・5-9 第44話:「ミシェル;1」
・5-9 第44話:「ミシェル;1」
ソラーナ王国軍の中にいるかもしれないし、いなかもしれない、裏切り者。
それをはっきりとさせるためには、しっかりと調べる必要があった。
難題だ。
誰にも気づかれずに、密かに行う必要がある。
反逆を企てている当人に悟られない、というのは当然だったが、それ以外の人々にも知られてはまずい。
裏切り者を探している、と気づかれてしまえば、軍の中に疑心暗鬼が広まってしまう恐れがあるからだ。
誰が味方で、誰が敵なのか分からない。
そんな状況に陥ってしまったら、戦争どころではない。
最悪、戦う以前に軍が瓦解してしまう可能性もあった。
(あるいは、火の民は、それを狙っている……? )
エリアスはそう思ったが、さすがに考え過ぎだろうとも思う。
ソラーナ王国軍が相互不信になって瓦解するのを待つ、というのは、作戦として不確実性が大きすぎ、到底成り立たないからだ。
「どうやって調べようか……」
「お話をうかがっている限りでは、リオン王子をお頼りするのが良さそうに思います」
リアーヌが指摘した通り、ソラーナ王国の中枢にいる人々で、こういう繊細な仕事をできそうなのは、リオン王子を除いてはいなさそうだった。
村が略奪を受けていないという事実に気づく細やかな観察眼もあるし、立場としても王子という身分だから、行使できる権限が大きい。
それに、確実に裏切り者ではないだろうとも思える。
[王国の薬指]とされるマンサナ伯爵・シモンは知恵者として有名だったが、彼の知略は軍事作戦方面に特化しており、こういった内部調査のようなことには適しているとは言えなかった。
勇敢だが頑固なことで知られているフェルナンド三世や、武断的な考え方をするベルトランは選び難い。
また、現状ではもっとも離反している可能性があるラモン伯爵は、論外だろう。
「わかった。
明日、リオン王子にお会いして、調査していただけるようにお願いしてみよう」
「それがよろしいかと存じます。
……ところで、火の民の意図について調べるのは、どうなさいますおつもりですの? 」
「それは……、どうしよう」
言われて、これで問題が解決したわけではないということを思い出す。
懸念されていることは、二点あった。
ひとつはソラーナ王国軍の中に裏切り者が紛れ込んでいるかもしれないというもので、こちらは、リオン王子に頼もうという話でまとまった。
だが、もうひとつ、火の民がなぜ動こうとしないかについては、別途、調べる必要があった。
王国の中で反逆の企てが実行に移されるのを待っている[だけ]であれば、内部調査を行うことですべてをはっきりとさせることができる。
しかしそれだけではなく、別に[切り札]を有している場合は、それにも対処しなければならない。
相手がどんな手札を有しているのか、いないのか。
それをはっきりとさせ、もし隠し玉があるのだとすれば、明らかにして対抗策を打ち出しておきたい。
内部調査を実施するとなると、王子は忙しくなるだろう。
だから、軍の内部のことと、火の民のこと、両方を調べるというのは、手が回らないのに違いない。
それこそ、マンサナ伯爵に依頼するべきことなのかもしれなかった。
実際、これまでソラーナ王国軍が火の民に対して実施しようとして来た諜報活動は、彼が主導している。
(いや、それでは、いけないな……)
マンサナ伯爵に敵の調査をより活発に行うように依頼しても、現状からさほど進歩はしないように思えた。
今も、国王・フェルナンド三世の命令を受けて、伯爵は盛んに斥候を火の民が占領した地域に送り込もうとしている。
しかし、そのいずれもが、うまくいっていない。
誰も有用な情報を持って生還することができていないのだ。
おそらく、王国が行って来たこれまでのやり方、騎士の中から有能な者を選び、敵中に忍び込ませるという方法が、合っていないのだろう。
斥候には、相応に軍事経験を持った者が必要だった。
未熟な者は敵の数を過大に報告したり過少に報告してしまったりすることがあるし、敵軍の動きからその意図するところを正確に読み取ることもできない。
だから熟練した者を選んで、放つ。
敵軍を偵察する、となると、それが最適解であった。
それなのに今回に限ってうまく行っていないのは、任務の主題が敵の動きを探ることではなく、敵の占領下にある地域の奥深くに潜入するという、隠密的な性格が色濃いからだろう。
騎士は戦闘の専門家ではあっても、諜報の技量については十分に持ち合わせてはいない。
そして王国には、そういった[闇に紛れる]任務を得意とする人材に接点がなく、適切な能力を持った者を送り出すことができていなかった。
これが、これまで火の民の動向を探るのに失敗し続けて来た原因だろう。
「でしたら……、私に、お任せくださいな」
思い当たる人物がいない。
エリアスの悩みを察したリアーヌはそう言って自身ありそうにうなずくと、そっと自身の肩に乗せられていた彼の腕をどけて、ベッドから立ち上がる。
そしてイスにかけたままになっていた自身のチュニックを手に取り、着替えると、天幕の出入り口の方へ向かって行った。
「リアーヌ。どうするつもりなの? 」
「ミシェルを使います」
なにを考えているのかとたずねると、振り返った獅子令嬢は振り返り、意味深に微笑む。
「ミシェルを?
……彼女に、そんなことができるのかい? 」
「はい。
私は、ただの女中としてアレを連れてきたわけではございませんわ。
エリアス、あなたももう、気づいていらっしゃるかもしれませんけれど。
ミシェルは、少々[特殊]な技術を持っておりますの」
あの、どこかほわほわとした、周囲にのんびりとした雰囲気を振りまいている華奢な女中が、いったい、どんな技能を持っているというのか。
———なんとなくだが、思い当たるフシはあった。
ミシェルは常にリアーヌの身辺におり、影のようにつき従っている。
それは主人のことを守っているふうでもあり、その耳目として暗躍しているふうでもあった。
それに、普通の女中がするような、身の回りの世話をするといった家事をこなしているところを見たことがない。
そういうことはもっぱら、リアーヌが連れて来たもう一人の女中、マリエルがこなしている。
そのことを不思議に思ってはいたのだが。
ミシェルが、女中に擬態した別の[何者か]であるのならば、いろいろと納得もできる。
「分かった。リアーヌに任せるよ」
「はい。お任せください♪ 」
納得してエリアスがうなずくと、リアーヌはミシェルのことを呼び、火の民へ探りを入れるよう、そうなった経緯を含めて詳細に話して命じる。
「はい~。かしこまりました~」
するとミシェルはそういった指示が出されることになんの異議も挟まず、いつもの調子でうなずくと、———そのまま、すっかり日の暮れた景色に、夜の闇の中に溶け込んで行った。




