・7-8 第76話:「襲撃:3」
・7-8 第76話:「襲撃:3」
臨時に編成された四千の部隊の体制が一応整い、休ませてもらった村を出て敵陣から少し距離を取った場所で待機していた時。
「伯爵閣下、リアーヌ様。
お待たせいたしました」
火の民の陣地が築かれている場所から三ベスミッレほど離れた、山道をちょうど出た辺りにいたリンセ伯爵家の陣営に、敵状を探りに行ったミシェルが戻って来た。
時刻は、トレオ(未明)。
まだ夜が明ける前のことだ。
コレドールの戦いに敗れてから一日半ほどが経過している、千百九十八年の一月三十三日。
敵にこちらの接近を悟られないために明かりを最低限にして報告を待っていたエリアスたちはミシェルを迎え入れると、さっそく判明した状況について聞かせてもらう。
「羊皮紙がございませんので、口頭と、地面に描いた絵で失礼いたします」
あらゆる物資を放棄して逃げて来た先でのこと。
地図を書くものがあるはずもなく、獅子令嬢お雇いの女中ということになっている彼女はそう断りを入れ、地面に木の棒で簡単に絵を描き、小石を敵兵の駒に見立てて説明していく。
「まず、敵陣でございますが。
海を背後に、陣の範囲をぐるりと半円形上に木の柵で取り囲んだ、簡易的なものでございます」
「なるほど。
海を背後にすることで、襲われる方向を三方向に限定しているわけか」
「はい。
ただし、地元の者にたずねましたところ、干潮時には潮が引くため、海岸からも入り込めてしまうのでは、とのことでございました。
ですが、筆頭騎士長閣下。
敵はただ、防御のために海岸を背にしているわけではない様子でございます」
「と、言うと? 」
「海岸にはいくつもの船がございました。
おそらく、火の民が渡海するのに用いていたものと思われます。
敵陣は、この、兵力の運搬や物資の輸送に欠かせぬ船を安全に陸に寄せるための、海岸保として築かれたものであるようです」
つまり、火の民は占領したピエド・クラヴィ城からここまで徒歩で行軍してきたわけではなかった。
海を隔てた彼らの故郷、ティエラ・アルディエンテ大陸からやって来るのに用いた船を利用して移動して来たのだ。
戦場で、彼らが馬車を用いているところを見たことがなかった。
火山活動が盛んな土地に住んでいるために大型の家畜を飼っている余裕がなく、馬車を牽引できる動物を確保できないためだろう。
その代わり、彼らは船を用いている。
それを使って一万の兵力を輸送し、食料などの物資を運搬して養っていた。
これから攻め落とさなければならない敵陣は、そういった船舶の物流拠点という用途で築かれたものであるらしい。
説明を続けるミシェルは、地面に一直線で描いた海岸線に柵をあらわす半円形を引くと、小石でそこになにがあるのかを配置していく。
海には多数の船。
半円形の北と東と南には、それぞれ門。
そして中央に比較的大きな石がぽんと置かれる。
「火の民の陣は、船着き場となっている海岸を背中にした半円形で、三方に門が築かれております。
木製で厚みがない扉を使っているため、守りはさほど固くはありません。
ですが、陣地の中央には、どういう訳か巨大な炉がございました」
「炉?
金属を製錬するための? 」
「はい、姫様。
海岸保としての機能だけでなく、鉄製品の鋳造も行っていたようでございます。
このため、陣地の周囲にあった森は広汎に渡って伐採されております」
「うむぅ……。
すると、軍勢で密やかに接近するのは難しいですな。
夜の内に動きませんと、すぐに発見されてしまいます」
森が無い、ということは、視界を遮るものがなにも無い、ということだ。
これでは昼間に敵陣を奇襲しようと思っても早期に勘づかれ、警戒されてしまう。
夜間が勝負だった。
ニコラスはそれを危惧している様子だったが、エリアスは別のことが気になっていた。
(火の民が、ここで金属の鋳造を? )
村人たちが言っていた。
奴らは、食料は求めなかったが、村の金属製品を根こそぎ持ち去って行った、と。
武器を作るのに使ったのだろうとは思う。
しかし、戦場ではあまり鉄製の武器は見かけなかった。
では、集められた鉄は、どこへ?
考えているのは用途の分からない金属の行方だ。
なんとなくだが、予感がしている。
この謎の答えこそ、火の民が用いる[火の魔法]を解き明かすヒントとなるのではないだろうか、と。
(……攻め落とせば、分かるかもしれない)
今ははっきりとはしないが、敵陣を制圧できれば、いろいろと痕跡が残されているだろう。
そう思ったエリアスは、ひとまず敵をどう攻め落とすかに集中することにした。
「敵は、どんな配置になっているのだろうか? 」
「主に五つに別れているようでございます」
たずねると、ミシェルは小石を五つ拾い集めて配置していく。
「二百程度に別れ、北、東、南の各門に一手ずつ。
そして、海岸に一手。
中央にも一手があり、おそらくは攻撃された箇所に駆けつける予備兵力となっているのではないかと」
拠点全体をまんべんなく守る、ありきたりな配置だ。
真正面から突撃して行っても、おそらくは打ち破れるだろう。
敵は一千しかおらず、しかも分散していて、陣地の防御力もたかが知れている。
それに対して、こちらは四千。
臨時編成の寄せ集めとはいえ、圧倒している。
そうは言っても、馬鹿正直に力攻めして兵力を余計に損なうというのは、エリアスにとってはできれば避けたい命令であった。
未だに火の民の追撃は行われており状況に余裕もないから、多少の損害には目をつぶって短時間で陥落させようというのは理屈としてはまったくその通りなのだが、性根の優しいリンセ伯爵には自身の命令で大勢を犠牲にするのは躊躇われる。
それに、もしかするとこの簡易的な陣地を、今度は自分たちの身を守るために利用しなければならない状況になる可能性だってあり得た。
そうなった場合に力攻めで滅茶苦茶にしてしまった後では、使いにくい。
なるべく無傷で、手に入れたい。
「ここは、力攻めにいたしましょう! 」
元気よくそう提案して来たのは、リアーヌだ。
「あまり時間をかけていては、背後からの追手に追いつかれてしまいます。
粗末な門や柵くらい、打ち破って差し上げますわ! 」
「いやいや、伯爵夫人。
ここはもっと策を用いるべきと存じます」
それに、ニコラスが異論を唱える。
「力攻めにしては損害もそれなりに出るでしょうし、なにより、できれば敵陣は無傷で確保したいところです。
粗末ではありますが、無と有とでは、無限の開きがある。
最悪、ここで追手を防ぐ、という展開もあり得ますからな」
「そうはおっしゃいますが、筆頭騎士長殿。
どのような策を用いるおつもりですの? 」
「さようですな。
敵には我らの攻撃を撃退したと安心してもらってから、一気にその意表を突きたいと考えております」
リアーヌの問いかけにうなずいたニコラスは、自身の考えた作戦を説明していく。
それを聞いたエリアスは、元々の自分の方針に近かったこともあり、その案を採用することに決めていた。




