Episode.6 塩辛すぎる世界
「セバスチャン。悪いが少し席を外してはくれないか」
「畏まりました。用がありましたらなんなりと」
勢いに任せて飲んでいると、ルーベンスは急にセバスチャンを下げさせて居住まいを正した。それまでのバカ面から一転して、まるで刑事に取り調べをされているような緊張感が大広間に漂う。
「レディアナが眠っている間に、パパが聖都に出かけていたことは知ってるな?」
「ああ、それがなにか?」
ルーベンスが出かけてることは聞いていたが、その内容までは詳しく覚えていない。グラスを傾けながら適当に返した。聖都とは日本で言う首都、東京にあたる街を指すらしい。
「その出かけていた理由だが、実はレディアナに関して聖都で良からぬ噂が立っておるのだ」
「噂? さては、とてつもない美貌の持ち主だとかか? ガハハハ」
アルコールが程よく回りつつあったワシは、冗談で返したのだがルーベンスには全く受けなかった。人の冗談を受け流すとはつまらん男だ。足を組んで鼻を鳴らす。
「レディアナがかわいいのは世界の真理なのだが、そうではないのだ。実は国王太子のローランド王子に近しい派閥のジジイどもがな、お前を近々処刑しようと画策してるみたいなんだ」
「ブーーーー!! ゲホッゴホッ、な、な、なんだって!?」
思わず口に含んでいたワインを吹き出してしまい、テーブルの上は真っ赤なシミに染まった。辛うじて被害を免れたルーベンスは、愛娘の汚い姿に目を見開いて言葉をなくしているようだった。
処刑とは何の話だ? 誰が処刑される? え、ワシが? 意味が分からんすぎてほろ酔い気分も一気に目覚めてしまった。
「いや、まだ確定的な話ではないし、噂話の域を出ないのだがな」
「なにがどうなったらワシが処刑されないといけないんだ。理由を教えろ」
「うむ……遡ること一月前のことだが、国王太子主催の晩餐会にレディアナも参加しただろ。あの会での一件がどうやら尾を引いてるようでな」
「晩餐会の一件? はて、なんのことやら」
「あれほどの事件を覚えないのかい? まあ、パパは何があってもレディアナの味方だから気にはしてないけど。ローランド王子の頬を全力で張り倒したこと、まるで思い出せないのかい?」
「ゴホッ、ゴホッ、ワシがそんな真似したというのか?」
王子を張り倒したとか、想像の斜め上の奇行過ぎて今度はワシが言葉を失う番だった。日本で言えば皇太子を殴るようなものだ。なんでワシが……正確に言えばレディアナの蛮行ではあるが、そんなバカな真似をしたのか。
「理由は定かではないが、レディアナと王子が二人きりで会話している最中に、起こったらしい。王子も王子でその件に関しては固く口を閉じてるようだが」
「それは……理由がはっきりしないことにはワシの分が悪いのぉ」
汚れた口元を拭いながら、小さく舌打ちをした。もしかしたら、レディアナという少女は親バカなオヤジに負けるに劣らない破天荒な性格なのかも知れない。でないと王子を殴るなんて蛮行を取るか? 国王太子といえば王位継承に最も近い人物を指す。未来の国王と言っていい相手に手を振るうなど狂気の沙汰だ。
「それに加えて、貴族の間ではレディアナの評判がすこぶる悪い。そんな雑音はパパの知ったことではないが、ローランド派の腰巾着どもからすると〝社交界で評判の悪い令嬢に、主人が不当に暴力を振るわれた〟と騒いでもおかしくはない」
「ああ、なるほど。ようはメンツの問題ってわけか」
「その通りだ。なんともつまらん理由だがね、実際に手を上げてしまったことは事実だから厄介なんだよ。奴らからすれば処刑に値する理由になりかねない」
ルーベンスの言わんとすることが、腹の底にストンと落ちた。ヤクザがなによりメンツを重んじるように、貴族や王族もメンツを潰されては、自分たちの立場が守れないと考える生き物のようだ。故に舐めた態度をとる人間には厳しい処罰を下す――新しくグラスに注ぎ入れながら考える。有り得なくはない図式ではあった。
ルーベンスの話では、自らの人脈を利用してそのような馬鹿げた話が現実にならないよう八方手を尽くしていたという。ただでさえ屋敷の中で命を狙われているというのに、なんでこんな面倒な出来事ばかり起こるんだ。
「ちくしょう……なんでワシばかり酷い目に遭うんだよ」
確実に悪酔いしそうな頭痛に襲われるワシ、この世界は少し厳しすぎやしないか?