・5-14 第49話:「緊急軍議:3」
・5-14 第49話:「緊急軍議:3」
敵との決戦を避け、後退して籠城するべきだ。
リオン王子のその提案に、ベルトラン伯爵は真っ向から反対する。
「籠城し、ゴロワ王国からの援軍を待つのだとしても、多くの時間を要しましょう!
確かにうまく行けばまず失敗のない策ではございますが、しかし、一戦もせずに退いては、負け犬のように尻尾を巻いて逃げ帰ったと民から嘲笑されるだけではなく、兵たちの鋭気もくじかれてしまいます!
それでは、せっかくの援軍が到着する前に城が落ちかねませぬ!
脱走兵や、離反者が出たら、いかに守りが固くとも崩されましょう。
また、我らソラーナ王国の諸侯は面目を失い、諸外国から弱腰とそしりを受け、侮られることとなるのです!
なにより、民からの信望を失うことにもなりまする!
火の民に蹂躙されることとなる土地の者たちは、肝心な時に守ってくれなかった、頼りにならぬ領主どもよと、不信を抱くことになりまする。
場合によっては、もっと頼りがいのある主君はおらぬものかと、探し始めることさえあり得ます!
そうなっては、ここで火の民の軍勢を退けることができたとして、我が国の存亡に関わることともなりましょうぞ! 」
彼の主張は、ここで撤退することによって生じる心理的な影響を強く意識したものだった。
純軍事的に見て、現状の最適解はリオン王子が言うように、無理な勝負はせずに退いて城壁と言う堅固な障害を活用して守りを固めることなのだろう。
ここで挑んだとしても敵の思う壺にはまることとなってしまうし、別の決戦の地を探そうとしても、コレドールからハルディン・デル・トレイ城までの間に適切な場所はない。
まして、ソラーナ王国は孤立無援ではなく、外部からの援軍を期待できる立場だった。
ゴロワ王国とは同盟関係にあり、その約定に従えば、相手には救援の軍を編成して派遣する義務がある。
この盟約を確固とするためにこそ、獅子令嬢、リアーヌ・ジルベールがリンセ伯爵家に嫁いでいるのだ。
王家同士の縁戚関係もあり、まさに盤石と言える両国の絆を活用しないというのは、おかしな話だろう。
堅固な城で守りを固めつつ、援軍の到着を待って反撃に転じる。
勝算は高いと言えた。
しかし、———政治的な立場から見ると、必ずしも最適解とは言えないのかもしれない。
ベルトランが指摘しているのは、そういう欠点だった。
最終的には決戦に及び、火の民の軍勢を蹴散らすのだとしても。
ここで戦わずに後退すれば、一時的に広大な地域を敵の占領下に委ねることとなってしまう。
そうなれば、人々の心は王国から離れて行ってしまうだろう。
異民族によって侵略された土地の領民たちは自分たちが見捨てられたと感じて絶望し、同時に、戦いを避けた軍や領主たちのことを恨みに思うに違いない。
占領を免れた場所の者たちも、同じようなことがあれば己も見捨てられるのだと考え、不信感を抱くこととなるはずだ。
王よ、伯爵よ、と言っても、従ってくれる領民がいなければ空虚なものだった。
納税してくれる者が無く、つき従う兵士もいないのならそれは、貴族を自称しているだけのただの人間と変わりがない。
その理屈は、エリアスにも容易に理解することができる。
自身の領地でも、領主である伯爵が安全保障や公正な司法を約束し、商業などで特権を認めてやることで、農民やギルドは税を差し出し、人々は徴兵に応じてくれるのだ。
一種の、契約。
信頼関係。
それが崩れてしまえば、国家は瓦解してしまう。
火の民を撃退できたとしてもソラーナ王国は混乱の渦中に陥るのかもしれないのだ。
「ベルトラン殿のご意見も、ごもっともなこととは思います。
しかしながら」
そこで、リオン王子が再び口を開く。
臣民からの信望を失うことを覚悟してでも、ここは撤退するべきであるという意見であるらしい。
「この場に残って戦ったとしても、我が方にとって著しく不利であることは明らかです。
正面の敵軍は柵を築き自然の地形を活用して野戦築城を行い、固く守りを固めています。
いかに我が方に精強な騎士がいようとも、これを打ち破ることは困難を極めることです。
戦っている間に、迂回軍が到着する。
そうなれば我が軍は大打撃を受けることは必至なのです。
それから慌てて王城に戻り守りを固め、ゴロワ王国に援軍を要請したとして、勝算はいかほどあるのか。
非常に低いと見なさざるを得ません。
それに、一度手痛い打撃を受けてしまっては、それこそ民草からの信望を失ってしまいましょう。
加えて、盟友であるゴロワ王国からは、足元を見られかねません。
援軍の見返りとしてなにを要求されるのか、分かったものではありません。
ここで戦わないまま後退すれば、確かに、民からの信用は失ってしまうでしょう。
ですがそれは、一時的なものです。
戦争に勝利した後で、汚名を雪ぐことは十分にできるはずです」
「陛下。
ベルトラン殿には申し訳ないのですが、それがしも、リオン王子の主張する通りにするべきであると存じます」
王子の言葉に続き、これまで沈黙して思慮を巡らせていたシモン伯爵が発言する。
「敵がこれまで頑なに防御に徹してきたのは、この、迂回軍の到着を待っていたからに違いありません。
陛下より敵情を探れとの命を受けつつ、それがしがそのことに気づけなかったのは、誠に面目次第もないことでございます。
しかしながら、恥を忍んで進言いたします。
このままこの地で決戦に及んでは、敵の思惑通りとなり、我が方の勝算は限りなく低くなってしまいます。
敵の方から攻撃に打って出て来るのなら、いかようにも料理する策がございます。
ですが、迂回軍の到着を待つ敵は、決して自らは出て参りません。
これまで散々に挑発して参りましたが、まったく応じる気配がなかったことも、その証拠でございましょう。
口惜しくはございますが、これでは我が方からは策を仕掛ける術がなく、どうにもなりません。
王子が申しました通り、汚名は、後になって晴らすことができます。
ここは何卒、お退きあれ! 」




