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獅子令嬢と小指伯爵のレコンキスタ ~婚約破棄から始まる、秘密を共有した二人の再征服(レコンキスタ)~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
:第5章 「第二次コレドールの会戦」

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・5-8 第43話:「どう思う? 」

・5-8 第43話:「どう思う? 」


 これまでがそうであったように。

 その日も、何事もなく暮れて行った。


 互いの体温を感じながらまどろんでいると、遠くの方から賑やかな笑い声が聞こえて来る。

 今日も商人たちが作り出した歓楽街に繰り出した兵士たちがいて、酒食を楽しみながら賑やかに過ごしているのだろう。


(こうしていると、戦争をしているのが嘘みたいだ……)


 段々と意識が覚醒して来たエリアスは、そんなことを考えていた。


 自分は、確かに、———戦ったのだ。

 今、美しく、サラサラとした心地よい手触りの金髪ミルキーブロンドをなでている手で、槍を振るって。


 その、息が詰まるような激しい感触と、この、穏やかな時間。

 あまりのコントラストの濃さに、それらが同じ現実であるのか、と、疑いたくなってしまう。


 ソラーナ王国の者たちが戦争の中に現出した[日常]を謳歌おうかしている一方で、大挙して海を渡り、攻め寄せて来た火の民は、静かだった。


 柵を築き防御を固めたまま、沈黙を保っている。

 もちろん、相手も生きている人間だから、いろいろ動きはあった。

 生活するための物資を集めたり、生産したり、食事をしたり。

 敵陣からは毎日炊事の煙が立ち上り、そこに大軍が存在しているのだとアピールしてきている。


 立ち上る煙の中には一際強く太いものがあるのだが、どうやら金属を製錬するための炉までこしらえ、昼夜を問わず稼働させているらしい。

 火の民は本当にこの地に腰をすえてしまったようだ。

 自前で武器まで作り始めている。

 もっともこれは、彼らの場合、ソラーナ王国軍とは違って後方からやって来た商人たちから買う訳にもいかないので、苦肉の策であるのかもしれないのだが。


 火の民は確かにそこにいるのだが、奇妙なことに戦いにはならない。

 数で勝る以上、積極的に攻撃を仕掛けてくるとしたら、彼らの方でなければならないはずなのに。

 甲羅に閉じこもった亀のように、頑なに出てこないのだ。


 おかしなことだった。

 ソラーナ王国軍では長陣による士気の低下に配慮をし、そして兵士や馬たちを養うための食料の調達に苦心しているというのに。

 もっと大変な思いをしているはずの火の民が、どうしてその状況に甘んじたまま、変化を起こそうとはしないのか。


 彼らは、ソラーナ王国側が度々、挑発を仕掛けても、まったく応じてこなかった。

 罵声を浴びせてみても言語が違うのか効果がないため、実際に攻撃を仕掛けてみても、散発的に矢が飛んでくるだけで決して陣地からは出てこない。

 かといって、本格的に柵を越えて攻撃しようと試みれば、大挙して集まって来て長槍で槍衾やりぶすまを作り、何人も寄せ付けない鉄壁の防御を作ってしまう。


 物資に乏しいはずの彼らが、なぜ、道理に合わない動きをしているのか……。


「なにか、お悩みですの? 」


 険しい表情をしていることに気づいたのか、いつの間にか目を覚ましていたリアーヌが探るような視線を向けて来ている。


 二人は、密着していた。

 一人用のベッドに並んで横になっているのだからこうするしかない。


「……ああ、実は、どうしてこうも平穏なままなんだろうって、不思議に思っていたんだ」

「戦がないのなら、それに越したことはないのではありませんか? 」

「それは、そうなんだけれど、そうじゃなくって。

 火の民は、大軍なんだ。

 当然、僕たちよりも多くの物資を消費しなければならない。

 だけど彼らの故郷の土地は貧しくで、決して、食料は潤沢ではない。

 シアリーズ大陸を度々略奪しなければならなかったほどに。

 ……火の民は物資が尽きる前に攻撃に出て、僕たちを倒す以外に方法がないはずなんだ。

 それなのにこうやって閉じこもって、攻撃を仕掛けて来ないのは、理屈に合わない。

 だからずっと、気になっているんだ」


 最初に火の民の行動に違和感を覚えたのは、リオン王子だった。


