火葬場、永島美穂、漬物と煮物とてんぷらと赤だし
暑い。喪服を着ているあたしの身に降り注ぐ容赦のない日差し。黒のワンピースの表面が汗で塩まみれになってしまいそうだ。汗を拭きながら家の最寄りの駅に向かう。改札を通って、いつもと逆のホームに上がり、いつもと反対方向の電車に乗る。乗り込んだ電車の車内は空いていて、利きすぎた冷気が堪らない。進む方向と過ぎ去る風景が新鮮でしばらくは窓の外を眺めていたが、どこまでも続く住宅街の光景に飽きて文庫本を開いて読書に没入する。
ふと顔を上げてホームの駅名を見ると、降車駅だった。本とフォーマルバッグを掴んで慌てて降りる。慌てて降りたが、過疎地の赤字路線みたいに運転間隔が二時間とかいうこともないのだから乗り越した先で折り返して戻ってきたとしても、たいして時間もかからなかっただろう。焦って損した。
改札を出て周りを見回す。聞いたことのないスーパーマーケット、チェーン店のカフェ、コンビニ、ラーメン屋、交番、和菓子屋、古着屋、不動産屋。これで全部。寂しい駅だ。
地図によると駅を出て北に進めば火葬場に着くようだ。まっすぐ一本道で所要時間は五分。迷うこともなさそうだし、のんびり歩いても十分もあれば到着できるだろう。時間を確認する。火葬の予定時刻にはまだまだ余裕がある。となれば、ここはやはりカフェで読書ね。
閑散とした駅のカフェにしては客が多い。先に席を確保する。カウンターでアイスコーヒーを注文してストローとガムシロップを握る。出てきたアイスコーヒーをじかに握って席に向かう。トレーくらい出してもらいたかったけど、他の席を見るに食べ物とセットで注文しないとトレーには乗せてもらえないようだ。アイスコーヒーをテーブルに置き、向かいの椅子にバッグを置く。椅子を引いて席に座る。椅子は背もたれのある木製で、思いのほか造りはしっかりしている。椅子の座面はいささか硬いが、少しの時間を潰すならこれで十分だ。柔らかすぎるソファーよりも心安らぐとも言える。
ストローを差して一口吸う。味には期待していなかったが悪くない。苦味の抜け方にしても香りにしても、暮根雅人のアイスコーヒーには爽やかさで劣るが、フラペラッテを置いているカフェのアイスコーヒーの粘つく苦味に比べれば断然ましだ。値段は半分なのに。高い値段のものが必ずしも良いとは限らないのね。しかし、どこの席の人も皆ホットドッグを食べているのが気になる。そんなにおいしいの? この店の名物なの? 食べなきゃだめなの? 少し前ならそもそもお金を持っていなかったので、そんなこと気にもならなかったし、気になったとしてもあっさり諦めがついたものなのだけれど、今は少しばかりお金を持っている。暮根雅人が紙幣を鞄に入れたり、過分なお釣りをくれたりするので贅沢に慣れてしまいそうで怖い。ま、それはそれとして朝ごはんも食べてないし、この後は葬儀だからしばらく食事をとる暇はないだろう。よし、食べよう。
カウンターに行って、ホットドッグを注文する。カウンターの中の作業を覗いつつ待つ。ソーセージはちゃんとボイルした熱々を使って、オーブンで焼いたパンに挟み、その上にマスタードを絞る。皿にナプキンを敷いて、そこに出来上がったホットドッグを置く。「ケチャップは付かないんですか」と尋ねると、にっこり笑って別添えの赤い小袋を添えてくれる。席に戻ってケチャップの封を切ってソーセージに沿って絞りだして噛り付く。パンは焦げる寸前の香ばしい歯ごたえがあり、ソーセージは爆ぜる寸前のハリと弾力の食感。おいしい。以前にどこかで食べたホットドッグは、パンが粘土のような噛み応えでソーセージは海水よりもしょっぱくて食べられたものじゃなかった。それと比較すると、このホットドッグは真逆の対極と言える。ん? いや、それだと反対の反対と言っているみたいなことになるのかな? でも、まあ、あれだ。あたしの言いたいのは、銀河帝国から一番遠いところにファウンデーションはあるっていう、そういう話だ。
それはともかく、これがアイスコーヒーと同じ値段。そして飲み物と食べ物をセットにしたその価格ですらも、フラペラッテのほぼ半額でしかないという驚異のコストパフォーマンス。もう二度とフラペラッテの店に足を踏み入れることはないだろう。
