・6-4 第55話:「火の魔法:1」
・6-4 第55話:「火の魔法:1」
時刻は、セルビエンテ(昼前。午前十時前後)になろうとしていた。
早朝からの三度に渡る攻撃でようやく火の民の防衛線に穴をあけ、突破口をこじ開けたソラーナ王国軍は、これまで切り札として温存していた騎士を前面に押し出し、いよいよ勝敗を決しようと最大の攻勢に打って出る。
特に勢いがすさまじく、熾烈な戦闘がくり広げられたのはソラーナ王国軍の右翼。
ベルトラン伯爵に率いられた三千の軍勢が攻め込んだ場所だった。
「我に続けィッ!!!
弱き民草を守れるは、我らだけであるぞ!
汝ら、何のために名馬を買い、何のために剣を鍛えて来たのかを思い起こせっ!
今こそ、騎士としての力を、矜持を示す時であるぞっ!!! 」
興奮して顔を真っ赤にし、血走った目で敵を見すえながら諸刃の大斧を振りかざしたベルトランが馬上からそう叱咤激励し、自ら率先して敵陣に切り込んでいくのだから、つき従う将兵の士気は否応もなくみなぎり、まさに絶頂に達していた。
王国軍側からの絶え間ない射撃を浴び続けて多くの味方を失い、こらえきれずに後退していった火の民の集団に、小川を飛び越え、柵の倒れた部分から駆け込んで来た騎士たちが殺到する。
タイミングが良かった。
火の民が後退を開始した時にうまく合わせて突撃を実行できたため、相手がまだ態勢を立て直すことができておらず、そこを突くことができたのだ。
もし、六アルティトゥードー(約六メートル)にも及ぶ長大な長槍で槍衾を形成されては、さすがの騎士と言っても突破は難しかっただろう。
火の民の槍の長さは騎士が装備している騎槍よりも長く、このために、こちらの穂先が敵に届く前にくし刺しにされてしまうからだ。
しかし、相手が槍をこちらに向けることができていない、退却中に背後から襲えたのだから、なんの問題もない。
敵の軍勢は慌てて防衛態勢を取ろうとするが、俊足で、しかも馬蹄の重々しい轟音を響かせながら迫って来る騎馬の重量感に圧倒されて身がすくんだのか、まともな備えをできないまま蹴散らされていった。
その光景を目にしたソラーナ王国軍の歩兵たちも勇躍し、次々と柵を越えて行く。
彼らは早朝からの戦闘ですでに疲労を感じ始めていたが、頼みとしていた騎士たちが突撃を成功させたことで気力を奮い起こし、残っていた体力を振り絞って攻撃に参加したのだ。
戦況は、ソラーナ王国軍の優勢。
火の民の軍勢は間もなく総崩れとなり、勝敗が決するように思われた。
────────────────────────────────────────
王国軍の右翼でも左翼でも敵の防衛線を突破することに成功した。
前線から相次いでその朗報を受けたフェルナンド三世は、第二陣として用意していたリオン王子とリンセ伯爵家の軍勢五千を決定打として投入することを決めた。
急ぎ、前軍に加勢せよ。
「さぁ、やっと出番になりましたわ!
敵を蹴散らして、この戦いでも手柄を立てて見せましょう! 」
そう知らせを受け取った時、愛馬のネージュにまたがったリアーヌは嬉しそうにそう言うと、勇んで兜を被っていた。
「えっと……。リアーヌ?
本当に、キミも来るのかい? 」
「当り前ですわ! 」
その様子を見て困惑しながらエリアスが確認すると、元気な即答。
リンセ伯爵はさらに困ってしまって、眉を八の字にする。
獅子令嬢は、いざという時は実戦に加わるつもりでこの地にやって来た。
その覚悟について疑ったことなどなかったが、万一ということがある。
もしもここでエリアスもリアーヌも共に倒れてしまえば、いったい、伯爵領はどうなってしまうのか。
そしてそれは、戦況が優勢であろうと、前線に出る以上は十分に起こり得ることなのだ。
「できれば、その、せめて安全そうな野営地に残っていてくれないかな、なんて」
「あら?
あなたが参りますのに、私が待っていなければならない理由などありまして? 」
なんとか説得しようと試みるのだが、有無を言わせない視線でジロリ、と睨みつけられる。
「今さら、男だから、女だからなんて、おっしゃらないですわよね?
特に、———私たちの場合は」
それを言われると、弱い。
なぜなら、エリアスとリアーヌは実際、同性であるからだ。
いろいろと考えてみたが、獅子令嬢を引き返させることができるほどの理屈を見つけることができなかったリンセ伯爵は、深々と溜息をつく。
「わかった……。
けれど、なるべく僕から離れないで」
「もちろん、心得ております。
指揮のお邪魔は致しませんわ」
返って来るのは、にっこりとした力強い笑み。
相変わらずの剛毅さに苦笑しつつ、エリアスは自身も兜を被るとバイザーを下ろし、筆頭騎士長に向かって命じていた。
「国王陛下のご命令である!
我らは王国軍右翼、ベルトラン伯爵の援護に参る!
者ども、進めっ!!! 」
「各隊、前へッ!!! 」
主君の命令に応え、ニコラスがかかげた剣を振り下ろし、鋭く敵のいる南側に向かって突きつけると、リンセ伯爵家の軍勢の中で一斉に角笛が吹き鳴らされる。
———異変が起きたのは、そうして、前進を開始した矢先のことであった。
突如、戦場となっている火の民の陣地の方向から、無数の雷鳴が一度に轟いたような、鼓膜だけでなく臓腑を震わせるような破裂音が連続して響き渡り、その音に驚いて将兵は首をすくめて足を止め、馬がいなないて暴れ出す。
「うわっ!? 」「きゃっ!? 」
エリアスのヴェンダヴァルも、リアーヌのネージュも例外ではなかった。
この馬たちをなだめるために、自然と伯爵家の前進も一時停止してしまう。
数人の騎士が落馬してしまうほどだったが、ジルベール式兜のおかげで幸いにして重傷者までは出なかった。
「いったい、なにが……? 」
やっとの思いでヴェンダヴァルを鎮めたエリアスは、なにが起こったのかと視線を凝らす。
すると、不思議な光景が広がっていた。
火の民の陣地の中に突然、局所的な白い霧が広がっていたのだ。
それは、段々と晴れて行く。
そこには、敵の防衛線を突破し、敵陣へと踏み込んだソラーナ王国軍の軍旗が翻っていたはずであった。
だが、それらが消えている。
そこにいたはずの軍勢が、忽然と姿を消してしまったかのような。
前線で、何かが起こっている……。
漠然とそのことを察し、危機感を抱いたエリアスはあらためて旗下の将兵に向かって叫んでいた。
「全軍、進めっ!
ベルトラン伯爵の救援に向かうぞ! 」