 これまでであれば、火の民がソラーナ王国を攻撃してくるのは、略奪のためであった。

 襲われた村は根こそぎ収奪され、抵抗する者は殺され、捕まった者は奴隷にされる。

 それが当たり前であった。


 それなのに。

 今回の戦役で火の民が占領した村々は、それが一時的なものですぐにソラーナ王国軍によって奪還されたとはいえ、略奪されずに綺麗なまま残っている。


 やはり、なにかが今までとは違っているのだ。

 それに加えて、この、奇妙なほどの長陣。


 その平穏に身を委ねつつも、懸念は日に日に深まってきていた。


「それは……。今おうかがいしているお話だけでは、わかりませんわね」


 エリアスの説明を聞いたリアーヌは、真剣な様子で考え込んでいた。

 こうやって夫から悩みを打ち明けられたのだから、なんとか力になりたいと考えているのだろう。


「外から見た火の民の動向だけでは、なんとも……。

 探りは、入れていらっしゃるのですか? 」

「もちろん。

 こっちも、敵中に何度も斥候を潜入させて調べようとはしているんだ。

 だけど、誰一人として帰って来ない」

「火の民の警備がよほど厳重なのか。

 あるいは、……こちらに、スパイがいるか」

「リア―ヌも、そう思う? 」

「ええ。

 本来であればもっと焦っていなければならない相手が、そんな素振そぶりを見せていないというのは、なにか[切り札]を用意している時ですわ」


 つまりは、ソラーナ王国軍の中に裏切り者がいて、火の民はそれが行動を起こすのを待っている———。


「どなたか、怪しい者に心当たりはおありですの? 」

「どうだろう……。

 ベルトラン伯爵は絶対に違うと思うけれど」


 リアーヌの問いかけに心当たりを探してみるが、思い当たらない。


 ベルトランは主戦派で、積極的に火の民を攻撃していた。

 その手腕と躊躇ちゅうちょの無さはエリアスも目の当たりにしている所だから、彼が裏切り者とは考えづらい。

 だが、それも反逆を偽装するための、いわゆる[苦肉の策]かもしれない。


(いや、それはないよ)


 自分で考えておいて、エリアスはそれを否定する。

 なぜなら、ベルトランはリオン王子の後見人。

 つまり、王位が交代すれば、自動的に国王とは親密な間柄、という関係を築くことができる。


 ソラーナ王国における立場が安泰で、友好関係も深いというのだから、やはり反逆を企てるはずがない。


 同様の理由で、シモン伯爵も除外することができる。

 彼もリオン王子の後見人だから、将来の栄華が約束されているようなものだからだ。


 まさか、王子自身が裏切りを、ということも考えづらいだろう。

 早く王位につくために嫡子が父を弑逆しいぎゃくする、という事態は、実のところ歴史をみれば散見される出来事であるのだが、火の民についての懸念をもっとも強く抱いているのはリオン王子であり、そういった態度からすると除外できる。


 国王自身は論外として、残るは、リンセ伯爵とインスレクト伯爵。


 ———自分のことなので当然だが、エリアスのことは除外できた。


「だとすると……、ラモン伯爵が? 」


 そう呟いたが、証拠はなにもない。

 あくまで、裏切り者がいる、という仮定に基づいて行った推論の結果、彼が残った、というだけのことだ。


「新しく雇った傭兵の中にいる、ということも考えられるのではなくって? 」

「……あ、そうか。そうだよね」


 リアーヌに指摘されて、もっと怪しい相手がいることを思い出す。


 ソラーナ王国軍では、火の民の軍勢に対抗するため、傭兵をかき集めている。

 その数は、五千にもなる大きなものだ。

 古くからの付き合いがある傭兵団が主軸だったが、今回のような大きな戦争に直面し、新規に雇った者も大勢いる。


 疑うとすれば、まずは彼らだろう。


 リアーヌがフェルナンド三世に挨拶におもむいた際の出来事から悪印象を抱いており、それが先入観となっていたのかもしれない。


「いずれにしろ、証拠集めから、ですわね」

「そうだね。まずは周りを納得させられる根拠、証拠を見つけないと」


 獅子令嬢の言葉でエリアスは思考を切り替える。


 裏切り者がいる、と騒いだところで、余計な混乱を巻き起こしてしまうだけだ。

 確固たる証拠を得なければ、いわゆる[オオカミ少年]になってしまう。


 調査が必要だった。


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