・6-3 第54話:「猛攻」
・6-3 第54話:「猛攻」
早朝、コネホから攻撃を開始したソラーナ王国軍は、一斉に火の民が築いた陣地へと襲い掛かった。
事前に、夜陰に紛れて五百アルティトゥードー(約五百メートル)まで接近しておいたのは、奇襲効果を狙ってのことだ。
ただでさえ守りの固い敵陣を抜くためには、相手が戦闘配置につく前に肉薄し、本格的な反撃が行われる前に柵を押し倒して踏み込んでおきたい。
そうやって敵陣に雪崩れ込むことができれば、将兵の質で上回り、騎士を多く抱えているソラーナ王国軍の側が有利となるはずだからだ。
攻勢の発起点から、王国軍の歩兵隊は隊列が乱れるのもかまわず、津野辺の音色が響き渡るのに合わせ、喚声をあげて走り出す。
そうして小川を乗り越え、柵を鉤縄で引き倒すか斧で打ち砕くかし、自身と騎士たちの突破口を開こうという目論見なのだ。
———だが、この奇襲攻撃は、あまりうまくは行かなかった。
攻撃を開始した当初から、火の民は盛んな抵抗を見せて来たからだ。
どうやら王国軍の動きは事前に察知されてしまっていたらしい。
エリアスやリアーヌ、リオン王子が疑っていたように軍中にいる裏切り者が知らせたのかもしれないし、あるいは敵陣に知恵者がいて、前日に糧食の準備のために普段より多くの炊煙があがっていたことから、読まれてしまったのかもしれない。
王国軍は、秘密を徹底するのが十分ではなかった。
近隣の住民たちが戦を見物しようと弁当を準備して野次馬に押しかけてきていることからも分かる通り、奇襲は知れ渡ってしまっている。
とにかく、第一撃はうまくいかなかった。
王国軍が小川に接近すると柵の向こうから矢の射撃が浴びせられ、敵陣の内部に集まって長槍の切っ先をそろえている大勢の敵兵の姿が確認できた。
このままでは、柵を突破するのに多大な犠牲を被ってしまう。
前線で指揮をとっていた中隊長たちはいったん弓の射程内から後退し、隊列を立て直して新たな攻撃を開始した。
日の出と共に行われた奇襲を第一次攻撃とするのなら、第二次に当たるこの攻撃は、打って変わってじりじりと敵陣に迫る方法が取られた。
まず前面に盾持ち槍兵が二列の密集横隊を作り、正面に盾をかまえ、敵の矢を受け止めながら前進する。
そしてそのすぐ後方に弓、弩を持った投射兵が続き、盾の隙間から敵を狙い撃って前進を支援する、というものだ。
こうして敵前まで接近し、小川を渡河すると、盾の隙間から剣兵が躍り出て来て、柵を打ち壊しにかかる。
装備を斧に持ち替えて柵に向かって振り下ろし、あるいは縄をかけて引き、突破口を開こうとする。
火の民が築いた防御柵は、意外と脆いものだった。
上質な材料ばかりを用意することができなかったのか木材の強度にはムラがあり、部材同士をくくりつけるための縄の強度に差があり、そこを狙えば簡単に破壊することができた。
さらには、柱を十分に土中に打ち込めていなかったためか、まとまった範囲で柵を引き倒すことにも成功する。
彼らがあまりこういった土木技術を持ち合わせていないのかもしれないし、———この後に起こることを考えると、あるいは、王国軍を陣中に誘い込むための罠であった可能性もある。
ソラーナ王国軍は開かれた突破口から勇んで敵陣に切り込んでいった。
しかし、これで防衛線を突破、とはならない。
柵が破壊された箇所には火の民が集まり何列にも縦深を確保した分厚い槍衾を構成して王国軍を防いだからだ。
彼らは自身の身長の数倍もある長槍を突き出し、あるいは上に振りあげてから勢いよく打ち下ろしてくる。
その威力は大きかった。
特に振り下ろしは強烈で、長いリーチで遠心力がかかった一撃は、その穂先がただ焼き固めただけの木材であっても王国側の兵士を昏倒させるほどのものだった。
リンセ伯爵家ではリアーヌが兜の構造上の欠点に気づいて改良を加えていたが、他の王国軍の将兵はそうではなかった。
従来の、頭蓋の形にぴったりとフィットする形の兜を用いていたから、頭部への打撃の威力がほとんど減衰されることなく脳に響いてしまうのだ。
盾や自身の得物で防ぐことができればよかったが、頭部に受けてしまうとどうしようもない。
王国軍の将兵は果敢に敵の懐に飛び込もうとしていたが次々と長槍で叩きつけられ、ついには撃退されてしまった。
こうして第二次攻撃も失敗に終わってしまったが、それで攻勢が断念されることはなかった。
領民たちを守る。
その目的のために、国王も、それに従う諸侯も、必ず敵を打ち破るという決意を持っていたからだ。
少なくない損害を受け、密集隊形から次々とくり出される長槍の攻撃に十分な対処法を持たない末端の兵士たちの戦意は低下する傾向にあったが、まだ敗走に転じるほどではない。
彼らには最強と信じて疑わない騎士の集団が投入されずに残っており、切り札と言える彼らが敵陣に突撃できるきっかけさえ作れれば、勝利を得られると信じているのだ。
そうして実施された第三次攻撃は、投射兵による入念な射撃から開始された。
これまでの交戦の結果、火の民が持っている弓などの武器の性能は高くはなく、数も少ないということが判明している。
さらに、こちらよりも射程で劣ってもいると分かっていた。
だから敵の射撃範囲外から一方的に矢を浴びせ、長槍の密集隊形を打ち崩してから突入しようという方針が取られたのだ。
弓、弩、というのは、シアリーズ大陸においては一般的に、様々な材料を用いて作られる。
植物材料や、動物由来の素材などをいくつも組み合わせ、矢を勢いよく発射できるように調整した、いわゆる複合弓であることがほとんどだった。
これに対し、火の民が用いているものは造りが荒い。
木を削り出しただけの素朴な弓や、動物の骨や筋を使って作られたものがほとんど。
中には略奪で得たらしいシアリーズ大陸由来の複合弓もあったが、数が圧倒的に少ないだけでなく、修理や整備ができていないのか状態も悪かった。
ソラーナ王国軍の射手は、優秀だった。
槍兵などはその都度集められる徴集兵が多かったが、専門の技術を必要とする弓兵はよく訓練された職業軍人たちだったし、弩は使用者の技量よりもその兵器そのものの性能や使い勝手に威力が依存する割合が大きいものだから、必ずしも専門家でなくとも戦力を発揮できる。
この準備射撃のために王国軍は後方の部隊からも矢をかき集め、次々と敵陣に放ち、雨のように浴びせた。
火の民は長槍を使いこなすために盾を装備していなかったからこの攻撃になす術がなく、次々と打ち倒されていく。
やがて、増え続ける損害にこらえきれなくなったのだろう。
柵にできた突破口を守っていた敵兵が後方に退いて行った。
———チャンスだ。
そう判断したベルトラン伯爵とシモン伯爵は、決戦兵力として温存していた騎士を率い、自ら敵陣へと突撃を開始した。




