・5-3 第38話:「王子の懸念」
・5-3 第38話:「王子の懸念」
敵の方が数は多いのだから、こちらよりも先に物資不足に陥るのに違いない。
そういう計算で持久戦に持ち込もうという方針が決定されかけたのだが、それにただ一人、待ったをかけた者がいた。
「……息子よ。
なにか、気にかかることでもあるのか? 」
唐突にリオン王子が発言を求めて来るとは予想していなかったらしく、しばらく不思議そうな顔で王子のことを見つめていたフェルナンド三世だったが、ほどなく我に返ったのかそう確認していた。
「はい、父上。
いくつか、気になる点がございます」
次世代の国王となる使命を背負った青年はうなずくと、彼が抱いている懸念を述べて行く。
「まず、大前提として、我が方よりも敵の方が早期に物資の不足に直面するであろう、という予測につきましては、その通りであると存じます。
火の民の暮らす土地は慢性的な火山活動によって不毛の地が多く、豊かとは言えません。
このために、生活の糧を得るために我が国の沿岸地域への略奪をくり返して来たという事実もあります。
それに対し、我が方は十分な蓄えを有しております。
王城には各地から物資の集積が進みつつあり、長期戦となりましても、兵を飢えさせるようなことはないでしょう」
「それならば、なぜ、王子は持久策に賛成して下さらないのです? 」
フェルナンド三世に対し強く持久策を勧めたシモン・マンサナ伯爵が、試すような言葉を投げかける。
自身が後見役を務めている王子が、これまでの教えからどう成長しているのか。
それを知りたがっている様子だった。
「火の民の行動が、こうした事実とは矛盾したものであるからです」
リオン王子は堂々としていた。
自身の考えに対して、相応に自信と、根拠とを持っているのに違いない。
「我々の眼前で防御陣地を構え、そこに立て籠もっている火の民の行動は、計画的なものであると見なせます。
彼らは陣地を構築するための材料を自ら持ち込み、我々と接触する以前より野戦築城を開始していました。
つまり、あらかじめこの地で対陣することを想定していたとしか考えられません。
そしてこのことは、彼らが大軍であり、それなのに物資が乏しく、長期戦には向かない、という事実と矛盾しております。
彼らは時間をかけるほど不利になるというのに、敢えてそうなるような策を選んでいる。
この点が、私には不気味に思えてならないのです」
「———わっはっはっ!
王子殿下は、心配性でいらっしゃる! 」
その言葉にフェルナンド三世やシモン伯爵などは感心した表情を見せていたが、ラモン伯爵は笑い飛ばしていた。
「火の民など、未開の蛮族でございましょう?
ですから、そのような計算もできず、自ら滅びの道を歩んでおるのでしょう。
奴らが守りを固めておりますのは、単純に、我が軍の先鋒によって完膚なきまでに叩きのめされ、実力では敵わぬと悟ったからに違いありません。
溺れる者は藁をもつかむ、と申しますでしょう?
火の民は、我らの武威を恐れ、なす術がないのでございますよ! 」
楽観論の極致のような主張だった。
(さすがに、火の民はそこまで愚かではないと思うのですが……)
エリアスはそう疑問を覚えずにはいられなかった。
そしてそれは、リオン王子も同様だったのだろう。
「もうひとつ、懸念すべきことがあります」
「———と、おっしゃいますと? 」
「敵中の深くまで潜入し、戻って来た斥候の報告によりますと、火の民はあれからさらに、続々とコンセコ海峡を越え、シアリーズ大陸に上陸してきているようなのです。
それも、戦士だけでなく、老若男女、大人も子供も問わず、彼らの故郷では貴重なはずの家畜まで引き連れて。
今や、ピエド・グラヴィ城は、押しよせた火の民でひしめき合っているのだとか。
さながら、火の民という民族そのものが、シアリーズ大陸に移動してきているのではないか、という様相であるとのこと。
———これは、明らかに異常な兆候であると言えるのではないでしょうか。
彼らは、火の民は、略奪以上の目的をもって、今回の[大噴火]を起こしたのではないでしょうか」
その指摘に、エリアスは息を飲んでいた。
(民族大移動……)
かつて火の民は、このシアリーズ大陸で暮らしていたのだという。
しかし、千年以上前、聖王マニュスの活躍によってティエラ・アルディエンテ大陸に追放されてしまった。
その、彼らが。
忌み嫌われるおそろしい民族が。
再び、この大陸に移り住もうとしているのではないか……。
にわかには信じがたい指摘であったが、彼らが占拠したピエド・グラヴィ城に続々と戦闘員以外の老若男女が押し寄せているというのが本当ならば、現実味のある話だと見なさなければならない。
「ぬわっはっはっは!
いくらなんでも、考え過ぎでしょう! 」
しかし、ラモン伯爵はそれさえも笑い飛ばした。
「斥候も、極度の緊張状態にあれば見間違うことはあるでしょう!
昨年に我が領でも同じことが起こりましたからな!
敵中深くまで潜入しているという重責から、見間違いをしたのに違いありませんぞ。
火の民が大挙してコンセコ海峡を渡ってきているなどと……。
渡るための船はどうするのです?
住む場所はどうするのです?
食べるものは?
いくら斥候から報告があったとはいえ、到底、信じられませんな! 」
昨年、自分自身が誤報によって肝を冷やされた経験からだろうか。
もう騙されないぞ、と、ラモン伯爵は非常識な報告に対して懐疑的になっているらしい。
それに釣られて、フェルナンド三世も小さく笑っていた。
「息子よ。
そなたの懸念には、考慮するべき価値があると余は思う。
しかし、ラモン殿が言うように、さすがに荒唐無稽に過ぎる。
ここはあらためて報告があがって来るまで、判断を保留するべきなのではなかろうか? 」
「……。
父上のおっしゃる通りにいたします」
リオン王子には不服そうな気配があった。
しかし、実の親子とは言え、相手は国王で、今の自分はその臣下に過ぎない。
その[分際]をわきまえ、もっと情報を集めるべきだという意見に従う姿勢を見せた。
「うむ」
王子の様子に、王は満足そうに深々とうなずく。
「基本方針としては、持久策で行くこととする。
しかし、王子の指摘もあるから、情報収集はより詳細に行うこととする。
その結果によっては再度軍議を開き、あらためて方針を定めることとしたい。
皆の者、それでよいな? 」
フェルナンド三世はそう軍議の結果を結論付けた。
(ゴロワ王国に、救援要請を出すべきでは……? )
エリアスは、内心でそう思っていた。
もし、火の民が略奪を目的としているのではなく、民族ごと移住することを試みているのだとすれば。
だからこそ、自身が獲得した土地を固守しようと、防御を固めているのだとすれば。
この戦争は長期間に及び、しかも、規模の大きなものとなるのに違いない。
そうであるのなら、せっかくの同盟関係を生かすべきではないのだろうか。
盟友たるゴロワ王国に救援を要請し、援軍を派遣してもらえれば、状況はより有利になるのに違いない。
だが、———彼には言い出すことができなかった。
すでに国王の口から結論が導き出されており、あらためて意見を述べていいような雰囲気ではなかったからだ。
実際、他の参加者たちも沈黙を保っている。
「よろしい。
それでは、皆の者、定めたとおり、当面は守りを固め、こちらからは打って出ぬように。
ご苦労であった! 」
その様子を確認して、フェルナンド三世は軍議を締めくくった。




