・5-5 第40話:「挨拶:1」
・5-5 第40話:「挨拶:1」
リンセ伯爵夫人、リアーヌ・ジルベールが唐突に陣中を訪れたのは、国王・フェルナンド三世に挨拶をするためだった。
「お初にお目にかかります。
リンセ伯爵・エリアスが妻、リアーヌでございます。
約定に従い、ゴロワ王国のジルベール伯爵家より参りました。
まずは、そのご挨拶を。
それから、陛下から賜りました恩賞のお約束につきまして、篤く感謝を申し上げさせていただきます」
恩賞の約束、というのは、昨年、今回の[大噴火]が始まった当初にエリアスが立てた武功に対して、国王が与えると約束してくれたものだ。
とは言うものの、まだ、なんの具体的なことも決まってはいない。
火の民を撃退した後にあらためて、領土か、金銭か、立てた手柄に対する[相応の]報酬を与えるというものでしかなかった。
伯爵家に嫁いできてからまだ一度も王族に挨拶をしていなかった、という事情があるのにしても、そんな、まだ実物をもらってもいないもののためにお礼を述べに来るのは、少々大げさすぎる対応のような気もする。
(……なるほど)
しかし、フェルナンド三世と居並ぶ諸将の前でリアーヌと共に丁重に頭を下げていたエリアスには、その意図がなんとなくだがつかめていた。
王から約束された恩賞が、ただの[空手形]にならないように。
こうやって必要以上に丁寧な対応をすることで、「やっぱり、アレはナシで」と、王が言い出しにくい雰囲気を作ろうとしているのだ。
(さすが、しっかりしている)
エリアスは笑いをこらえるのに必死だった。
せっかく夫が立てた手柄を無効にされたくないという妻の心配性と、こんな風に大勢の前で恩賞の約束がなされていることをアピールされては、さぞや王も前言を撤回しづらくなったことだろうと、おかしく思えたのだ。
「つきましては、心ばかりではございますが、お礼の品も持参いたしました。
夫、エリアスの手勢のための補給品の他に、陛下のために、物資を運んでまいりました。
固焼きのパンに、塩漬け肉に、チーズに、豆。
いろいろと兵糧になるものを献上いたしたく存じます。
もちろん、お酒もございます。
また、すでに軍には十分に武器があるご様子ですが、我が領内の職人が鍛えました剣や槍、鏃などもお持ちいらしました。
何卒、お受け取り下さいますよう、お願い申し上げます」
(僕には、気前が良すぎるのではないか、と、あまりいい顔をしなかったのにな……)
それからエリアスは、フェルナンド三世がやや困惑した様子で「うむ。大儀である。いただいた品々は、大切に使わせていただこう」とうなずく声を聞きながら、かつて自身が出兵に応じた男爵たちにその費用を全額支給した際のことを思い起こし、少しだけ不満に思っていた。
あの時、リアーヌは「本当に全額を負担してさしあげるのですか? 」と、エリアスの対応に不満そうであった。
軍役は封建されている貴族にとっての義務であるのだから、わざわざそこまでしてやる必要はない。
まして、ソラーナ王国では平和が続いており、臣下たちも困窮しているわけではないのだから、と。
それなのに、やっていることが違うのではないか。
いくら恩賞の約束についてのお礼だからと言って、こんな風に物資を献上するなど、それこそやり過ぎなのではないか。
「いいえ。これは、投資でございます」
だが、エリアスは、リアーヌならばそう言いそうだなと思い直していた。
より多くの褒美を確約するために必要な出費なのだから、これは、ただのボランティアなどではないのだ、と。
金銭のやりくりについて厳格な彼女が、考えもなしにこんな気前の良いことをするはずがなかった。
(リアーヌに任せていれば、リンセ伯爵領は安泰、かな)
やや呆れつつも、そう思って安心する。
このまま長陣になって自領に帰れなくとも、妻がしっかりと統治を担ってくれるだろう。
なんなら、養蜂業や蕎麦の栽培の他にもあらたに産業を興し、領内を発展させているかもしれない。
それにしても———。
「しかし、リンセ伯爵夫人の、なんとも勇ましいいでたちよ! 」
その場にいた全員の感想を代弁するようにそう大声で称賛したのは、ベルトラン・ボルカン伯爵だった。
「婦人の身で、ドレスではなく、甲冑を身に着けているとは!
このまま一戦、挑みそうな姿ですな! 」
「私とて、ここが戦場であることは心得てございます。
もし戦ともなれば、夫と共に馬首を並べ、敵を討ち果たす覚悟で参りました」
「なんと……っ!
なんとアッパレなご婦人よ!
エリアス殿の妻でなければ、我が倅の嫁に欲しかったくらいだ! 」
「ふふ……。
光栄ですわ」
感激してイスから立ち上がり、両手を固く握って打ち震えるベルトランの絶賛の言葉を浴びながら、獅子令嬢は上品に微笑んでいた。
彼女はこの場に、———戦装束であらわれていた。
美しいドレスではなく、エリアスや、他の騎士たちと同じ、戦士の姿。
鎖帷子の上に金属製の鎧を身につけ、腰には剣を差している。
このまま愛馬のネージュに飛び乗れば、そのまま敵陣へと突撃できそうないでたちだ。
なぜ彼女がそんな恰好をしているかと言えば、おそらくは、その言葉の通りなのだろう。
自分がやってきた場所は、安全な後方などではなく、最前線。
いつ敵と争ってもおかしくはない場所である。
だから、もし自分がいる時に攻撃があれば、己も夫と一緒になって戦う……。
そういう覚悟でこの場にいるのだ。
(獅子令嬢の面目躍如、といったところかな)
こんなことは当然のことである、という澄ました顔をしているリアーヌを横目で見ながら、エリアスは彼女らしいと思っていた。
昔から憧れていた、美しい貴族の令嬢。
しかし、ドレスで着飾って、城の奥で大人しくしていることは、ちっとも似合わない。
堂々たる軍馬であるネージュを駆り、武具を身に着け、大抵の騎士には劣らない武芸をみに着けているのが、リアーヌなのだ。
そんな彼女はやはり、関心を集めていたのだろう。
王への挨拶が終わると自然に、話題は獅子令嬢のことに集中していった。




