・7-13 第81話:「火の魔法の正体:1」
・7-13 第81話:「火の魔法の正体:1」
リンセ伯爵・エリアスは、最小限の損害で火の民が築いていた海岸保を制圧することに成功した。
そこを守備していたおよそ一千の敵軍は散り散りになって南へと逃走し、集団としての戦闘力を喪失しているために反撃を受ける恐れは少ない。
また、敗走するソラーナ王国軍を追撃していた敵兵についても、リオン王子が狭い山道という地形を活用して少数の兵で逆襲を成功させたために一旦、遠のいていた。
敵の脅威は遠のき、コレドールの地での敗戦からほとんど不眠不休同然に退却して来た将兵に、数日振りに安寧の時間が訪れようとしている。
火の民の拠点をほぼ無傷で手に入れたことにより、簡易的とはいえ周辺を木の柵に囲まれた安全な場所を確保することができたからだ。
おまけに、なによりも渇望していた食料がある。
それらはシアリーズ大陸でよく食べられているものとは違った材料、風味のするものではあったが、リアーヌたちの手によってスープにされて提供されたそれを、誰もが貪り食らった。
味もにおいも気にならないというほど、彼らは空腹に苦しんでいたからだ。
それから、敗残兵たちは久しぶりにまとまった睡眠を得ることができた。
少数の見張りは念のために立てたものの、多くの者が鎧を脱ぐことさえしないまま、泥のように地面に寝そべって。
酷い有様と言うほかはない。
仮にも国家の正規軍、偉大な聖王マニュスの血統に連なるフェルナンド三世に率いられていた王の軍であるというのに。
薄汚れ、疲労困憊し、衆目も気にせずに眠りこけてしまうとは。
だが、それが現在の状況、目の前にある事実であった。
(少しでも早く、立て直さなければ)
交代で夜の見張りに立ち、数十の兵らと共に異常がないかを確認して回っていたエリアスは、あらためて危機感を抱く。
未だに、フェルナンド三世やシモン伯爵の行方は判然としない。
それどころか、コレドールの会戦に勝利した火の民がその後にどのような行動をとっているのかも続報が得られていない。
まずは、生き延びた。
そのことに安心したいところだったが、末端の兵士はともかくとして、エリアスを始め、リオン王子のような人々を指揮する立場にいる将はのんきになどしていられない。
次にどう行動するのかを考え、新たな方針を将兵に指し示さなければならなかった。
このためには、リオン王子とすぐにでも話し合わなければならない。
仮眠と巡回というのをくり返した後、翌日のコネホ(早朝)。
エリアスはリアーヌやニコラス筆頭騎士長たちと共に、王子の下を訪れていた。
「朝早くより失礼いたします、殿下。
ですがこのような事態ですので、何卒、ご容赦くださいませ」
「いや、エリアス殿。
一晩だけでも休ませていただき、深く感謝を申し上げます。
この陣地をほぼ無傷で奪取したことといい、貴殿の活躍には目をみはるばかりです」
「恐れ入ります」
エリアス達もそうだったが、リオン王子もこれまで無理をしてきている。
そのためにまだ体力を回復できた様子ではなかったが、王子は気丈に振る舞っていた。
(まだ、折れてはおられない)
コレドールの戦場で戦っていた時もそうだったが、リオン王子は惨めな敗北の中にあっても、最終的な勝利者となる道を諦めてはいない。
その点、彼は間違いなくフェルナンド三世の精神のタフさを引き継いでいる様子だった。
「早速ですが、殿下にまず、ご覧いただきたいことがございます」
「私に、見せたいもの? 」
「はい。
この陣を陥落させたときに鹵獲した敵の兵器なのですが。
火の民が用いる魔法の正体が判明いたしました」
「それは……!
ぜひ、拝見させていただきたい」
火の魔法の正体。
その言葉を聞くとすっかり眠気も吹き飛んだ様子で、王子は真剣な表情になる。
「まずは、こちらに」
エリアスが先頭に立って案内をし、リオン王子とその近臣たちを、人払いをして広く空間を作った広場まで連れて行く。
するとそこには、火の民が使う[魔法]を実演する準備を整えたベアトリス騎士長が跪いて待っていた。
「こちらは、我が配下の騎士長、ベアトリス・アギラと申します。
黄金の瞳を持つことからもお分かりになる通り、火の民を遠い祖先に持っている者です。
彼女の一族の伝承に、この、[ハンドカノン]の使用法が残されておりました」
「ハンドカノン?
その、短い槍が? 」
「火の民の魔法の正体です。
まずは、実演いたしますのでお確かめください。
大きな音がいたしますので、ご注意を」
エリアスはそう説明すると、ベアトリスと一緒に待機していた騎士たちに命じ、まだ眠りこけている他の将兵に、「これから大きな音が鳴るが、我が軍の実験なので落ち着くように! 」という趣旨の触れを出す。
それが軍内に概ね伝わるのを待ってから、ベアトリスはハンドカノンを構える。
「大きな音がいたします! 」
そして彼女はそう叫ぶと、昨日と同様、金属製の筒の根元に開かれている小さな穴に火種を差し込んでいた。
途端に、轟音。
筒の先端からは炎がほとばしり、独特の臭いがする濃い白い霧が辺りに広がっていた。
昨日はただの空砲だったが、今回は違う。
ハンドカノンの砲口からは、勢いよく何かが飛び出して行った。
それは、小さな鉄の塊だ。
未知の強大な力によって撃ち出されたそれは目にも止まらない、矢などよりも遥かに速い速度で飛翔すると、砲口を向けられた先に配置されていた火の民から鹵獲された金属製の甲冑へと向かい、ギャン! という耳障りな音と火花を生み出しながら鉄鈑を貫通していた。
巨大な音と、白い霧。
そのことに驚き、首をすくめ、呆然としていた王子だったが、錆びているとはいえ相応に頑丈であるはずの金属製の甲冑にいとも簡単に風穴が開いていることを知って双眸を見開き、愕然とする。
「これが、ハンドカノン。
火の民が用います魔法の正体でございます」
言葉を失っている王子とその近臣たちに再び跪いたベアトリスが、あらためて説明する。
「こちらの黒い粉、火薬が爆ぜる力を用いまして、鉄の礫を飛ばし、板金鎧さえも貫通する。
奴らが鉄をかき集めていたのは、これを作り出すためであろうと思われます」




