・6-17 第68話:「脱出」
・6-17 第68話:「脱出」
およそ五百の騎兵集団。
リオン王子につき従った彼らは、戦場を縦横に駆け巡った。
敵に包囲されている味方を見つけては救出し、「西へ向かえ! 」と命じて駆け去っていく。
その行為によって犠牲も生じたが、それを遥かに上回る将兵が脱出に成功することとなった。
だが、段々と包囲網は狭まりつつあった。
コレドールの地で生き残っているソラーナ王国軍の数が減少し、その分、火の民の矛先がこちらへ集中するようになってきているからだ。
少し前まで火の民の迂回軍と死闘を繰り広げていたはずのフェルナンド三世の親衛軍の姿も、すでにない。
押しよせて来た火の民に四方から攻撃されて混乱し、押しつぶされてしまったのか。
あるいは、この戦場から離脱したのか。
「脱出したと信じておくことにする! 」
親衛軍がいなくなっていると報告を受けたリオン王子は、即座にそう言っていた。
「父上の下には、先にシモン伯爵が手勢を率いて向かわれた!
ここは、うまく合流に成功し、父上ともども落ちのびたと考えておく!
それより、今度は、我々の番であろう! 」
王の軍もいなくなった以上、火の民は生き残ったエリアスたちを殲滅するべくその総力を振り向けて来るのに違いなかった。
いくら騎馬の俊足があるとはいえ、周囲を隙間なく取り囲まれ、長槍を無数に突きつけられてはなす術がない。
速度が失った騎兵というのは、的の大きな鈍重な標的でしかなくなってしまうからだ。
それに、肝心の脱出路を塞がれてしまう恐れもあった。
西側ではリンセ伯爵家と王子の歩兵隊が協力して防衛を行い、そこまでたどり着いた友軍に退路を提供し続けていたが、火の民が殺到して来たら支えきれないかもしれない。
人も馬も疲れ果てていた。
無我夢中で戦い続けていたから正確な時刻は分からなかったが、何時間もまともに飲食せず、休息さえ得られずに戦い続けているのだ。
どんなにタフな生物であろうと消耗し、体力も気力も衰えてくるころだ。
対して、敵はまだまだ元気だった。
数が多いから戦闘の負担が分散しそれだけ余力が残っているということと、戦闘に勝利したという自覚が疲労を忘れさせているのだろう。
「我々も戦場を離脱する!
敵の手薄なところを狙い、西へ向かう!
全軍、私に続け! 」
リオン王子はもはや救うべき友軍がどこにもいないことを確かめるとそう新たな命令を発し、部隊の進行方向を変えた。
エリアスもリアーヌも、今度は西へ向かって突き進む軍に必死について行く。
ここで落伍したら、確実に火の民によって討ち取られてしまう。
実際に十人以上の騎士がそうやって命を落としていた。
馬の操作を誤って障害物に躓いたり、馬自身が疲労によって倒れたりした結果、後方から追跡してきていた敵によって群がられ、断末魔の悲鳴と共にその中に消えて行ったのだ。
いくら個人の武芸が優れていようとも、数百人の敵に取り囲まれては切り抜けることはできない。
生き残るには、馬の脚だけが頼りだった。
(頼んだよ、ヴェンダヴァル! )
エリアスは心の中で懸命に走り続けてくれている相棒の名を呼んでいた。
彼は暴れ馬だったが、どういうわけか主人の指示にはよく従ってくれる。
幼い頃に病気で母馬を無くしたところを懸命に世話して、どうにか生き延びさせたという経緯があるからなのかは分からない。
戦場で、ヴェンダヴァルは生き生きとしていた。
まるで自分の持て余している力を発揮する場をついに見つけた、という風に。
彼は重い馬鎧を身に着けた上にエリアスを乗せたまま駆け回り、時には敵に噛みつき、後ろ足で蹴り上げた。
一緒になって戦っているようなつもりになっているのだろう。
その足取りはまだまだしっかりとしている。
出陣の前にたっぷりと食事を摂らせたおかげもあるのだろうが、それだけよく走る馬なのだ。
リアーヌを乗せているネージュは、少し疲労が心配だった。
彼女も立派な軍馬で、諸侯の間で評判になるほどであったが、ヴェンダヴァルよりもやや体格で劣るだけでなく、今回が初めての実戦であることが影響しているのだろう。
特に、この戦場は馬たちにとっても過酷だったはずだ。
火の民が用いた火の魔法によって驚かされることが何度かあったし、通常であれば絶対に行わないような無茶な走らせ方をしてしまっている。
「ネージュ、もう少しですわよ!
お願いですから、頑張って! 」
段々と近づいて来るリンセ伯爵家の軍勢の姿を凝視しながら、リアーヌが自身を乗せている相棒を励ましている。
そしてそれに応えるように、ネージュは懸命に走り続けてくれていた。
友軍は目前まで近づいている。
あと、少し!
その時、エリアスたちの前に火の民の兵士たちがわらわらと集まって来る。
ソラーナ王国軍において、騎乗しているのは騎士か諸侯がほとんどで、多くが身分のある者たちだ。
そんな絶好の[手柄]をこのまま逃がしてなるものかと、功名心を持った敵兵が食い下がって来たのだろう。
「蹴散らせっ!!! 」
リオン王子は即決した。
あらわれた敵の隊列が薄く、迂回するよりもその方が早いと判断したからだ。
友軍と合流すれば、ひとまずは生き残れる———。
騎士たちは最後の力を振り絞って突進し、あらわれた少数の敵を一撃で粉砕すると、歩兵たちの歓呼の声に迎えられながらその隊列の中へと駆け込んだ。
「閣下!
それに、奥様も!
よくぞご無事で! 」
「ニコラス殿こそ!
それより、我々も直ちに撤退に移る!
すぐに準備してくれ! 」
「すでに整っております! 」
二人の姿を見つけて駆けよって来た筆頭騎士長に命じると、待ちかねていたような笑みが返って来る。
いつでも退却できるように手筈を整え、今か今かと待っていたのだろう。
そうしてようやく、リオン王子の軍勢と共にリンセ伯爵家の手勢も戦場からの脱出を開始した。




