・5-11 第46話:「迂回部隊」
・5-11 第46話:「迂回部隊」
ソラーナ王国軍の中に裏切り者がいるのか、いないのか。
その点をはっきりとさせるために、一度しっかりと調べた方が良いのではないか。
「エリアス殿のおっしゃる通りだと思います。
私も、内部調査を実施するべきだと考えていたところでした」
リアーヌと相談した翌日にリオン王子の天幕を訪れて進言すると、彼はすぐに同意してくれた。
「確かに、我々のやり方は敵中深くに潜入して情報を集めるには適していないのかもしれません。
しかしこうも完封されるというのは、やはりおかしい。
現状の潜入方法を改善するのと並行して、一度、内通者がいないかどうか確かめておくべきでしょう」
「何卒、よろしくお願い申し上げます」
話が聞き入れられたことにほっとしつつ一礼すると、「ところで」と、王子は言葉を続けた。
「エリアス殿は、独自の方法で火の民に探りを入れてみたいと申していましたが……。
どうなされるおつもりなのです?
これまでのように騎士を選んで斥候に放つ、というやり方では、阻止されてしまうと思うのですが? 」
「その点は、妻に頼ろうと考えております」
「妻に?
……ああ、リアーヌ殿のことですか」
「はい。
実は、我が妻がゴロワ王国から引き連れて参りました臣下の中に、こういった、隠密裏に敵中に潜入して諜報を行うのに長けた者がいるそうでして。
今回は、その力を借りようと考えているのです」
「それは、それは」
その言葉に王子は感心し、興味を持った様子だった。
「リアーヌ殿は、なんでも、故郷では獅子令嬢として名高かったのだとか?
噂はうかがっております。
その貴名にたがわず、武芸に秀でるだけでなく、内政にも通じているのだとか。
それが諜報にも明るいとは。
いやはや、エリアス殿は素晴らしい妻をお持ちですね」
「恐縮です。
私も、いつも助けられております」
リアーヌが褒められることは、エリアスにとっても嬉しいことだった。
彼女が自分や領内の人々のためにどれほど頑張って来たのかは、よく知っている。
その努力がこうやって報われていくのを見ていると、自然に喜びの感情が湧き上がってくるのだ。
「エリアス殿も、実に、良い夫であるご様子ですね」
その態度を見て、リオン王子は微笑む。
自尊心の強い男であれば、こんな風に妻の方が賞賛されてしまうと、嫉妬心を抱いてしまうことがある。
だが、エリアスにはそういうところがまったくなかった。
自分のことでも、他人のことでも。
良いことが起きれば素直に喜び、悪いことがあれば親身になって悲しむ。
そういった部分に、どうやら王子は好印象を持ってくれたらしかった。
「さっそく、裏切り者の真偽については調査を始めようと思います。
火の民のことは、エリアス殿に一任いたしましょう。
ただし、お互いにですが、決して他に漏れぬようにご配慮下さい。
少なくとも、確固とした証拠を得るまでは。
そうでなければ、余計な混乱を軍中に生み、疑心暗鬼の種となってしまいますから」
「心得ております」
言われなくても、エリアスはもちろん、密かに調査を進めるつもりだった。
本当に裏切り者がいるとして、リアーヌの指示でミシェルが動いていると知ったら妨害しに動くのに違いない。
そうなれば、あの女中が危険にさらされることとなる。
リンセ伯爵は秘密が漏れないように細心の注意を払い、報告がもたらされるのを待った。
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火の民がいったい、なにを考えているのか。
どうして物資不足の危険を冒してまで長陣を続けているのか。
調査に向かったミシェルから報告があったのは、数日経ってからのことだった。
夜の闇に紛れた彼女は、再び夜の闇の中から帰ってきて、のんびりとお茶を楽しみながら雑談をしていたエリアスとリアーヌの前で跪いた。
「敵が、別動隊を組織して、迂回してきている? 」
「はい。
すでに我が方の後方に回り込める位置にまで到達しておりました」
口調がいつもと違う。
あの語尾をいちいち伸ばす間延びしたしゃべり方ではなく、はっきりとした発音。
それだけ、事態が切迫している、ということなのだろう。
「ミシェル殿。詳しく聞かせて欲しい」
「はい。伯爵様。
まずは、こちらの地図をご覧くださいませ」
緊張して表情を硬くしたエリアスに求められると、ミシェルは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
地図。
それも、かなり正確なもの。
コレドールを東、つまり地図の右の方に、ソラーナ王国の西の海岸線を左の方に描き、中央にはコレドールを幅の広い峡谷としている山脈が描かれている。
「火の民の動向を探るために、まずは潜入に適した経路を探し出すことから始めたのです。
そこで、ソラーナ王国軍が布陣している場所の後背に出る位置に、西の海岸線から山脈を横切って通り抜けることのできる道がある、ということがわかりました。
地元の者らに確認してみたところ、馬車もなんとか通行できるもので、以前は少数ですが往来があった、とのこと。
しかし、対陣が始まって以来、通行が途絶えているといことで、念のために調べに向かったのですが……」
「その先で、迂回を試みている火の民の軍勢を発見した、と? 」
「はい。
その数は、少なくとも一万以上はいる様子でした」
コレドールは、ソラーナ王国の南部、ピエド・グラヴィ城とハルディン・デル・トレイ城を結ぶ幅広の峡谷だ。
二つの山脈によって挟まれたそこは、一直線にしか通行できないものだと思われていた。
しかし実際には、馬車が通り抜けられるような抜け道が山脈を貫いているらしい。
そしてそこを、火の民が密かに攻め寄せて来ている。
「すぐに、陛下にお知らせしなければ! 」
エリアスは地図から顔をあげると、急いで王に謁見するための準備を始める。
もし、ミシェルの報告が本当だとすれば。
このままでは、前面の火の民の主力軍と、迂回して来た軍とに、ソラーナ王国軍は挟み込まれることとなってしまう。
そしてそうなれば。
逃げ場のない峡谷で包囲された王国軍は、———全滅させられてしまうのだ。




