた。秤の国は何度も公演を行ってるからいくつかの音楽隊と合わせたことがある。今回も一緒に公演をしたことがある音楽隊と共にすることになったからかなり安心だ。
「お願いね。ルティア、サライの方は大丈夫?」
ルティアは秤の国で私たちから送られた書類などの事務作業を手伝ってもらっていたり、どこかに公演をしに行っているときにもう片方の劇場の管理を頼んでいる。ルティアも一緒に同行してほしいところではあるんだけど、病気のお母さんの看病があるので秤の国に常駐してもらっているのだ。いつも一緒にはいないけれど、うちの立派な団員なのだ。
「はい!サライの方は移動準備OKです!」
「ありがとう。助かったよ。久々で色々話したいところだけどとりあえず片付けられるものは片付けてしまおう」
「はい!張り切っていきましょう!」
「うん。ということで一回倉庫なり、私物も全部サライに持って行くから手が空き次第お手伝いよろしく。マルクス、ソフス、リーホワなどなど工事に関わる人はこのまま残ってほしい。トラブったときは私かルミオかルティアに声をかけてね。以上!じゃ引っ越し始め!」
* * * * * * *
噂には聞いていたけどあんな人だったんだなルティアさん。グレーっぽい長い髪をまとめていて、ウエイターさんって感じの格好をしていた。あの格好は倉庫作業用のものかもしれない。
挨拶ぐらいはしたかったけどみんな忙しそうだし、僕もとりあえず目の前の仕事をせねば。
ということで自室に戻り引っ越しの準備に取り掛かる。
「団長ってなんというか判断めっちゃ早いよね」
つい先日大掃除をしたような気がするけど、散らかり放題になっていた。そんな部屋を掃除をしつつ整理しながら大きな箱に荷物を詰めていく。どうせ散らかっているのだからそのまま箱に入れてしまえばいいのだ。かえって手間が……いや整頓されてた方が余程詰めやすかったな。やはり日頃からの掃除と整頓が大事だ。わかってはいるけども。
「あのひと忙しすぎるから取捨選択がバカ早いんだよ」
時折立ち込める埃にくしゃみをしながら部屋を片付けるフレン。
取捨選択か。確かに判断の速さってつまるところ選択肢を捨てることなのかもしれない。
ベッドをひっくり返すと色も長さも違う靴下が3つも出てきた。洗ったのかもわからない。
部屋の掃除あるあるだな。これはきっとどんな人でもあることだろう。うんうん。これは仕方がないこと。
しかしどんなに劣悪な環境だろうと色落ちせずに形も崩れないなんてフォレスティエブランド恐るべし。
さすがにこういう小物などになるとジェマさんが作らず取り寄せているらしい。ジェマさんもすごいけど社内にもジェマさんのような人がごろごろいるらしい。注文書には暗号としか思えない文字が羅列されているのを見たことがある。台本をフォレスティエ社にも送っていてあちらからジェマさんに提案することもあるのだそうだ。フォレスティエ本部組とジェマさんでうちの衣装は支えられている。
舞台に上がる全員の衣装をジェマさん1人で作るのはさすがに難しいからな。あの人ならやりかねないけど。
しかしどうやってこんなに耐久力の高い服を作っているのだろう。不思議だ。
「おお!見ろプレンツ!ベッドの奥に洗ってないパンツがあったんだけどさ!きのこが生えてるんだ!」
「そんなもの見せようとしないで!」
埃がひどいから窓を開けた。周りを見るとどの部屋の窓からもモクモクと狼煙が上がっている。大体みんな同じなのだ。たまに叫び声が聞こえる。
何があったんだ。
「さむっ!」
外の景色は一面、とまでではないけど路地や屋根には雪が積もっている。イビポランマランは温暖だったからいきなりこうも寒冷な地方に来ると堪える。
噂に聞いていた秤の国。巨大なガルニエは街外れに移動してきたようだ。ガルニエの正面は綺麗な街並みが広がるけど居住区などがある裏側は左右に街の端っこが見える程度で奥は真っ白だ。今は雪が積もっているけど元々は草原か何かなのだろう。
正面玄関側に広がる街はメルヘンチックで可愛らしい家が並んでいた。リマクやイビポランマランとは全く違う街並みだ。雪が積もるし暖房機器が生命の危機になるから家自体が立派になるのだろう。街の中も煉瓦模様の石畳がずっと続いている。とても綺麗な街並みだ。
秤の国はアクィラ帝国の北側にある国だ。中立国でどこの国とも同盟を結んでいない。モンブランなど名峰も見ることができる。比較的高所が多くて冬は厳しい国だ。知ったことを述べているけどもちろん初めて来た国だ。
「冬服なんて持ってないだろ。あとで買いに行こうぜ。それまでは俺ので我慢してくれ」
「うん。ありがとう。秤の国ってこんなに寒いんだね」
「国全体がそもそも標高高いからなー。夏とか過ごしやすくていいところだぞ。ま、ほぼ冬の国だな」
窓を開けると冷たい空気が流れ込んでくるけど、掃除をして汗ばんできていたところだ。むしろ涼しくて心地がいい。
フレンと2人で汗だくになりながら部屋を空っぽにした。
時差は約5時間だから、朝イビポランマランを出たけど、こちらに到着したのはお昼過ぎだ。2時間きっちり掃除したらもう18時になっていた。身体はまだお昼ごはんぐらいの気分だけど、外は暗くなっている。
「よし!サライに運ぶか!」
「場所知ってるの?」
「ああもちろん。完全に夜になる前にやっちまおう」
廊下を歩くとまだ格闘している人がいる音が聞こえた。時折部屋から聞こえる賑やかな音を聞きながらガルニエを出た。
さっむ!
上着を借りておいてよかった。
2人で大きな箱を運びしばらく歩くとガルニエほどではないけど大きな劇場が見えた。
「これが?」
「ああ。これがサライだぜ。これでも結構大きいよな」
薄暗い夕焼けの中でサライは街の中で佇んでいた。外見は白っぽいな。ガルニエはいろいろ規格外だけど、サライはオーソドックスな劇場のように見える。
レストランの明かりがあちらこちらで灯る時間帯になってきた。お昼とは違って雰囲気が出ていてとても綺麗だ。
「サライはこの国の劇場に居住スペースを増築して作ったんだ」
「ここでも暮らせるってことだね」
「そうそう。設備はガルニエの方が色々立派だけどこっちも大浴場なりはあるから慣れれば不自由ないぞ」
玄関口からサライに入る。中はガルニエと似ているけど、全体的に小さいように見えた。
しばらく廊下を歩くと居住スペースに着いた。ガルニエの部屋よりも少し狭いけど二段ベッドだしロッカーなどもほぼ同じだ。
2人して腹の虫が鳴いた。イビポランマラン基準なら午後の2時。そりゃお腹が減る。
「とりあえず食べにいくか」
「賛成」




