※備忘録(もう殺されたくない)
前世で非業の死を遂げ、生まれ変わった世界でもなお死から逃れられないでいる。あまりに理不尽なことばかりが立て続けに起こるので、精神を安定させる意味でも自分が体験したことを備忘録として残すことにした。
まず理由もわからないまま、この世界で目覚めたワシは侍女長であるカタリナの奸計に陥り、毒を盛られてしまった。しかも急性中毒で苦しんでいたワシに、冥土の土産にと昏睡状態のきっかけとなった転落事故の真犯人が、自分だと自白された。
それから絶命した直後――なんの因果か再び同じ世界に蘇ったワシは、機転を利かせて今度こそ毒殺ルートから免れた。助かったと喜んだのも束の間、受難はまだまだ続く。
なんと父親であるルーベンス・クロウリーから、国王太子に暴力を振るったワシが処刑される可能性があると聞かされた。んなアホな話があるか。そもそもワシがやったことではないのに、受け入れ難いにも程がある。
この話しは、まだ誰にも打ち明けてはいないが――そもそも誰にも信じてもらえるはずもないが――ワシにはどうもこの世界には、人間のチカラではどうにも出来ない大いなる意思が介在している気がしてならない。
それが神なのか、仏なのか、はたまた悪魔なのかは知らないが、何としてでもワシを死なせたがる謎のチカラが働いているのは間違いない。もう数えるのも面倒だが、カタリナの毒殺に始まって以来、ゆうに二桁回数は死んでる計算になる。
その内訳は、撲殺、絞殺、焼殺、溺殺、刺殺、毒殺、射殺――およそ考えつく殺害方法はほぼほぼ全て試されたのではなかろうか。しかも犯人は皆、屋敷で働く使用人と身内である(カタリナには三度殺されている)。
首切り丸で犯人を斬り伏せて自分の身を守ったパターンもあるが、結局そのルートのワシは捕まってしまい、正当防衛は認められず殺人罪に問われて即処刑となった。毎回殺される度に記憶は引き継がれるし、死ぬ度に同じ日時時間に目覚めるという悪夢のようなループが続いている。
特に最悪なのが焼死だ……油をかけられ、火に炙られた身体から立ち昇る脂の焼ける臭いは、未だに強く鼻にこびりついて離れない。極道の世界に身をやつしてきたので、生きながら焼かれる苦しみがどれほどのものか、知識としては知ってはいたつもりだが、二度と味わいたくないものだ。
こんな生活が続けば、常人なら気が触れないわけがない。かくいうワシも五度目あたりから精神的に疲弊しきっていた。というか、そもそも何故ここまで無実のワシが極端な殺意を向けられなくてはならないのか。
そんな日々を暗澹たる気分で過ごしていたワシだが、ただ無為に時間を浪費していたわけではない。〝レディアナ・クロウリー〟という人物について、自分なりに調べて人となりを調わかった事実があるのでここに書き記す。
そもそもレディアナ・クロウリーには、四歳歳の離れたレオヴィル・クロウリーという兄がいた。ゆくゆくはクロウリー家を継ぐレオヴィルを両親は大層可愛がっていたという。
ところが、十歳の時に流行病にかかってしまい、治療の甲斐なく帰らぬ人となってしまった。失意の底にあったクロウリー夫妻を救ったのが、同時期に懐妊が判明した後のレディアナである。
レディアナを息子の生まれ変わりだと思ったのだろう。生まれてきた娘に対する過剰な愛は、皮肉にもレディアナの性根を歪ませた一因となり、目見麗しく成長したものの内面はガキ以下の少女に育つ。
自分の思い通りにいかないと、すぐにキレ散らかす〝ピーキー〟な性格は、使用人のみならず社交界の間でも有名で、『クロウリー家の火薬庫』と揶揄されるほどの評判の悪さとなっていた。
それが原因で、クロウリー家の使用人は短期間に何人も退職している記録が残されている。前世のワシも、「沸点がガソリン並」と例えられるくらいにキレやすかったが、それでももう少し我慢というものを覚えろよ、と言いたくなるようなエピーソードばかりで呆れ果てた。
レディアナがまだ八歳だった頃、当時お気に入りだったクマのぬいぐるみの腕が、経年劣化でほつれかかっているのを見つけた侍女の一人が、良かれと思って縫ってやったことがある。
それだけなら親切心による行為で、なんら問題があるとは思えない。普通であればレディアナも「直してくれてありがとう」と頭を下げるのが筋である。実際、縫い終わったぬいぐるみの腕は完璧に修復されていた。
そのことを知ったレディアナが何をしたかというと、感謝を述べるわけでもなく直した張本人を呼び出すとヒステリックな声を上げながら、目の前で大事にしていたはずのぬいぐるみをバッサバッサと裁断バサミで粉々にしてみせた。
なんだそれは。ワシもドン引きするエピーソードだわ。そんなヤツこの世におるのか?
