第40話 大きな隈
山火事の対応から一週間後。公演が始まる前の朝にサラさんがガルニエに駆け込んできた。
「ステラッチェ団長様!!!」
舞台上で舞台セットなど諸々の最終チェックを行なっていた時のことだ。
なにやらただ事ではない雰囲気だ。下手したら前の山火事の時よりも鬼気迫る勢いで私の名を叫ぶサラさん。思わず身構えた。様々な可能性が頭の中をよぎった。
舞台から降りてサラさんのいる一階席の中ほどまで飛んだ。あのサラさんが息切れしている。相当まずい事態らしい。
「サラさん。落ち着いてください何があったんですか」
一応あれからも情報は追っていたけど、火災がぶり返したりはなかったと思うけど。
「はぁはぁ……実はサニィ様が、サニィ様が……」
「サニィ?サニィがどうかしたんですか?」
「サニィ様が死んじゃったんです!!!!」
舞台中に響くサラさんの声。一瞬の静寂の後に場内にいた誰もが驚嘆の声を上げた。
「ほ、本当に?」
「本当です!」
「何かの間違いではなく?」
「間違いなく!!」
「似たようなチャラ男と勘違いしているとかではなく?」
「完璧にサニィ様です!」
「絶対に?」
「絶対です!」
「ガチガチのマジ?」
「コテコテの大マジでバキバキに死んでいます!」
「……そう。それはなんというか、その、うん。どうか安らかに」
三秒ほどの静寂が支配した。オーケストラピットにいた音楽隊の面々も音を立てずにいてくれた。皆静かに黙祷を捧げた。
「いやそうなんですけど!ちょっと来ていただきたいのです!」
そうきたかー。そうだよねー。じゃなきゃここに来る意味ないもんね!
額に右の拳を当ててあらゆる事態を考えた上での人選を考えた。
「んん〜……んんん〜〜〜〜……ザーラ、ニニギ付いてくれくれるかい……。あとキエリス、アメデオ呼んできて」
* * * * * *
4分後。神殿のサニィの部屋に到着した。
「死んでいるな」
アメデオが脈や瞳孔を確認した。
「死亡日時とっておくか?」
「いえ。結構です……」
心ここに在らずなサラさん。
部屋のソファで寝っ転がったままサニィは息を引き取ったようだ。サングラスをかけたままだけど顔色が悪いのがわかる。まぁ死んでしまったならそうなるか。
「そっか。天にかえったんだね……」
「はい……。ってなんとかなりませんか!?一応こんなんでも神ですよ!?実はつむじを3回押すととかないんですか!?」
「そ、そう言われましても、サラさん落ち着いて、唇が重なる3秒前ですって……」
サラさんの肩を持ち引き剥がしながら横目でサニィを見た。私の目でもほとんど魔力が身体に残っていないように見える。多少はまだあるけど、普段のサニィの力からすれば無いも同然だ。
「アメデオ。死因はなんだかわかる?」
「そうだなぁ……。ステラッチェ。サニィの魔力量は今どんなもんだ?」
「普段と比べるとほぼゼロ」
「完全ではなくほぼ、か。サラさん。サニィの最近の様子を教えてくれないか?」
「はい。サニィ様は山火事の一件からこちらとあちらを往復しながら復興支援に尽力していました」
「まあ想像通りではあるね」
あれだけ啖呵を切っていたんだ。ナンパもやらないで復興の力になっていたのだろう。一国の政に関わる神がナンパなんかしてるんじゃないよって話だけど。
「まだ行方不明者が多くいるようでした。とはいっても住民票が整備されていたわけではなかったので誰がいるのか、いないのかが判断がついていない状況でした。火事の現場を飛び回りまだ見つかっていない方達を探していました。同時に避難所の仮設住宅の建設やインフラ設備の復旧など多忙な日々を送っていました」
一度失われたものをまた直すのはとても難しいし時間がかかる。サニィが這いずり回るのも頷ける。
「それから?」
「はい。それだけです」
「え?何かあったとかは?」
「いえ。特には」
「持病はなかったのか」
「特にありませんね。頭はアレでしたけど」
「アメデオ……?これは?」
「ふむ。サニィの顔を良くみてみろ」
ザーラがほっぺを引っ張ったりしていじっているのを止めて一同顔を眺めた。
多分意味があってやっているのだとは思うけど、そうですよねザーラ様?