食べて飲んで涼んで時間を見ると十五分前だった。店を出て太陽の位置から北を見定める。並木道になっているので、多少は日差しが遮られるも、暑いものは暑い。歩くほどに肩が落ちる。首も項垂れる。周りには店もない。退屈な道中と灼熱の歩道。駅から五分のはずだったが、いつまでも辿り着かない気分になって時間を確認するも、歩き始めて二分と経っていなかった。知らない道はどうしてこれほど長く感じるのだろう。
ハンカチで汗を拭って顔を上げると、ようやくそれっぽいものが目に入る。門らしきものを通ると左右には芝や樹木が植えられていて、建物まで続く通路は少し蛇行している。門から建物までは、まだずいぶんと距離がある。火葬場ってどこもこんなに広いものなのだろうか。建物の入り口付近に人影が見える。この暑い中、スーツを着ている。濃いグレーのスーツ。礼服ではないところをみると、遺族ではなく葬儀屋だろうか。入り口間近まで近づくと、それは暮根雅人だった。アロハではなくスーツ。スーツの暮根雅人。
「暑いわね」というあたしのあいさつに取り合わずに暮根雅人が言う。
「背筋を伸ばす。顎は引く。歩いているときの腕の振りは後ろに引くことを意識して。腕を身体の前には出さない」出会いがしらから小うるさい。下からじっとりと睨め付けると、暮根雅人は咳払いを一つして、中に入って行った。
建物の中は白かった。白いという印象しかもたらさない。すでに棺桶があり、その前に遺族がいる。おそらく永島さんの奥さんと娘さんなのだろう。奥さんはベージュのカットソーに薄くてひらひらとしたロングスカートという出で立ちで、つぶらな瞳に褐色の肌。なんとなくベトナムの人を思わせる。娘さんは二十代半ばくらいでポケットの多いパンツは砂漠仕様の迷彩柄で上にはだぶついた分厚いTシャツ。肌の色はお母さん譲りなのか薄めの褐色、顔の造形はお父さん譲りで各パーツの線が濃い。おかげでフィリピンの女の子っぽく見える。というか、誰も礼服を着ていない。あたしだけなの。
「黒尽くめだからって、ノースリーブを礼服とは言わないよ」と暮根雅人が耳打ちする。もしかしてあたしは思ったことすべてが口に出ているのだろうか。
全員が顔を揃えてもとくに言葉を交わすことはない。それぞれが軽く会釈する。そこに葬儀屋がやってくる。胸前に自分の両手を合わせ、それを揉みしだいているので暮根雅人が話していた人物なのだろう。なるほど。間近に見ると、おそろしくいやらしい手つきだ。
「それでは、みなさん、お揃いのようですので、始めさせていただきます」と揉み手が言う。「故人にお別れをどうぞ」と揉み手が続ける。
奥さんが最初に棺桶に近づいて、手を合わせる。平然として無表情。そこから感情を読み取ることは難しい。亡くなったときには奥さんが泣き崩れたみたいなことを言っていた気がするけど。虐待を恐れてお母さんは逃げ出したとのことだけど、どちらかというと永島さんよりも奥さんの方が強そうに見える。こんなひ弱そうな永島さんでもお酒を飲むと強くなるのだろうか。あるいは、以前はもっと体格がよかったのだろうか。
次に娘さんが棺桶の前に行く。顔を近づけてまじまじと永島さんの顔を見る。娘さんはおそらく父親の顔を覚えていない。虐待の記憶って残っているのだろうか。それとも、すべて後から聞かされた話でしかないのだろうか。もしかしたら、お母さんは虐待のことを話していない可能性もある。娘さんの胸中も測りがたい。でも、急に葬式に呼ばれて、これがあなたのお父さんだと言われても、実感はわかないだろう。
今度は暮根雅人が棺桶に歩み寄る。ちらっと顔を見やって、手を合わせる。それでおしまい。戻ってきた暮根雅人があたしを促す。えっ、あたしもやるの? 少し動揺しつつ、暮根雅人に倣って一瞥して手を合わせてればいいかと思って棺桶の前に行く。中を覗く。こんな顔だったっけ。と思うものの、一回しか会っていないのだ。あたしの記憶があやふやなのは当然だろう。でもじっと見ているうちに、生前の永島さんを思い出す。今にして思えば柔和な顔をしていた。笑い皺があったなあ、と思うものの遺体の顔には皺がない。皺はどこにいったのだろうと思ってしげしげと眺めると、メイクで隠されているようだった。そういえば、どことなく生前よりも血色がいいような気さえもしてくる。そして顔よりも気になるのは身体である。身体の厚みをまったく感じさせない。ぺちゃんこ。人間、死んでしまうと誰でもこうなってしまうものなのか。それとも、永島さんが不摂生だったが故の身体の薄さなのだろうか。
