・7-4 第72話:「ひと時の休息」
・7-4 第72話:「ひと時の休息」
もし村人たちがこちらの要求に応じてくれなかったら———。
そんな不安を抱きながら交渉に臨んだエリアスだったが、交渉はあっけなく終わってしまった。
「そうまでおっしゃって下さるんでしたら、村のもんとしても断れねぇです。
大したものはお出しできませんし、狭いところですが、どうぞ、休んで行ってくだせぇませ」
リンセ伯爵家の生き残った騎士から集めた百着以上の馬鎧を対価として、敗走して来るソラーナ王国軍に休息と食事を与えてやって欲しい。
その願いはすぐさま受け入れられていた。
「あの、村長殿。
こう申してはなんですが、本当によろしいのでしょうか? 」
「よろしいもなにも、こっちとしてはありがてぇお話でさぁ。
なにせ、火の民の奴ら、ワシらから鉄を根こそぎ持って行っちまったんです」
「鉄を?
火の民が? 」
「へぇ、そうでございます。
ちょうど、騎士の皆様方がコレドールで対陣を始めたすぐ後のことでごぜぇます。
火の民の連中が村さやって来て、食料は要らないから、金属をよこせって言って来たんでさぁ。
ワシら、略奪されちゃたまらねぇって、大人しく応じたんですが、おかげで農具まで持っていかれちまって。
これだけ馬鎧をいただけるんでしたらひと財産になりますし、潰して、農具もこさえられます。
いやぁ、おかげさまで、何とか春の収穫と種蒔きができそうです」
村は無傷であったが、それは、火の民の「鉄をよこせ」という要求に大人しく従ったからであるらしい。
その意外な事実に、エリアスは隣席してもらっていたリアーヌと思わず顔を見合わせてしまっていた。
戦争中に、軍隊が食料を買い集めたり、時には略奪して獲得したりするのは、よくあることだった。
毎日必要となる消耗品だし、それを得られなければ生きて行くことができない。
だからどんな軍でもそれを確保することに腐心するし、今のエリアス達がまさにそうだった。
通常は対価を支払うが、場合によっては略奪さえする。
相応に重量があり長い距離を運搬するのは大変な品だから、現地調達が手っ取り早いのだ。
鉄だって貴重な資源で、戦争ともなれば多く必要とされる。
だから村から徴発するというのはあり得ない話ではなかったが、より供給がひっ迫しやすい食料を差し置いて金属を要求するというのは、少々違和感のあることだ。
火の民は、いったいなにを考えてそんなことをしているのか。
大役を果たせてほっとしつつもそのことが気になったリンセ伯爵は、後方からリオン王子が追いついて来るのを待って、彼にそのことを告げた。
「火の民が、鉄を……。
どういうことなのか、私にもさっぱりわかりません」
村長の家で休ませてもらい、村人たちが古びた土器を使って用意してくれた、潰した燕麦をたっぷりの水と雑多な野菜や潰した家畜の肉などと一緒に煮込んだ粥をごちそうになっていた王子は、話を聞き終えると怪訝そうに首をかしげていた。
「それも、コレドールの対陣が始まって間もなくのころとなると、随分前から敵はこの地に勢力を及ぼしていたということですか。
しかしそうなると、なぜ、三か月以上も山を越えずにいたのかも気になります」
「鉄を集めて、武器を製作していたということでしょうか? 」
大きな土鍋を温め続けている焚火の炎にあたりながら、エリアスはリオン王子に身を寄せて話す。
別にこそこそと内緒話をしたいわけではない。
村長の家の中にできるだけ大勢の将兵を収容しているため、単純に場所が無いのだ。
いつ戦闘があるのか分からないから鎧を脱ぐこともできないし、予備の衣装もないから濡れた服を着替えることもできない。
そして場所が狭いから、せいぜい、土間や床板の上に座ることしかできない。
村人たちの手配で全員に木の深皿に一杯ずつ配られた食事を平らげてしまった彼らは、腰を下ろした姿勢で泥のように眠っている。
とはいえ、これでもずいぶんとマシな方だ。
村の建物に入りきれなかった将兵は同じような食事を配られてはいたが、せいぜい木々の下で雨をやり過ごすことしかできない。
過酷な状況だった。
リンセ伯爵は王子や周囲の迷惑にならないように声を抑えながら、とりあえず思いついた仮説を披露する。
「火の民のほとんどは、木を削り出しただけの長槍を主兵装としていました。
だから、鉄製の武器、あるいは防具を作成していたのではないでしょうか」
「それはあり得ると思いますが、そうだとすると、コレドールの地で見た敵が、その長槍ばかりを持っていたのが気になります。
武器を作ったのなら、装備しなければならないはず。
敗残兵の中には山中を迂回してきた敵軍、ここで鉄を集めていたはずの相手と戦った者もいるのですが、その敵もやはり長槍を主に装備していたという話しか聞いていません」
火の民が集めたという鉄は、いったい、どこに消えたのか。
[火の魔法]というおそろしい技を使う彼らの情報を少しでも多く集め、分析しておきたいところだったが、見当もつかなかった。
「リオン殿下、エリアス。
先の様子を探らせていたミシェルが戻って参りました」
二人そろって困惑していると、いったん外に出ていたリアーヌが休んでいる者達を踏みつけないように注意しながらやって来て、そう報告をする。
彼女の背後には、自身も疲弊しているだろうに献身的に前方の偵察をして来てくれたミシェルが、影のように控えていた。
「伯爵夫人、詳細をうかがいたい」
「かしこまりました。
……ミシェル、お願いいたします」
「はい。
では、ご説明申し上げます」
ミシェルはうなずくと、器用に獅子令嬢と場所を入れ替え、「口頭で失礼いたします」と地図が用意できなかったことを謝罪してから話し始める。
「この先、十ベスミッレ程は山道が続いておりますが、それを抜ければ海岸へ到達いたします。
そして海岸にたどり着けば、南北に街道が伸びておりますから、ハルディン・デル・トレイ城にも、イスラ・エン・エル・リオ城に向かえます。
幸い、海岸に至るまでの道筋に火の民はおりませんでした」
「それはありがたい。
しかし、海岸に至るまでの、ということは、海岸部にはやはり敵の姿がある、ということですか? 」
「左様でございます、殿下。
海岸近くには、あまり数は多くはありませんが、火の民が拠点を構えております」
「あまり多くないとは、どの程度でしょうか? 」
「細部までは確認できておりませんが、およそ、一千程度かと。
火の民の迂回軍が駐屯していたと思われる陣が築かれているのですが、その規模に比べて人数はずっと少ないように見受けられます」
その報告を聞いたエリアスは、緊張で身を固くする。
一千とはいえ、敵がいる。
それも、山道の出口を塞ぐような場所に。
つまりは、彼らを打ち破らない限りは、故郷へと帰ることはできない、ということだった。




