・5-13 第48話:「緊急軍議:2」
・5-13 第48話:「緊急軍議:2」
フェルナンド三世の招集で集まった諸侯は、皆、険しい表情をしていた。
ミシェルがもたらしてくれた地図を使ってエリアスが現状を説明すると、誰もがいかに深刻な危険が迫っているのかを理解できてしまったのだから、当然だろう。
「余は、重大な事態が差し迫っているものと確信している。
皆のもの、何でも構わぬ。
存念があれば申して欲しい」
重々し口調でそう切り出した国王に真っ先に反応したのは、リオン王子だった。
「父上。よろしいでしょうか」
「うむ。なんなりと申せ」
「はっ。
私が思いますに、ここは、仕切り直しを計るのがもっとも確実であろうかと存じます。
敵は勝利を奪い取るべく、用意周到に、そして忍耐強く準備を整えて参りました。
すでに間近まで迫りつつある敵の迂回軍が我が方の側面・後方を脅かせば、途端に前面の主力軍は攻勢に転じ、我が軍はこのコレドールの地で挟撃されて逃げ場を失い、痛撃を被ることは間違いございません。
そうなる前に、手を引くべきです。
幸い、ハルディン・デル・トレイ城では、十分な籠城準備が整っております。
火の民が大挙して押し寄せて参りましてもそれを防ぐことは容易いでしょう。
我が方には二万五千の兵力がおりますが、留守に残しているものも含めればさらに戦力は豊富となり、城壁の堅固さと合わせれば、敵は攻め手を欠くはずです。
そうなれば、時間が稼げます。
盟友たるゴロワ王国に使いを出し、援軍を求める猶予も生まれますし、あるいは敵も大軍故にいよいよ物資不足に陥り、戦わない内に引き返さざるを得なくなるのではないでしょうか」
リオン王子の考えは、慎重だった。
しかしそれだけに隙が無い。
敵の攻勢が開始される前に事態に気づくことができたおかげで、二万五千余りのソラーナ王国軍は無傷で残っていた。
後方に残して来た兵と合流し籠城準備の整った城塞に立て籠もってしまえば、多少数で上回っているとはいえ火の民は手出しができなくなるだろう。
一般的に、城を攻める側が攻略を成功させるためには、守る側を圧倒する戦力が要る。
諸説あるが、五倍程度は必要と言われている。
現状で無傷で残っている王国軍に対し、火の民がそれほどの兵力を集めることはできないはずだった。
つまりは、常識的に言って力攻めでは王城を落とすことができない。
火の民の軍勢は物資不足に陥って自然に撤退するか、瓦解するしかなくなるのに違いなかった。
この籠城策に、ゴロワ王国からの援軍が加われば盤石となる。
城に立て籠もる側の勝算は、主に二つあった。
第一が、敵が兵糧切れを起こして撤退せざるを得なくなる、というもの。
これは、城を包囲する側というのは通常、される側よりも大軍であり、必要な物資を確保し続けることが相対的に困難である、という原則に基づいている。
ただしこれは、包囲する側に十分な補給が続いた場合は、籠城する側が逆に困窮することになってしまうという不確実性がある。
そうなったら城の中で餓死するか、降伏するかしないといけなくなってしまう。
第二に、外部からの援軍を得ること。
第一の方策だけでは勝利を得る見込みが敵の補給事情に完全に依存することとなってしまうため、防衛できるかどうかは相手次第となってしまい、不確実だ。
そういった不確実性を払拭するため、守る側が戦いの主導権を奪還して積極的に勝敗を決めに行くために外部の友軍や盟友の力を借りる。
強力な増援を得て城の内外から敵を攻撃すれば、勝率は高いものとなるはずだ。
まして、ソラーナ王国の盟友であるゴロワ王国は、シアリーズ大陸でも有数の強国として知られている。
なにしろ、聖王マニュスが本拠地としていた地域だ。
古くから人口が多く土地がよく開発されていて豊か。
経済力があるから軍の数も多くしかも精強で、特にその中核となる騎士たちの強さはよく知られている。
彼らが到着したタイミングでソラーナ王国軍も出撃して共に火の民を攻撃すれば、駆逐するのは容易であるはずだった。
正直なところ、エリアスはリオン王子の意見に賛成だった。
早い時期に撤退を決めてしまうのは少々急ぎ過ぎのような気がしないでもなかったが、不敗、という確実性がある。
なにより、犠牲が少なくて済みそうなのが魅力的だ。
(兵たちも生きた人間だ。
そして、故郷に家族がいる……)
これまではそれほど強く意識したことはなかったのだが、今は、そのことが常に頭の中にある。
長陣で低下しがちな士気を回復し、規律を整えようと、兵たちからそれぞれの想いを聞き、手紙にして彼らの故郷へと送ったせいだ。
シアリーズ大陸では常に戦火が途絶えたことはなく、それは、ソラーナ王国でも同様であった。
富や名誉を巡って人々は争い、傷つけあう。
それが当たり前であり、そして、戦争ともなれば兵士は大勢が死傷する。
兵士の生命を惜しむのは美談とされてはいる事柄だったが、過度に気にするのは、領主としての責務を果たさない行為と見なされる。
人間が生きて行くためには土地が、富が必要であり、それらを守り、家族を養うためには、血を流すのを躊躇ってなどいられないという考え方が主流であるからだ。
実際、シアリーズ大陸の人々はそうして戦いながら生き延びてきた。
だが、兵士たちも生身の人間である、と、等身大の彼らの姿を知ってしまったエリアスにとっては、その生命を危険にさらすことはどうにも気が引けてしまう。
(リアーヌには、怒られてしまうだろうか)
そう思いはするものの、できれば戦いたくないというのが彼の紛れもない本音であり、リンセ伯爵という領主なのだ。
「いや、いやいやいや!
一戦もせずに後退するのは、兵の戦意に関わりまするぞ! 」
リオン王子の意見に、慌てた様子で異議を唱えたのは、ベルトラン伯爵だった。