はっと我に返る。あたし、遺体を見過ぎなのでは。慌てて手を合わせて、元いた場所に戻る。
全員のお別れが終わると、揉み手が大きなトレーを持っている。中にはぎっしりと白い花が詰められていて「みなさん。こちらのお花を供えてあげてください」と揉み手が言う。
みんな、それぞれに花を一つ掴んで、永島さんの顔の横とか胸の上とかに置く。棺桶の中に四つの花が添えられる。全員が仕事を終えた、という顔付きになっているところに「残りのお花も全部入れていただけますか」と揉み手が言う。トレーの中の花は全部で百個くらいあって、これを四人で棺桶に詰めていく。最初の一個、二個はまだ神妙に花を置いたが、そこから先はひたすらに作業だった。揉み手はどうして、トレーを下げてくれなかったのか。一人が一つずつ花を供えておしまい、それでいいではないか。揉み手を恨みつつ黙々と花を供える。それがようやく終わると、お坊さん出てきてお経をあげる。そんなものを聞いても意味も宗派もなにもわからなかったが、ところどころに「永島とも」と言う名前が差し込まれていた。おそらく、戒名を付けていないために実名というか、俗名での読経になっているのだろう。でも、俗名のおかげでお経に多少の親しみを感じる。
読経が終わり、棺桶は火葬炉の中に入れられる。火葬が終わるのは一時間後だと揉み手が言う。待機所に食事の用意があるとのことで、みんなでそこに向かう。席にはすでに膳が出されていて、ごはん、赤だし、漬物、だし巻き、てんぷら、煮物、刺身といったもので、暮根雅人のところで出てくるものに酷似している。手を付けると、暮根雅人との料理とは似ても似つかないものであることを痛感する。
質の悪い米を雑に炊いたごはんから始まって、くさい漬物にくどい煮物、てんぷらのしつこい油に辟易として、刺身に醤油に付けて口に入れるとそれは魚の切り身というよりは生ぐさいスポンジという感じ。それを洗い流そうと思って赤だしを啜るも渋みと苦味の大洪水で口内の混沌は深まる。こんなもの、暮根雅人は食べられたものではないのではないかと思ったが、とくに文句を言うでもなく、黙々と箸を動かしている。となると、あたしだけ残すわけにもいかない。すべてを口に押し込んで、お茶で流し込む。
重い沈黙に耐える時間になるかと思ったが、暮根雅人と永島さんの奥さんが事務的な話を始めた。この葬儀のこと。そして、永島さんの店の今後のこと。奥さんの方は、すべて関係ないのでお任せしますという態度だったが、暮根雅人はそこまでの面倒は見きれないとは言わないものの、そういうようなことを噛んで含めて言い募る。娘さんはそのやりとりに一切の感心がないようで、携帯電話を取り出していじりだす。
「お父さんのこと、憎んでいましたか?」とあたしは娘さんに尋ねた。娘さん、たしか美穂という名前だったと思う。美穂さんはあらぬ角度からの予期せぬ質問にはっと顔を上げた。声の出どころを探る視線があたしの顔に辿り着く。「えーと」と美穂さんは言い淀む。
「お父さんの顔、覚えていましたか?」とあたしは質問を重ねる。
「正直、全然覚えてないんだ。さっきも遺体の顔を見ててもさ、なんにも思い出さなかったよ」
「虐待されていたって聞きましたけど」
「そうらしいね。それも覚えてないよ。だから」と言って最初の質問に答える。「憎んでいたかと言われると、よくわからないな。お父さんがいたらもっと生活が楽だったんじゃないかと思うことはあったけど」
永島さんは娘さんにとても会いたがっていたけど、娘さんはお父さんの顔も覚えていない。お母さんは娘さんのために永島さんの元を離れたけど、娘さんはお父さんがいればまともな生活が送れたのではないかと言う。なにもかみ合っていない。あたしがそのまま考え込むと、美穂さんは視線を携帯電話に戻した。
炉から遺骨が出てきて、骨壺にそれを入れる。足の方から順に骨壺に入れていくが、あばらの中ほどまできたところで骨壺がいっぱいになる。すると揉み手が「お潰しします」と言って、上から骨を手で押さえつけて潰す。みしみしと音がして、骨が沈む。空いたスペースに再び骨を詰めていく。詰め終わった骨壺を揉み手が布で包む。それと同時に請求書だか領収書だかを取り出して差し出す。暮根雅人がそれを受け取って、金額を確認して支払いを済ませる。お金を受け取ると揉み手は口が裂けるほどの笑顔になった。ん、笑顔になっていいのか? それも顧客の葬儀中に? と思って見直すと、揉み手は普通に神妙な顔をしていた。笑顔をすかさず引っ込めたのか、そもそもあたしの見間違いだったのか。