とどめの一言に、『使用人風情が手を加えたものなど、穢れて触れたくも目にも入れたくありません』と冷たく言い放つと、そのぬいぐるみ共々メイドは外に捨てられたという。
ガキのくせに人格が破綻しすぎだ。そりゃお前、誰かに殺されたって文句は言えまい。
そんな訳で、レディアナの周囲には敵しかいないレベルで嫌われている。こうして書くことで、改めて自分が置かれている状況のヤバさが浮き彫りになるが、果たしてワシはこれからどうすればいいのか……誰か助けてほしいものである。
✽✽✽
「え……これって、もしかしてレディアナお嬢様が書いた日記?」
最期まで読み終えた後、震える手で帳面を閉じると机の上に置き直した。書かれていた内容があまりにも衝撃的で後退る。
『ああ、出来心で読まなければよかった』という思いと、『ああ、やっぱりそうなんだ』という二つの想いが交錯していた。
最初から帳面の中を盗み見てやろうなんて、断じて思っていなかった。ただ、お嬢様の部屋の前を通りかけた時に、部屋と扉がほんのちょっとだけ開いてるのが気になって……。
そこで止めときゃいいのに、好奇心を抑えきれずに閉めるついでに室内を覗くと、もぬけの殻だったのが行動を加速させた。窓も開けっ放しで、吹き込む風が机の上に置かれていた帳面のページを、ペラペラ捲っているのが気になって……何を言っても後の祭りではあるけど勝手に侵入してしまった。
「ああ、きっと魔が差したんだ。こんな所、レディアナお嬢様に見つかったら、モブキャラの私なんて処刑される側になっちゃうに決まってる!」
思えば、ここ最近のレディアナお嬢様の言動は違和感アリアリだった。階段から落下した衝撃で、頭部にまだダメージが残ってると執事長のセバスチャンさんから聞いていたけど、まるで人が変わったように性格が変わっていたので同僚たちもざわついていた。
神経質な態度は大雑把なものになり、食事は汚らしく食べて酒はガバガバ飲むようになった。先輩メイドは、「事故の後遺症で頭のネジが外れた」と話していたが、私だけは違う考え方をしていた。
もしかして、レディアナお嬢様って……転生者なのでは? 緊張で流れる汗が、うなじを伝って背中へと落ちる。こんなところに留まっているのは危険だ――頭の中で今すぐ逃げろと警報音が鳴り響いている。
本能に従って踵を返すと、目の前にあるはずのない壁に衝突して尻もちをついてしまった。鼻を強かにぶつけて涙目になりながら見上げると、ネズミの死体を一瞥するような冷たい視線が注がれていた。
「ワシの部屋に無断で侵入して、何をしているんだ?」
「あ、いや、その……」
「ハッキリ答えんかい!」
なんと、目の前に――何故か鞘から抜いた抜き身の日本刀を手にした――お嬢様が仁王像よろしく立っていた。刀剣男士ならよかっのに、その迫力たるや刀剣極道である。鬼に金棒、極道に日本刀、こうなった私に残されているのは……ジャンピング土下座しかあるまいて。
「ヒィッ! そ、その、申し訳ございませんでした! 勝手にお嬢様の帳面を覗いてしまいまして、申し開きもございません。ですが、どうか命だけはご勘弁を……。小さな弟たちに仕送りを届けねばならないのです」
「やめろ鬱陶しい。少しはプライドとか持ってないのかお前は」
「プライドで飯が食えるんですかねぇ。許してもらえるまで幾らでも頭を下げますよ、私は」
