・6-5 第56話:「火の魔法:2」
・6-5 第56話:「火の魔法:2」
火の民の陣中が突然、白い霧に包み込まれ、ソラーナ王国軍の軍旗が忽然と消失する、その直前。
敵陣への突入を果たし、態勢の崩れた敵兵を蹴散らしていたベルトラン伯爵は、新たな敵軍と遭遇していた。
———これまでに見たことの無い部隊だ。
全員が胸甲と兜だけを身に着けるというそろった軍装を整えていて、手には、細長い筒状に加工した金属を持っている。
火の民の軍というのは、これまで統一された装束というのを持ってはいなかった。
彼らは単一の存在ではなく、多くの部族が寄り集まってできている。
その部族ごとにソラーナ王国軍でいう中隊が編成され、それらが集まって軍を形成しているのだが、武装も衣装も部族ごとでバラバラであり、同じ部隊の中でも差異がある。
これは、彼らが装備としているのが主にシアリーズ大陸からの略奪で得た品々で、参加している兵士のそれぞれが過去に奪ったか、先祖から受け継いだものを身に着けていたからだ。
こういった状態であったのは、根本的に、火の民の生産力が不足しているためだった。
外部から略奪をしなければ食っていけないほど貧しいのでは、多くの部族間で統一された軍装など整えようがない。
食料の確保と略奪のために人手を取られてしまい、専門の職人を用意して武具を鍛える、ということがどうしてもできなかったのだ。
それなのに、今、ベルトランの目の前にあらわれた敵軍は、誰もが同じ格好をし、同様の武装を持っている。
異質な、前例のない存在だと言えた。
火の民を束ねている何者か、ソラーナ王国でいえば国王に相当する人物の、親衛隊、とでもいったところだろうか。
「ええい、小癪な!
蹴散らしてくれようぞっ!!! 」
しかし、ベルトランは少しも脅威だとは感じず、配下の騎士を呼び集め、突撃のために横隊を形成させていた。
火の民にしては珍しく軍装が統一されている、おそらくは精鋭に違いない敵。
それを警戒しなかったのは、彼らが持っている武器が、まったく強そうには見えなかったからだ。
ベルトランの目からは、それは、短めの槍に見えていた。
細長い金属の筒で、火の民はその根元を持ち、穴の開いている方をこちらへと向けている。
彼らが用いている長槍と同様に穂先がない。
ただ、穴の開いた、細長いマカロニのような金属の筒だ。
長槍を使い、密集隊形を取って槍衾を形成する敵の戦法については、すでに十分にその威力を認識していた。
騎士という強力な機動打撃兵力と、性能で優越する弓・弩が豊富にあるおかげで打ち破ることができたが、歩兵同士の戦いでは劣勢に立たされていたし、リーチの長い長槍は騎士でも正面から挑むのは無謀だ。
だから、目の前に現れたのがこれまでと同様、長槍を持った兵士たちであったのなら、ベルトランも正面から突撃しようなどとは考えなかっただろう。
だが彼の目からは短い槍にしか見えないそれは、騎槍をもってすればリーチの外から貫くことのできる、脆弱な敵兵にしか見えなかった。
「突撃ッ!!! 」
騎士の横隊が形成されるのを確かめると、伯爵は勇ましい声でそう叫び、大斧を振りあげ、野太い獰猛な獣のような雄叫びをあげて吶喊した。
火の民にとっての精鋭と思われる部隊を撃破することができれば、いよいよ、この決戦の勝利を決定づけることができると考えていたからだ。
その思いは、彼に続いて突進していく騎士たちも同様だっただろう。
多くの歩兵たちの犠牲でようやく切り開いた突破口から敵陣に切り込み、馬蹄で敵兵を踏みにじって、もう少しで勝てる、という手ごたえを得ていたところなのだ。
恐れるものなど、なにもない。
騎士はその甲冑で太陽光を反射し、勇ましいきらめきをまといながら騎槍の穂先をそろえ、軍旗を勇壮にかかげながら怒涛のように殺到した。
エリアスたちが目撃した霧が彼らを包み込み、無数の雷鳴のように思える破裂音が響いたのは、その時のことだ。
火の民の部隊がこちらに向けた金属の筒に一瞬明るい閃光が瞬いたかと思った瞬間、視界が真っ白になり、そして、———騎士たちは阿鼻叫喚の地獄にいた。
いったい、なにをされたのか。
誰にも分からない。
ただ、事実として、彼らの突撃は粉砕されていた。
嗅いだことの無い異臭を伴う白い霧の中で、多くの馬が、騎士が、倒れ伏している。
突進の勢いのまま地面に投げ出された彼らの多くはすでに絶命し、二度と動き出すことはない。
死に損なった馬たちが悲痛な嘶きと共に、朦朧とした意識の中で必死に脚を動かし続けていた。
生き残った者たちも、事態を把握できずに呆然自失とするしかなかった。
まだ敵の武器の間合いに入ってもいないのに、周囲にいた味方の多くが討ち取られ、———自分自身も、負傷している。
己が負傷していると自覚した者は、次に、真っ赤に焼けた金属を体内に突きこまれたような激痛を覚えていた。
強固なはずの板金鎧も、その下に身に着けていた鎖帷子も、打撃の衝撃を吸収するための厚い綿入れも、そのすべてが貫かれて風穴が空き、暖かな体液が流れ出している。
戸惑いつつも、ひとつ、はっきりとしているのは、この事態を引き起こしたのは、目の前に立ち込める白い霧の向こうに隠れて姿が見えない、火の民だ、ということだ。
「これが……、火の民の、魔法かッ!!! 」
命こそ失わなかったものの、自身も左肩に傷を受けて落馬してしまったベルトランは、地面の上にうずくまって歯を食いしばり、痛みをこらえながら、そう呟いていた。
一瞬だけ見えた、金属の筒の先端で閃いた光。
火炎。
原理は分からないが、それが、多くの騎士を一瞬で屠り、そして、伯爵にも深手を負わせた。
古から伝わる、火の民が用いる[魔法]。
シアリーズ大陸の人々にとってはそう形容するしかない力によって、無敵を誇っていたはずの騎士の突撃が無効化されていた。
———段々と、霧が晴れて来る。
そこには、先ほど火の魔法を使った敵兵の姿は見えなかった。
代わりに、粗末な長槍をかまえた、歩兵の密集隊形がある。
視界が奪われていた間に入れ替わり、今、まさに前進を開始しようとしている。
何のために?
生き残ったソラーナ王国の騎士たちをその槍先で突き伏せ、息の根を止めるために違いない。
「ひ、退けぇっ!!!
全軍、撤退せよっ!!! 」
そのことを理解したベルトランは、とにかく、生き残った味方に態勢を立て直させるべく、撤退を指示していた。