奥さんが暮根雅人に何度も頭を下げながら駅に向かう。その母娘を見送る。この火葬場の最寄り駅は一つしかない。あたしも結局、同じ駅を使うことになるのだけれども、永島さん母娘とあたしとの組み合わせで間が持つわけがない。時間を置いて駅に向かうつもりだったのだが、暮根雅人が「じゃ、俺らも帰るか」と言って歩き始める。よくわからないままに付いて行く。
着いた先は駐車場だった。駐車場。暮根雅人よ。あなたは車を持っていたのか。広い駐車場にはほとんど車は駐まっていない。火葬場は予約が一杯で数日待たされたという話ではなかったか。いや、みんながみんな車でここに来るわけではない。あたしも電車で来たし、永島さんの奥さんも電車で来た。駐車場が空いているのと火葬場の予約状況はかならずしも一致しない。そんなことを思いつつ、とある一台のもとに進む。
「なにこのばかげたデカさの薄汚い車は?」その黄ばんだ白い車を前に、口をついて出てしまった。
「いや、ちょっと古いかもだけど、薄汚いってあんまりな言い様だな。それにフリートウッドはそんな大きくない。キャデラックの中では小さい方だよ」と暮根雅人が助手席側のドアを開けながら言ってあたしに乗るように促す。中に入ると、椅子はベンチシートで運転席までがやたらと遠い。運転席とあたしの間に三人は座れるだろう。この国の狭さに折り合わない。
「シートベルト、締めて」と言った暮根雅人はすでに運転席に座っていて、車を出す。締めたもののシートベルトはゆるゆるで命を守ってもらえる気はしない。
「それで、家はどこかな」と訊く。いや、だから家の場所なんか教えられるか。
「池袋でいいわよ」と答える。「アロアのお見舞いにも行かないとだし」と付け足して、病室に雑巾小僧がいることに思い至る。それを暮根雅人に伝えるべきかどうかを逡巡する。
暮根雅人が片手で運転しつつ、右手でケースの中からCDを漁り、なにかを見つけてステレオに飲み込ます。そのCDのジャケットには『マーラー 交響曲一番 巨人』とある。ケースに手を伸ばして他のCDを見ると、モーツアルトやらチャイコフスキーやらストラヴィンスキーやらといった名前が並ぶ。聴こえてきたマーラーの音楽の良さがあたしにはいまひとつよくわからない。だいたいクラシックってどう楽しめばいいのだろう。つい先日、ミートローフを熱く語っていたのに、最近ではこういうものしか聴かないのか。そしたら、あのときになんでトレバー・ラビンとミートローフをリクエストしてきたのだろう。運転する暮根雅人を見やると、なにか違和感がある。外国車なので左ハンドルなのはいい。ものぐさに片手でハンドルを扱うのも許す。足元にアクセルとブレーキとクラッチがあって、うん、あれ、アクセルを踏んでない? アクセルを踏んでないのに、なぜ走る。こちらの視線を察したのか、暮根雅人が口を開く。
「この車はアイドリングだけで結構走るんでアクセルを踏む必要がないんだよ。楽でいいよ」とすっとぼけたことを言いだす。
アクセルを踏まなくても走るっていうのは、ブレーキを踏んでも止まらないといっているのと、ほぼ同義ではないのか。
「全然違うよ。ブレーキを踏んだら停まるし、アクセルを踏んだらスピードが上がる。高速道路ではちゃんとアクセルも使うよ」
どのみち、整備不良なのではないかと想像するが、それ以上は尋ねないでおく。あたしも別に車の機構に詳しいわけではないので、細かい話になったら理解できない。
「トルクがあるからエンストもしないし、パワーがあるから運転が楽なんだ。いい車だよ。小キャデだけど」出来の悪い友達を擁護するようなものの言い方をする。
駐車場を出て少し進んで左に曲がって甲州街道に乗って新宿方面に進む。道は淀みなく流れている。対向車線を眺めて次々にすれ違って行く車を見る。車ねえ。自動車。いままで興味が向いたことがない。暮根雅人はこの車になんらかの思い入れがありそうだし、機械いじりも好きそうだし、ちょっと車の話を振って喜ばせてやるか。
