・6-14 第65話:「救援:2」
・6-14 第65話:「救援:2」
エリアスの命令により、リンセ伯爵家に仕えているすべての騎士がかき集められていた。
その数は、二百。
しかしこれまでの戦闘によって負傷したり馬を失ったりしてしまっている者もいるため、実数は百八十騎を下回っている。
これに四十騎ほどの旗持の騎乗兵がつき従っているから、総数では二百二十騎余りとなる。
戦況は圧倒的な劣勢ではあったが、これだけの騎士が集まるのは壮観な光景であった。
それぞれが馬鎧を身につけた自慢の軍馬にまたがり、全身を錆止めの錫でコーティングされた白銀に輝く鎧に身を包んだ戦士たち。
林立する軍旗がたなびく様子は実に勇ましいもので、その姿を目にした歩兵たちから歓声があがったほどだった。
これまでの戦闘の結果、彼らは少なからず汚れていた。
自らの、あるいは敵の血で赤く彩られ、戦塵によって煤けている。
だがそれすらも、騎士たちが内包する破壊力を強調する装飾となっていた。
ひとたび、この力が解き放たれれば。
歩兵の戦列はひとたまりもなく崩壊し、戦闘の勝敗が決することになるのだ。
ソラーナ王国軍にとってはやはり、騎士は象徴的で、眩しい存在であった。
この素晴らしき精悍さだけでなく、その威力はこれまで幾度も戦場で示されて来たからだ。
過去にそういった様子を目の当たりにした者も、これが初めての者も。
みな圧倒され、そして、一時だけ現在の状況を忘れ、勝利の希望を取り戻していた。
(火の民が使う、[火の魔法]。
その謎を解き明かさなければ、勝ちはない……)
エリアスも集められた騎士の姿を頼もしく感じていたが、同時に、ベルトラン伯爵の言葉を思い出さずにはいられなかった。
伯爵の下には、これよりもさらに多くの騎士がいたのだ。
それが、あの恐ろしい雷鳴と、白い霧が戦場に広がった瞬間、壊滅させられてしまった。
ソラーナ王国の、いや、シアリーズ大陸の常識では測れない敵と戦っている。
そのことを思うと背筋が寒くなる心地がして、身震いしてしまう。
———とはいえ。
今は、味方を救うことがなによりも先決であった。
「リオン王子をお救いする!
突撃! 」
栗毛の愛馬、ヴェンダヴァルの頭上で小指伯爵が雄叫びをあげ、天高く掲げた手を振り下ろすと、側でリンセ伯爵の所在を示す軍旗をかかげていた旗持の従騎士・アルフォンソが高らかに角笛を吹き鳴らす。
そしてその音色を合図として、騎士たちは喚声をあげ、防御を固めている歩兵の隊列と隊列の間に通路として設けられていた隙間から、敵中に向かって突撃を開始した。
目指すのは、戦場を横断して来るリオン王子の軍勢。
彼らが退路を切り開くのを援護し、無事に西側に到着させるのが目的だ。
王子の手勢は一塊の密集隊形を取っていた。
装甲が厚く突進力のある騎士の集団を前面に集め楔として敵の集団に打ち込んで切り開き、後方から弓兵を中心として周囲を歩兵で固めた集団が続く。
エリアスたちは後ろに下がればよかったから、兵を二手に分け、相互に支援し合いながら後退する、ということができていた。
しかし、リオン王子の軍勢は、コレドールの戦場を東から西へと突破しなければならない。
だからまるで敵陣を突き破るような、攻撃のための陣形をとっているのだろう。
幸いなことに被害はあまり大きくは受けていない様子だった。
遠目からでは詳細は分からないが、掲げられている軍旗の数でおおよその見当がつく。
とはいえ、戦場を横断するという強攻策を実施しなければならなかったためか、二割程度の損害は受けている様子だった。
彼らを出迎えるために出撃したエリアスは、自分たちも戦力を密集させていた。
横に広がれば敵との接触面積が増えてより騎士の破壊力を発揮させやすいのだが、その分衝撃力が分散してしまい、奥深くまで敵陣を突き抜けようと思っても途中で脚が止まってしまう。
だから層を分厚くし、騎士の突撃力を一点に集中する。
迎えうつ火の民は、果敢だった。
この戦闘に勝利したという自覚を有している彼らの戦意は高く、逃げ惑うソラーナ王国軍の将兵を追い回す内にそれはさらに高揚しており、たとえ目の前に馬蹄の音を轟かせながら騎士の集団が押しよせて来たとしても、ひるまない。
手にした長槍をかまえて挑みかかって来る。
火の民の長槍はリーチが長く、騎士が有する騎槍を上回っている。
だから基本的にアウトレンジされてしまう形になり、そのために何名もの騎士が落馬し、失われることとなってしまった。
しかし、彼らは戦闘の専門家たちだった。
馬を自在に操りながら馬上で戦う術を身に着けている。
騎士たちはうまく身体をひねって火の民の攻撃をかわしてから接近し間合いに入り、反撃に槍を突き入れたり剣を振り下ろしたりし、受けた損害以上の数の敵を討ち取って行った。
時には、エリアスやリアーヌ自身が戦わなければならないこともあった。
なぜなら、二人とも集団の先頭付近を進んでいるからだ。
伯爵とその夫人なのだから、味方の内側で守られていることだって許されただろう。
そうではあるのだが、———今は、先頭に立って進まなければならなかった。
すでに敗北が確定した戦いの中で味方の戦意を奮い起こし、敵中に突入していく勇気を持たせるためには、そうすることがもっとも効果がある。
主君が自ら率先していく限り、忠誠を尽くすという誓いを立てている騎士たちはなにがあってもついて行く以外にはないのだ。
エリアスは騎槍を振るい、それが折れれば剣を振るってヴェンダヴァルを駆けさせ続けた。
リアーヌは少々凝った武芸を身につけていた。
彼女は自身の盾の裏に投げナイフをいくつも仕込んでおり、それを敵に向かって投擲し討ち取るという技術を持っている。
おそらく、膂力ではどうしても男性に劣り易いという女性としての欠点を補うために磨いた技なのだろう。
ソラーナ王国の騎士は馬上から飛び道具を用いることをあまりしないのだが、リアーヌのこの戦法は実際、かなり役に立った。
たとえば、エリアスの騎槍が折れて、剣に持ち帰るまでの間に生じたわずかな隙に火の民がつけ入ろうとしたのだが、ヒュン、と飛んでいった投げナイフがその敵を仕留め、リンセ伯爵は無事で済んだ、ということもあった。
そうして突進を続けること、およそ八百アルティトゥードー(およそ八百メートル)。
ついにエリアスたちはリオン王子の軍勢と合流することに成功していた。




