・7-9 第77話:「襲撃:4」
・7-9 第77話:「襲撃:4」
時刻は移り変わり、ティグレ(明け方)。
段々と東の空が白み始めて来たころ。
明るくなってからでは敵陣に接近するのが困難になると判断し、夜間の暗いうち五百アルティトゥードー(およそ五百メートル)ほどまで接近したソラーナ王国軍四千は、リンセ伯爵家の筆頭騎士長・ニコラスが提案した作戦に従って敵陣への攻撃を開始した。
稜線を朝焼けに染め始めた山々に響き渡るようなのびやかな角笛の音色が響き渡り、まずは東側から、一千余りの軍勢が攻撃を実施する。
筆頭騎士長・ニコラスに率いられた、リンセ伯爵家の歩兵部隊だ。
夜陰に紛れて接近した彼らは一斉に喚声をあげ、伐採された木々の切り株が散らばる荒野を駆け抜けると、敵陣を突破しようと門と柵に襲いかかる。
この攻撃に火の民は慌てた。
彼らはまだソラーナ王国軍の敗残兵が間近まで接近してきているとは気づいていなかったからだ。
それは油断によるものだった。
ここから、味方の迂回軍一万が進撃していった。
つまり友軍によって制圧されていて、安全だ。
だから、味方と入れ違いになって敵軍が進んで来るとは想像さえしていなかったのだ。
拠点全体に敵襲を知らせるための太鼓の音色が轟き、眠りこけていた火の民は跳ね起きると、それぞれの武器を手に取って慌てて持ち場について行き、中央部にいた予備兵力の二百は急いで東側へと駆けつけた。
しかし、その時にはすでに、ソラーナ王国軍は撤退してしまっていた。
攻撃を開始した時と同様に角笛の音色を響かせ、さっさと下がっていってしまう。
あまりにもあっさりとした引き際。
火の民は追撃する暇もなく、拍子抜けしたような心地になったことだろう。
———そうしたらまた、前進を命じる角笛の音色が聞こえて来た。
今度は、北からだ。
これは、騎士長・ディエゴに率いられた彼の中隊と、志願兵を加えた、一千六百弱の集団による攻撃だった。
彼らはまだ薄暗く視界の悪い中からまるで湧き出してくるように出現すると、大勢の歩兵たちが喚声をあげ、突っ込んでいく。
陣地の北側を守る火の民はこれに急いで応戦し、作ってあった見張り台から矢を浴びせ、門の前に兵力を結集して、あまり頼りにならない扉が打ち破られることに備えた。
そしてこの事態を知った、東側に向かっていた予備兵力の二百も、「東への攻撃は陽動であったか! 」と大慌てで、今度は北へと駆けつけた。
しかし、そのころにはまたしても、ソラーナ王国軍は引き上げていた。
先ほどと同様に粘り強く戦うようなことはなく、角笛の音色を残してさっと後退して行ってしまう。
なんだかよくわからないが、とにかく、敵を撃退できた。
火の民がおそらくはそう思って安心していた時のことだ。
再び、東側から角笛の音色が響いて来る。
一度は引き下がったはずのニコラスが二度目の攻撃を仕掛けたのだ。
それも、最初よりも数が増えている。
リオン王子から分遣された兵力を加えた、二千を超える兵力で攻めて来ている。
———さては、これが本命の攻撃か。
気を緩ませかけていた火の民は再び緊張し、固く東側の門を守り、予備兵力はまたもや大急ぎで東側の救援へと向かった。
さすがにこの攻撃は容易には撃退できないだろう。
彼らはそう覚悟していたが、しかし、三度肩透かしを受けてしまう。
門の辺りに援軍が駆けつけるタイミングにピッタリ合わせたかのように、ソラーナ王国軍は素早く後退して行ってしまったのだ。
火の民は、戸惑う他はない。
こんなに簡単に逃げ出してしまうのはいったいどういう訳なのだろうと、勝ったという高揚感よりも疑問符の方が遥かに巨大で、意味が分からない。
そして、この奇怪なソラーナ王国軍の行動の真意を、彼らはすぐに知ることとなった。
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攻撃開始を告げる角笛の音色が三度聞こえ、退却を告げる音色も三度、周囲に鳴り響いた。
武具を身につけ、ヴェンダヴァルの馬上にあったエリアスは、双眸を閉じてじっとその音の回数を数え、それが、ニコラスから聞かされていただけになったことに気づくと、顔をあげて瞼を開く。
「これまでは、ニコラス殿のおっしゃる通りになっておりますわね」
そんな彼の隣にネージュを並べ、その馬上からリアーヌがやや素っ気なく思える口調で言う。
「ごめん、リアーヌ」
それが、自分の案が採用されなかったことで不機嫌になっているせいだと思ったエリアスが軽く謝罪をすると、「別に、気にしておりませんわ」との返答。
「それより、ご覧くださいませ。
立派な[道]ができておりますわ」
彼女が指さした先に視線を向けると、その言葉通りのものが目の前にあった。
火の民は海を背中にして陣地を築いている。
ぐるりと木の柵が半円を描くように築かれており、西側は水面によって守られ、進入できない。
しかし、干潮ともなれば潮が引き、陸路から通行できるのではないか。
ミシェルが地元の者から聞くことができたというその情報は、正しかった。
海面が低下したそこには、通常は海底であったはずの地面が出現していた。
火の民が築いた陣地の柵はしっかりと水がある場所まで長くのばされていたが、干潮によって陸地が広がり、馬で通り抜けることのできる通路ができあがっている。
水で濡れた砂が朝日を反射してキラキラと輝いている。
それはさながら、勝利へと続く黄金色の道であるかのようだった。
———敵はまだ、この事態に気づいていない。
陽動を連続で三回繰り返すというニコラスの作戦によって意識をそちらに取られ、本命の攻撃が西側、完全に安全であるはずの海の方向から来るとは、まるで思っていないのだ。
敵陣の北西、海際。
そこには、リンセ伯爵家の手勢とリオン王子の分遣隊から抽出された、旗持も含めると三百弱となる騎乗兵の集団が集結していた。
村人との交渉に用いてしまったためその半数以上は馬鎧の無い馬に乗っていたが、それでも、現状で望み得る最上級の精鋭たち。
「突撃! 」
エリアスが高く掲げた手を振り下ろして命じると、アルフォンソが高らかに角笛の音色を吹き鳴らす。
そしてそれを合図として、騎士の集団はがら空きとなった敵陣を目がけ、殺到した。




