・5-12 第47話:「緊急軍議:1」
・5-12 第47話:「緊急軍議:1」
(後手に回ってしまった……)
急いで王に謁見し、ミシェルから知らされた内容を報告しながら、エリアスは焦燥感に駆られていた。
火の民の狙いはどこにあるのか。
彼らが、物資が不足する危険を無視して長期間の対陣を行っている理由は、何なのか。
それを探り出そうと考えていた自分たちは、ずいぶんとのんきなものだったと思わざるを得ない。
敵は、ずっと前から行動を開始していたのだ。
コレドールの峡谷を形作っている山脈の西側、海側の道に別動隊を派遣し、ぐるりと迂回して、ソラーナ王国軍をこの地で包囲・殲滅しようと目論んでいた。
その時が訪れるのを待ち、少ない物資で辛抱強く食いつないでいる。
用意周到で、計画的だ。
それに対し、自分たちはどうであったのか。
敵は大軍で物資も乏しいはずだからこちらよりも先に音をあげ、撤退するだろうと決めつけ、無為に時間を浪費して来た。
待つのは退屈だ、などと言って、いつの間にか出来上がった歓楽街で大道芸や酒食を楽しんでいたのは、今にして思えばあまりにも滑稽だった。
敵はこちらの息の根を止めるべく準備をし、牙を研ぎ澄ませ、必殺の罠を構築しようと取り掛かっていたというのに、自分たちはそうとも知らずに退屈を持て余していたのだ。
いったい、両軍のこの違いはどこから来たのだろうか。
(敵を、侮っていたんだ)
結局のところは、そういうことになってしまうのだろう。
二十年ぶりに起こった[大噴火]に恐れおののきはしたものの、初戦の勝利によってすっかり安心してしまった。
今までと、同じ。
勝てると思ってしまった。
聖王マニュスが火の民をシアリーズ大陸から放逐して、一千年以上。
火の民は何度も襲撃をくり返し、略奪を行ってきたが、いつも最後はその住処へと戻って行った。
今回もそうなるだろう。
ソラーナ王国の人々は過去にくり返されて来たことが今になって急に変わるなどとは思いもせず、油断してしまったのだ。
そしてその弛緩を作り出したのは、他ならない。
エリアスたちだ。
苦も無く火の民の先鋒軍を蹴散らしてしまったから、敵を過小評価するきっかけを作ってしまった。
(あるいは、最初からそれが狙いで……? )
敵はこちらの油断を誘うためにわざと敗北して見せたのではないか。
五千もの兵力を犠牲にするとは考えにくいことではあったが、焦りが想像を飛躍させ、それが真実であったのではないかと思わされてしまう。
火の民の先鋒軍を討つべし、と強く主張したのはベルトラン伯爵だった。
そして彼は、敵状を子細につかみ勝算ありと見なした上ではあったが、国王の制止も聞かずに暴走したように突進していった。
エリアスはそれに巻き込まれた形ではあるものの、共に戦い、大勝利を演出し、王国の人々がすっかり安心しきってしまうきっかけを作った一人だ。
どうしても自責を感じてしまう。
ベルトランの狙いは、火の民の[大噴火]に不吉さを感じ、委縮する王国の人々の心を奮い立たせ、懸念を打ち払おうというものだった。
そしてそのこと自体は正しいことであったと思う。
敵を侮るのもいけないが、恐れ過ぎては、勝てる戦争にも勝てなくなってしまう。
そういった意味では、あの時点で突貫したことは決して間違いではない。
強いて言うのなら。
(僕らは、勝ち過ぎてしまったのだろうか……)
五千の敵を壊滅させたのではなく、追い払った、程度なら良かったのだろうか。
だが、実際に戦っている最中にそんなことまで考えていられるはずもない。
今エリアスがしている後悔は、結果論に過ぎないことだった。
(リアーヌは、次善の策を考える方が大切、と言うだろうな)
リンセ伯爵は妻のことを思い出すと、冷静さを取り戻す。
優柔不断な自分一人だけだったらいつまでもくよくよと思い悩んで前に踏み出すことができなかっただろう。
しかし、獅子令嬢が背中で叱咤激励してくれるおかげで、自身のやるべきことと向き合うことができる。
なにより重要なのは、正面に敵の主力、側面からは迂回して別動隊が迫ってくる、という状況に、どう対応するのかだ。
ソラーナ王国軍はこのコレドールの地で敵の罠に陥ろうとしていたが、ミシェルたちの活躍によって、その寸前で危険に気づくことができた。
すでに敵は接近してきておりあまり時間に余裕はなかったが、わずかでも対応策を考える時間はある。
それに、こちらは全軍が健在なままで残っている。
まだ負けてしまったわけではないのだ。
「リンセ伯爵!
その知らせは、真であるのか!? 」
「はい、陛下! 」
フェルナンド三世は頑固で保守的な人物というもっぱらの評判ではあったものの、相応に有能な国王でもあった。
エリアスの説明を聞き、即座に現状の危険性を認識した彼は信じがたいと言いたそうな様子ではあるものの、リンセ伯爵がはっきりと断言するとそれ以上は疑念を差しはさまなかった。
わずかな時間でも早く対応策を構築し、動き出さなければならない。
そう分かっているからだろう。
「仔細、承知した!
直ちに緊急の軍議を開き、いかように応じるかを決定する! 」
王は腰かけていたイスから立ち上がるとそう宣言し、「伝令! 」と呼びかけ、常に側に控えている近衛の騎士たちを呼び寄せると、火の民の迂回軍が迫っていると判明したために緊急の軍議を開くと伝え、諸侯を集めるために走らせる。
「リンセ伯爵」
それから、彼は跪いたままでいたエリアスの側までやって来ると、力強くその肩をつかんでいた。
「こたびの働き、見事である!
もしも戦勝を得た暁には、そなたを一番の功績といたす! 」
「はっ!
ありがたき仰せ! 」
手柄のことなど、まるで頭の中になかった。
フェルナンド三世の言葉にかしこまって返答しながらも、内心で驚きを覚えずにはいられない。
もしかするとこれが、王冠をいただく、ということなのかもしれなかった。
王は国家の主として君臨するが、同時に、多くの家臣を統率し、まとめ上げていかなければならない。
そしてそれは命令するだけではうまくいかない。
臣下として仕えている者の誰にもそれぞれの都合や思惑があり、国家元首の意向とそれらが合致しなければ、時に反逆といった致命的な事態が起きかねない。
人心をつなぎとめ、王としての権力を有効なものとするためには、ただ上から指図するだけではだめだった。
なんらかの利益、たとえば金銭や領地などの実利や、名誉など、その者が貴び、欲しがるものを与えてやらなければならない。
それも、えこひいきではだめだ。
公平なやり方でなかったら誰かが不満を抱き、反逆の芽を育てることとなる。
王が王として君臨するためには、そういった差配ができなければならないのだ。
(陛下でいるのも、大変なのだろうな)
そう思いつつも、エリアスは少しほっとしていた。
勝つことができれば、という前提がつくが、この戦争での一番の手柄を得ることができた。
これはリンセ伯爵家にとって間違いなくプラスに作用するだろうし、リアーヌも喜んでくれるだろう。
そして、フェルナンド三世のこと。
こんな配慮ができる、ということは、彼がまだ冷静な判断力や思考を保ち続けている、ということの証明となる。
まだ、なんとかなるのかもしれない———。
そんな風に希望を抱くことができた。




