・7-7 第75話:「襲撃:2」
・7-7 第75話:「襲撃:2」
ミシェル達に敵陣の様子を探ってもらっている間に、エリアスは自らが指揮することとなった合計四千の兵力を整理した。
リンセ伯爵家の手勢一千六百はそのまま使い物になるし、リオン王子から差し向けられた一千ほども問題なく活用できる。
なぜなら、これらは中隊の組織がしっかりと残っており、部隊長を頂点とした統率が生きているからだ。
エリアスの指示を迅速に将兵に伝達し、具体的な戦闘行動を実施する能力がある。
しかし、志願して加わった一千四百は、率直に言ってしまうと烏合の衆だった。
彼らは本当の敗残兵だった。
迫り来る敵を前に持ちこたえることができず壊走し、コレドールの戦場を逃げ惑っていたような連中だ。
もし、リオン王子とエリアスたちが騎士を率いて縦横に駆け、西に退路があると教え、突破口を開いてやらなかったら、あのまま倒されていたことだろう。
当然だが中隊のような軍事的な組織は崩壊しており、明確な指揮系統は存在しない。
あるのはせいぜい、知り合いだから、という程度の集まりでしかなく、部隊としての戦闘能力はまったく見込みが立たなかった。
とはいうものの、自ら志願したくらいだから、やる気はある。
それに、いくらか体力も残していたし、武器も捨てずに持っている。
もしも有効に活用できれば、立派に戦ってくれるだろう。
この、頼りになる二千六百と、使い方によっては戦力になる一千四百をどう運用するか。
リンセ伯爵の[器量]が試されるところだ。
残念ながら、一から指揮系統を再建している時間はなかった。
部隊を任せるのに適当な人材が誰で、どれほどいるのかも分からなかったし、歩兵と弓兵の割合さえはっきりとはしていないからだ。
悩んだエリアスが頼りにしたのは、筆頭騎士長のニコラスだった。
彼は元々傭兵隊長で、その経験を買われて伯爵家に迎え入れられている。
その蓄えた知識を活用するべき場面だと思った。
「そうですな……。
臨時のことですし、あまり細かく、正規の部隊の様に編成を整える必要はないかと存じます」
「とおっしゃると? 」
「閣下は、中隊のようなものを組織しなければ戦えないとお考えなのでしょう?
失礼ながら、この状況ではそれは難しいと言わなければなりません。
もっと、単純にいたしませぬと。
私に言わせれば、戦場において、兵士に対して発することができる命令は、突き詰めてしまえば三つしかございません。
進め、守れ、退け。
これだけです。
より細やかな命令は、戦場の喧騒の中ではうまく伝わりませぬし、将兵の理解が追いつかずにもたついてしまい、なかなか実現できませぬ。
日ごろからそういった訓練をくり返して来た精兵ならば、話しは別でございますが。
彼らは一度部隊を失って完全に指揮系統を失っておりますから、なおさらこの単純な命令しか伝わらないでしょう。
ですので、正式な中隊に再編しようなどとは思わず、ひとまずは進め、守れ、退け、の三つを、閣下から伝達できる態勢を整えておけば十分ですし、それが現状の精一杯であるかと存じます」
「なるほど」
エリアスは納得してうなずいていた。
確かに、実戦の場において指揮官が発することのできる命令は、大きく分けると進め、守れ、退け、の三つに集約される。
敵を攻撃し、さらに追撃を加えるのなら、進め。
現在地を維持したいのならば、守れ。
これ以上の損害を避け態勢を立て直したいのなら、退け。
戦闘の激しい喧騒、極限状態の中では、その程度の命令しか伝わらない。
これが長年所属した部隊で、指揮官も隣にいる戦友もみな知った間柄で、訓練で共に行動するのに慣れているといった状態であれば、もっと細かい指示でも通る。
だが一度そういった繋がり、指揮系統を失った烏合の衆に対しては、無理だ。
複雑なことを言っても「なんだって? 」と戸惑われ、混乱し、そうしている間に負けてしまう。
「それで、ニコラス殿。
一千四百を率いその三つの命令を発するのには、どのような人物が適任でしょうか? 」
「そうですなぁ……。
強そうな者がよろしいでしょう」
「強そうな者? 」
「そうです。
一目見て、とりあえずコイツの言うことに耳を澄ませて、注目していえばいいんだって分かる、目立つ人間が。
声が大きくて腕っぷしが強い、いかにも豪傑といった人物だとなおさらよろしいですな。
分かり易いので」
「身体も声も大きくて、目立つ豪傑か……」
少し悩んで、———すぐに適任が部下にいたことを思い出す。
「は?
それがしが、志願兵たちの指揮を? 」
そうして呼び出されたリンセ伯爵家所属の騎士長、ディエゴ・ハバリーは、ダークブロンドのモヒカンにダックテイルに整えた髭面といういかにも腕っぷし自慢という顔立ちに似つかわしくない、戸惑った表情を浮かべていた。
彼はエリアスの臣下の中でも剛勇さで知られている。
1アルティトゥードーと2ヴェスティージャと6デシマエ(約180センチ)という長身、肩幅が広く筋骨たくましい恵まれた体躯から発揮される怪力を持ち、戦場においても自ら先陣を切って戦うような、言い方は悪いかもしれないが猪突猛進型の人物だ。
ニコラスが言っていた通りの[適任]だろう。
体格が良く、いかにも強そうで、声も大きい。
「誰に志願兵を任せるべきか、ニコラス殿にも相談したのだけれど。
この場においては、一目見て誰の指示に従えばいいのかはっきりと分かり、一声で全員を従わせられるような立派な人物がいいだろうという話なんだ。
それなら、ディエゴ殿が適任だろうと思ってね」
エリアスが訳を説明すると、ディエゴは憮然とした表情でニコラスを睨みつける。
実を言うと、この二人はあまり相性が良くなかった。
元傭兵隊長で剛勇というよりはあれこれ頭で計算するタイプのニコラスと、全身に漲る力任せに物事を解決するタイプのディエゴ。
性格がずいぶんと違っている。
時に筆頭騎士長の命に背くこともあるらしく、手を焼いている、という話だ。
「もちろん、脇役、というわけではないよ。
なにしろ、一千四百もの兵力だ。
有効に活用する作戦を考えるつもりだ。
ディエゴ殿の兵を取り上げるようなこともしないから、何とか、やってもらえないだろうか」
ニコラスに体よく厄介払いされたのではないかと疑っている様子のディエゴに重ねて頼み込むと、彼は不満そうに顔をしかめ長く息を吐き出した後、それでも「かしこまりました! 」と言って、請け負ってくれた。