「はあ……もういいから頭を上げろ」
よかった。助かった――呼吸を忘れていた肺が酸素を吸い込む。緊張から解き放たれて顔を上げると、目と鼻の先に刀の鋒を突きつけられていた。アカン、弟たちよ……お姉ちゃんはどうやらここまでのようだ。
「殺すなら、どうか人思いにサクッとやっちゃってください。痛いのだけは勘弁です」
「やらねえよ。なんでお前の血で無駄に部屋を汚さなくちゃならねえんだ。そうじゃなくて、見たんだろ? ワシのノートを」
「はい。あの、ここに書いてあることって本当なんですか?」
もはや取り繕うこともしなくなったようで、外見だけはお嬢様と瓜二つの誰かさんは、より一層険しい目で私を睨め抜いた。刀の刃が血を欲するように妖しく光る。元々小心者の私は、それだけで恐怖のあまり漏らしてしまいそうになった。
「本当だ。ワシの本当の名前は剛田竜也。前世は日本で大鉾組の若頭を任されていた」
「ま、まさかのヤーさんですか!?」
「お前な、あんま舐めた口を……ちょっと待て、お前、もしかして日本人なのか?」
「はい。私、リナという名前のキャラをやらせもらってます。本名は若槻朋子といいます」
疑惑は今まさに確信へと変わった。まさか、私以外に乙女ゲームの中に転生している人がいるなんて!! 正直、日本でぬるま湯大学生活に浸っていた学生が、突然中世ヨーロッパ風の世界に放り込まれて心細くないわけがなかった。
慣れない環境で散々先輩メイドにこき使われる日々を送り、もうゲームの中で骨を埋めるしかないかと覚悟していた時にようやく出来た仲間が、まさかのヤーさんであることはショックを隠せないけど。
「キャラ、とはなんだ?」
「そうですよね、まさかヤーさんが、じゃなくて剛田さんが乙女ゲームなんて知ってるはずないですよね」
そこから私が知ってる限りの情報を伝えた。最初は全く信じる素振りも見せなかったが、何度も殺されているという話を聴いて――なるほど、死にゲーの沼にどっぷり浸かってるなと思わず鼻で笑ってしまい、割と強めに拳骨が振り下ろされた。解せぬ。
「つまり、ワシはゲームの中の主人公で、殺されないように細心の注意をはらいながらゲームクリアを目指せばいいというわけか」
「そういうことです。ですが、知識のない人がプレイしてもあっという間にゲームオーバーになるだけですよ? なんせ理不尽極まりないことで有名ですから」
「確かにワシ一人じゃ無理だろうな。だが、今はお前がいる。どうかワシに力を貸してはくれないか」
「……はい? いやいや無理ですって。確かに私はゲーム経験者ですけど、根が臆病なんでリアルに死ぬ世界では糞の役にもたちませんって」
頭を振って断ると、少し待ってろと言い残して部屋を出ていった。なんだろうと思いながら待つこと数分――。戻ってきた剛田さんの手には、この世界で使われている紙幣の分厚い束が握りしめられていた。
「これをお前にやる。故郷に養わなければならない弟たちがいるんだろ? 何年も汗水流して働いたところで、一生涯お目にかかることの出来ない金額だ。クロウリー家からすれば安いものさ」
差し出された手に輝く金に、目が眩んだ私は無意識のうちに膝をついて、恭しく両手で受け取っていた。これが日本なら反社と繋がりができて完全にアウトなんだが。
「あ、あ、あ、手伝わせてもらいますううう!」