随分ぐっすりと眠っていたようだ。アメデオが無言でサングラスを取った。
サングラス取ったところをここまでまじまじと見るのは初めてかもしれない。アメデオがさっき瞳孔見る時にサングラスを外したけど私は覗き込んで見たわけではない。
改めて目元含めて見てもなんの変哲もないただの血色の悪いチャラ男だ。ただの血色の悪いチャラ男ってなんだよ。
しかし相変わらずこんなに威厳のない神様ってのも珍しい。私もないけども。
ステラッチェ「見たけど?」
ニニギ「目のあたり。深い隈が表れているな」
ステラッチェ「そういわれればそうかも」
亡くなってるからそんなものかと思ったけど確かにすごい隈だ。
え、なにということはまさか。
「サニィが死んじゃったのって……」
サラさんと顔を見合わせた。
サラ「睡眠不足ですか……?」
アメデオ「正確には、まあ正確もへったくれもないが、所謂、過労死だな」
ステラッチェ「サニィが……」
サラ「過労死……」
アメデオ「人間だろうが神だろうが根をつめすぎるとガタが来て死んじまうということだな」
ステラッチェ「ええ……」
そっか。そうなんだ。でも命あるもの無理をし過ぎたら息絶えるか。うーん。うーーーん。
ステラッチェ「仮に私たちが同じことになったとしてだよ」
ニニギ「諸々事情はあるがそれら全てを勘案した上で、サニィのように動いたとしても」
ステラッチェ「死にはしないよね」
ザーラ「同感じゃのお」
私みたいになんちゃってではなくて正真正銘のチャラ男神がそんな一週間ちょっとの激務程度で命絶えるとは思えない。
そりゃ本調子ではないだろうけどだからってここまで弱り果てるかな。不眠不休の死闘を繰り広げていたわけでもないし。火事は収まってはいるし。
サラ「サニィ様は肉体は人間です。力尽きた青年の身体に精霊として漂っていたサニィ様が宿って生まれた神。皆様のように先天的な神性を持っていたわけではありません。肉体上の綻びには弱かったのしれません」
ステラッチェ「そういえばそうだったね……」
肉体は所詮ただの人間。精霊が身体に宿って爆裂魔法パワーを手にしたけど、強化できるのは表面的な部分だけで体の丈夫さは結局人間の域をでてはいないというわけか。
頑丈さは魔力由来だろうけど、魔力で強靭な身体になってとしても疲労の蓄積に耐える器は人間のまま。
あれだけ飛び回っていても実は身体に負担がかからないギリギリのラインだったんだろう。それに元の肉体にいわば異物として入り込んでいる状況だ。今回は疲労や力を使いすぎたというトリガーがあったけど案外いつ何時もこうなる可能性はあったのかもしれないな。
ということはつまり。
ステラッチェ「じゃあ、えっと改めてさようなら」
ザーラ「またいつか会う日はくるじゃろう」
ニニギ「うむ。いずれ我々も逝く故、あちらでも達者でな」
ココナッツの甘ったるい匂いが香る部屋の中で集まった5人に静寂が訪れた。上空に半透明になったサニィがこちらにサムズアップしながら笑っている光景が脳裏に浮かんだ。
南国の風が吹き抜け、太陽が街と人を照らしていく。彼にとっては瞬くような示談だったかもしれない。それでも彼の残した——
サラ「って!何を締めようとしてるんですか!?詩を並べ始めないでくださいよ!あきらめちゃうんですか!?」
ステラッチェ「こればっかりはどうしようもないですし」
サラ「なんとか!なんとかならないんですか!?せっかくここまでこの国を安定してこれたのに!まだ問題が山積みなのに!」
サラさんの悲痛な叫びが私たちの耳に刺さる。
「団長様」
ザーラが私を呼んだ。そう、実は私たちには一応解決策がある。
もっともこの解決策は紛い物で粗悪なもの。場合によっては尊厳を損なうものだ。
