・7-12 第80話:「黒い粉と鉄の筒」
・7-12 第80話:「黒い粉と鉄の筒」
獅子令嬢ことリアーヌが、慣れない食材での調理に悪戦苦闘しているころ。
エリアスは筆頭騎士長・ニコラスや他の騎士長たちと一緒に、火の民が遺棄していった物資、主に武具の見分を行っていた。
「ふぅむ……。
やはり、鉄製のものは少ないようですな。
斧のような[道具]と表裏一体のものはあれども、剣はなし。
木を削り出した長槍ばかりだ」
武器庫として使われていたらしい掘っ立て小屋から運び出し、地面に並べたそれらを眺めて、ニコラスがそう感想を口にする。
これまでに何度も火の民とは戦闘を行っているが、ソラーナ王国軍を始め、シアリーズ大陸に存在する軍隊が頻繁に用いている鉄製の剣などの姿は見られない。
代わりに、薪や建材の採取・加工、建築、野戦築城などには欠かせない斧はそれなりの数がある。
だが、やはり主力は、木製の長槍であるようだ。
それも金属製の穂先は持たない、木を削り出し、せいぜい先端を尖らせ、焼き固めた程度のものばかり。
武器としてはあまりにもお粗末だ。
「しかしながら、この長さはなかなか、厄介でございます。
我らが用いている騎槍をも上回っている。
これでは、正面突撃は無謀になってしまいましょう」
「そうは言うが、ガスパル殿。
こちらももっと長い騎槍を持てば良いだけではないのか? 」
「いやいや、ディエゴ殿。
それができるのは、貴殿のような豪傑だけ。
一般の騎士には、今以上の長さの騎槍は大きすぎ、重すぎ、というものでございましょう」
「ううむ……」
騎士長のガスパル・アルコンとディエゴ・ハバリーが頭を悩ませている横では、リンセ伯爵家に五人いる騎士長の中では唯一の女性、火の民の血を引いていると言われるベアトリス・アギラがしゃがみこみ、目の前にあるものを興味深そうに観察している。
それは、金属製品が少ない火の民の中では珍しい品。
鋳鉄製の、筒状の武器だった。
いや、本当に戦闘に用いるものなのかどうかは、エリアスたちには分からない。
シアリーズ大陸には存在しない物体なのだ。
それは、一見すると短い槍にも、長い棍棒にも見える。
木製の柄の先端に細長い筒状の鋳鉄製部品が取りつけられており、その中は空洞。
先端に向かって指が数本入るような大きさの穴が空けられているほか、柄の方にも小さな開口部が開いている。
発見されたのは、五本だけ。
だが陣地の中央付近に築かれていた炉の近くでは、生産する途中であったのか、作りかけの金属製の筒がいくつも見つかっている。
圧巻だったのは、その中に、教会の尖塔に飾られている鐘と見間違うような、巨大な金属製の筒があったことだ。
これも、おそらくは鋳鉄製。
短い槍に見える金属製の筒を十倍以上の大きさにしたような物体で、人間の頭がすっぽりと入ってしまいそうな穴を、厚さ五デシマエ(およそ十五センチ以上)もある肉厚な鉄が囲っている。
その重量は計り知れない。
短い槍に見える金属の筒の方は個人が携行できる程度の重さだったが、この鐘のような物体は、一人ではびくともしない。
車輪付きの台車に乗せた上で、何頭ものばんえい馬か、数十人、あるいは百人以上の人間が押したり引っ張ったりしなければ移動させられないほどだ。
「これはいったい、なんなんだろう……」
エリアスはその異様な物体を見つめながら首を傾げていた。
火の民がかき集めた金属。
おそらくは、これらがそのなれの果てなのだろう。
だが、実物を目の前にしてもなお、その用途が分からない。
鐘のように見えるが実際に音を鳴らすのに使っている様子はないし、こんな巨大なものを作ったとしても、運ぶだけでも大事だ。
得体の知れない、金属の塊。
不気味だった。
「閣下。
少々、よろしいでしょうか? 」
その時、これまで金属の筒を観察していたベアトリス騎士長がそう声をかけて来る。
振り返ると、長い黒髪と、火の民に由来するのだという金色の瞳を持つ彼女は、その左手に鹵獲した短槍を持ち、もう一方の手に中身が詰まった何かの生物の胃を利用して作った袋を持っていた。
この袋も、この拠点を制圧してから発見したものだ。
中には黒い粉が詰まっており、どういう訳か小分けにされ、半ば地面に埋め込まれるような形でやたらと厳重に保管されていた。
決して濡れることが無いよう、火の民が作ったにしてはしっかりとした屋根がかけられていたから、印象に残っている。
「ベアトリス殿、なんだろうか? 」
「我が遠い先祖からの言い伝えがあるのですが……、もしかすると、この金属の筒の用途が分かるかもしれません。
伝承によりますと、これは、[ハンドカノン]というものであるかと」
たずねるとその女性騎士長は真剣な様子でうなずき、それから、袋の中の黒い粉を少量だけ金属の筒の中に、その先端から注ぎ入れた。
「どなたか、火をお持ちではありませんか? 」
それから彼女がそうたずねると、ほどなくして、食事を準備している所から火のついた松明が運ばれてくる。
「閣下も、他の皆様も。
少々、離れていてください。
私も、実際にこれを使うのは初めてでございますので」
火種を受け取ったベアトリスはそう言うとその火を細長い木の棒に移し替え、火の民の短槍を小脇に抱えるようにして水平に持ち上げると、誰もいない方向へ先端を向ける。
自然と周囲には人が集まって来た。
エリアスだけでなく他の騎士長も、近くで鹵獲した品々を整理していた将兵も、興味深そうに注視している。
「大きな音がいたします! 」
やがてベアトリスはそう警告すると、短い槍の中央付近、金属製の筒の根元の辺りに設けられた小さな穴に、火のついた棒の先端を差し込んだ。
その瞬間。
ズドン! という轟音が響き渡り、筒の先端からは炎が噴出し、真っ白な、異質な臭いのする霧が大きく広がった。
———エリアスは、その現象に見覚えがあった。
コレドールの戦場で目撃したものだ。
「火の、魔法……」
彼は、ソラーナ王国軍が大敗するきっかけを作り、ベルトラン伯爵の命をも奪った、あの恐ろしい技のことを思い出していた。