対向車線からカニみたいな顔をした車が走ってきたので「あれはなんて車?」と暮根雅人に訊いてみる。「カルマンギア」という答えが返ってくる。うん、聞いたこともない車だ。次にからし色の車を指さして尋ねると「からし色って……ずいぶん渋い言い回しをするね。あれはランドクルーザーだね」と言い、別の車を指すと「車種はわからないけど、マツダの車だね」おや、知らない曲名はなさそうなのに、知らない車名は存在するのね。となると、自動車への愛着はそれほどではないのかしら。でも、まあ、ともかく、だいたいわかった。
「マツダ」と言ってメタリックブルーの車を指すと「エンブレムくらい見ようよ。それはトヨタ」と言われ、「ランドクルーザー」と言ってカーキ色の車を指すと「惜しい。あれはジープ」と言われ、「カルマンギア」と言って黒色の車を指すと「リンカーン・アビエーター。似ているかなあ、カルマンギアに?」と言われる。なるほど、全然わかんない。話題を変える。
「奥さん、お骨はどうするんだろう」とあたしが言うと「どこかに散骨するって言っていたよ」と答えが返ってきた。「お墓はないし、家にも置いておきたくないってさ」
「そっか」永島さんはみんなと一緒にはいられないのね。
「そうだ、あれ見せてよ」
「あれ? あれってなに?」
「GPSがどこにあるかを確認するやつ」
「ああ、それならスマートフォンのアプリだよ」
信号待ちのタイミングで暮根雅人は携帯電話を取り出してロックを解除する。それをあたしに手渡しながら「右下にある青いアプリがそれ」と暮根雅人が言う。受け取って指示されたアプリを起動する。地図っぽい画面にターゲットが浮かぶ。なるほど、この点が、あのGPSのメダルの位置ってことか。病院の場所ってこんなところだっけ。池袋の駅から確認しよう。駅から、こう歩いて、こう曲がって……あれ、いま、この点、動かなかった? 点を凝視する。
「動いている!」と叫んでしまった。
「そりゃ、いま車に乗って移動しているんだから、動いているだろうよ」と事も無げに暮根雅人が言う。そうか、暮根雅人はあれをあたしが身に着けていると思っている。
「いや、違うのよ。あのメダルみたいなものはあたしが持っているわけじゃない。アロアの毛布に付けたの」
「君の安全と防犯のために渡したんだけどな」と暮根雅人が文句を言う。
それを黙殺して携帯電話の画面を示して「ここに行って」と頼む。
暮根雅人がそれをちらりと見て「その点が止まってからでも良くないかな」と言う。
なるほど。この点がアロアの自宅に向かっているのか、それとも虐待児保護のための施設に向かっているのかわからないけど、たしかに終着点に行けばそこにアロアはいるはずだ。あたしは動く点を目で追う。このメダルが壊されるか、あるいはシステムになんらかのトラブルが起きない限り、目を離したとしても見失うことはないだろうことはわかっている。わかってはいるんだけど、目が離せない。点が描く軌跡を余すところなく目に焼き付ける。
「止まった!」と再び叫ぶ。
「信号待ちとかじゃないのかな」と暮根雅人が極めて真っ当なことを言う。携帯電話の時間を見る。午後一時三二分。ところでこの車はどこに向かっているんだっけ?
「池袋だよ。病院に行くって言っていたから」と暮根雅人がしれっと抜かす。アロアのいない病院に行ったってしかたないじゃない。動かない点を見つめる。午後一時三七分。
「五分たった」と宣言する。
「信号待ちにしては長いね。ちょっと見せて」と暮根雅人が言うので、携帯電話を向ける。「そこなら、今の進路で大丈夫。もう少し見張っていて」との答え。
「十分たった。ねえ、ここまであと何分くらいで着く?」と聞く。
「せっかちだなあ。えーと、そうだな、あと三十分ってとこかな」という返答。
「もっと飛ばしてよ」との要望に「もう、高速には乗っているよ。アクセルも踏んでいる」と言われてそっちを見ると、さっきまでのだれた態度は消えていて、たしかに運転していますという様子になっている。
「アクセルを踏むのが面倒そうだったから、あたしが横からアクセルを踏んであげようか?」と言うと「危ないからやめてくれ」と言われる。ならば邪魔をするのはやめておこう。だから、急げ暮根雅人、走れクリーム色のフリートウッドよ。