そしてこの解決策は意味がない。
「……」
「妾とてわかっておるわい。しかしな。妾も考えなしでものを申しているわけではない。それにそもそも団長様の許可が必要というわけでもないしなぁ」
「そこまで言うなら」
ザーラがサラさんの目をまっすぐ視た。背丈は遥かにザーラの方が小さいけど威圧感はザーラの方がある。
「サラよ。妾がサニィを生き返らせよう」
「生き返らせるってそんなことできるんですか!?」
「ふむ。しかしなぁ。生き返らせるといっても少し語弊があってなぁ。2つ。問題がある。ひとつ、確実に成功するわけではない。そして失敗したら何度やっても結果は変わらぬ。もし失敗だったら綺麗さっぱり諦めるんじゃのぉ」
「わかりました。その時は潔く諦めます」
「ふむ。いっておいてなんじゃがこの問題はうまくいくと考えておる。仮にも神だった男。そのぐらいの奇跡は掴むだろう。まだ死んで間もないだろうしのぉ。それに死因もしょうもない」
しょうもないって言っちゃったよ。
「そしてふたつめ。これが本当の問題、こちらが厄介でな」
ザーラが一呼吸を置いて続ける。
「もし生き返ったとしても生前の記憶はない。お主が誰かも自分が誰かも、言葉すらも一切合切の記憶が消える。そしてその記憶は戻ることは決してない」
「それは、つまり」
サラさんが息を呑んだ。
「ああ。生き返ったところでサニィはサニィではない。姿形はそのままでもそれは本当にサニィなのか、ということじゃ」
「そ、そんな。サニィ様でもどうにかならないものなんですか」
「おそらくなぁ」
「……」
口を押さえて絶句したサラさん。
目の前には普段と変わらないサニィ。だけどその中身は今までのサニィではない。言葉すら忘れるからしばらくはコミュニケーションすらままならない。今まで絆を作ってきた人も自らのことも忘れてしまった人を、生き返ったと表現していいのだろうか。
「あともうひとつ懸念しているのはサニィのあり方についてなのじゃが。青年の体をようは乗っ取って動いておったというだけ。生き返ったとしてもその力がまだこの肉体に残るのかは妾にもわからぬ」
「力すらも戻るかはわからないと」
生き返ることができる、誰もがそう聞けば喜んで是非やって欲しいと懇願するだろう。しかし所詮は肉体のみが生き返るだけ。
「アテがあると、いっていたな」
アメデオがここで沈黙を破った。
「ああ。そうじゃ。団長様気づかんかのぉ?」
「え?」
「特殊な状況に妙な体だからわかりにくいかもしれぬがサニィをよく視てみるが良い」
「サニィを?」
改めてサニィの顔を視た。すごい隈だなあ。でも特に変なところはないけど、格好もいつも通りの派手でチャラいだけだし。
「「あっ」」
私とサラさんが同時に声を発した。
「そういえば『俺に何かあったときは』って言ってました!確か……」
奥から銅鑼の鉢を引っ張り出し解体するサラさん。すると筒状になった鉢の中から紙が出てきた。
サラ「これは……サニィ様の字です!読みますね。えーっと。『これを読んでいるということはきっとそういうことなのだろうな』」
ステラッチェ「これがやりたいだけでしょ」
サラ「そうかもしれませんが!!読み続けますね。『きっと俺がここまで無理をするということは頼りになる誰かが近くにいるからだろう。そのときになったらその人に伝えてほしい。すまんけどマジでおなしゃす!』」
ステラッチェ「そろそろ帰ろうか」
サラ「ちょっと待ってください!えっと。『サラへ。この手紙は直接その人達に読んじゃだめだよ。多分キレるから。』ってそれは先に書いておいてくださいよ!『PS。PSまで書いておいて肝心なことを書くの忘れてた笑。俺がつけてるネックレスが鍵だから大事に使ってくれ』」




