・6-2 第53話:「コレドールの戦い:2」
・6-2 第53話:「コレドールの戦い:2」
決戦は、太陽暦(マニュス暦)千百九十八年の一月三十一日の早朝、コネホの時刻に開始された。
前日から戦闘準備を整え、糧食などをしっかりと用意したソラーナ王国軍は、夜間の内に敵陣まで五百アルティトゥードー(およそ五百メートル弱)まで進出し、日の出と共に一斉に合図の角笛を吹き鳴らし、火の民に対する攻撃を決行する。
王国軍の攻勢発起点から二ベスミッレ(およそ二キロメートル)後方の微高地に、フェルナンド三世の所在を示す王旗が翻る。
国王自身が前線に出て来ることで全軍を鼓舞するのと同時に、不退転の決意を表明するものだ。
この決戦に際し、ソラーナ王国軍の陣立ては以下のようなものであった。
前軍として火の民の陣地を攻撃するのは、ベルトラン伯爵、シモン伯爵、そして傭兵軍の合計一万一千。
右翼にベルトラン伯爵の三千、中央に五千の傭兵集団、左翼にシモン伯爵の三千という形だ。
ソラーナ王国の五本指とうたわれる二人の伯爵が両翼に配置されているのは、そこが、攻勢の主軸となる予定であったからだ。
戦法として、中央突破という案も考えられた。
全軍の破壊力を一点に集中し、敵のど真ん中を突破して分断。
そのまま一気に叩き潰すという強攻策だ。
だが、今回の戦場においては、この方法は難しいだろうとされた。
火の民は野戦築城を実施して防御を固めており、しかもその中央部は両翼から支援を受けられるためにもっとも守りが厚く、突破が困難だと見受けられたからだ。
ソラーナ王国軍は限られた時間の中で最大限の工夫を施した。
数は多くとも戦闘力ではあまりアテにしていない傭兵軍によって敵の中央部を攻撃させ、そこにいる兵力を拘束するのと同時に、王国でもっとも精兵と見なされている二人の伯爵の軍勢で両翼から攻撃を行う。
こうすることで、王国軍の右翼と火の民の左翼、王国軍の左翼と火の民の右翼という、一対一の条件に持ち込む。
後は、個々の正面での勝敗次第。
右翼と左翼、どちらかでも突破できればそこに予備兵力を投入し、一気に敵陣を踏み破って撃滅するという作戦だ。
ベルトラン伯爵の軍勢もシモン伯爵の軍勢も、王国の中では精兵として知られている。
その高い戦闘力をもってすれば、敵陣を踏み破れるだろうという期待が持たれている。
最初に攻撃をかける一万一千の軍勢を補佐し、敵の防衛線を打ち破った場合は素早くそこに加勢して戦果を拡張する第二陣、中軍の兵力としては、五千が確保されている。
これはリオン王子の三千と、リンセ伯爵の二千で、前軍から一アルティトゥードー(約一キロメートル)の距離を置いて布陣する。
後軍を構成するのは、フェルナンド三世の親衛隊六千であった。
その役割は国王が統率に専念できるように堅守することと、もし、敵陣を突破する前に火の民の迂回軍が到着し、その抑えに向かったラモン伯爵の軍勢が撃破されてしまったのなら、殿として踏みとどまり、前方で交戦中の友軍諸部隊の撤退を支援する、というものだ。
敵の一万以上を越えると見られる迂回軍を防ぐためには、ラモン伯爵の手勢三千が当たる。
彼らは攻撃開始の角笛が吹き鳴らされる以前に、できるだけ戦場から遠い場所で敵を阻止するため、夜陰に紛れて足早に出発していた。
———この戦闘が始まった当初、周囲にいたソラーナ王国の人々は、楽観的だった。
先鋒軍同士の戦闘では王国側が圧勝しており、そのことから、今回も味方が勝利するだろうと思っていたのだ。
近隣の村人たちは角笛の音を聞くと小高い場所に登って戦の様子を見物しようとし、中には、そんなやじ馬たちに弁当を売りつけようとする商魂たくましい者まであらわれたほど。
王国軍の事前の動きから、翌日が決戦となることは多くの人々に気づかれていたようだ。
また、軍の後方に出来上がっていた歓楽街に集まった商人や職人、芸人たちも、フェルナンド三世からの「ここは戦場となるかもしれなるから、引き払って、逃げよ」との命令を、軽く考えていた。
たくさん持ち込んだ商売道具を置いて行くことなんてできないし、王国軍が勝ったらまた大きな商売のチャンスを得られるというのに、それらを捨てて逃げるのはばからしい、という心理が働いたのだ。
人々はこの時、ソラーナ王国軍側が数で劣りつつも、必ず勝利するものと疑ってはいなかった。
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「まったく。
のんきなものだなぁ」
火の民の迂回軍の接近を阻止するために軍を離れたインスレクト伯爵軍三千を率いているラモンは、角笛の音を聞きつけて集まって来る野次馬の集団を目撃し、そうぼやいていた。
その顔には、軍議の場で見せたような涙はない。
なにかが吹っ切れてしまったかのようにカラッとした、乾いた無表情が浮かんでいる。
つき従っている将兵の顔も、似たような雰囲気だった。
どちらも譲れないような重大な二つの事柄を天秤にかけ、その片方を選択し、もう一方を切り捨てて来た後のような、諦観と割り切りの入り混じった顔。
日の出前に準備ができ次第で陣を引き払って来た彼らは淡々と歩き続け、やがて、火の民の迂回軍が向かって来ると見られている、コレドールを通っている太い街道から山中に向かう抜け道への分岐点へと辿り着いていた。
「止まれ」
ラモン伯爵は片手をあげて行軍を停止させると、まず、自分たちがこれから向かうべき山中を見やり、それから、固唾を飲みながら自身の次の言葉を待っている将兵へと視線を向ける。
「そんな、しょぼくれた顔をしないでくれ」
その言葉には、あまり説得力がなかった。
なぜなら、伯爵自身が一番、しょぼくれた顔をしていたからだ。
それから彼は、自身に向かって再確認するように呟く。
「王国への忠節と、……家族。
大切なのは、家族だ。
そうだろう? 」
辺りは沈黙に包まれていた。
誰もおしゃべりひとつせず、緊張している。
だからその呟きは周囲にいた者たちに聞こえていたはずだったが、将兵はなんの反応を示さない。
すると、ラモン伯爵は声もなく苦笑していた。
誰かがはっきり肯定してくれないかと期待して、無意識に口にしてしまった言葉だったが、返事がないのは当然だと思ったからだ。
それを決めるのは、他の何者でもない。
インスレクト伯爵・ラモン自身であるのだから。
「さらば、陛下。
さらば、戦友。
今まで、お世話になり申した」
どこか自嘲するようにそうぼやいた彼の表情からは、迷いが消えている。
そして、ラモン伯爵は剣を引き抜き、その切っ先を、———敵の迂回部隊が迫りつつある西側ではなく、北側へと向けていた。
「我らが目指すのは、ハルディン・デル・トレイ城なり!
者ども、遅れるでないぞ! 」
その揺らぎの無い言葉で、将兵の迷いも吹き飛んだのだろう。
「応! 」というかけ声があがり、そして、インスレクト伯爵家の三千は、山中には向かわず、王城を目指して進撃を開始した。




