・5-2 第37話:「火の民の意図」
・5-2 第37話:「火の民の意図」
六アルティトゥードー(およそ六キロメートル)ほどの距離をあけて対峙する、ソラーナ王国軍と火の民の軍勢。
八月二十二日から始まったこの睨み合いは、すでにこの世界の一週間余りも続いていた。
王国軍は傭兵も含めて二万五千という、持てる限りの軍勢を動員していたが、これまでの情報収集によって敵軍はそれさえも上回る数を有すると判明している。
その数、三万以上。
過去に例を見ない大軍勢だった。
太陽暦千百九十七年の八月二十九日。
この日、国王フェルナンド三世の要請で、主だった将を集めて軍議が開かれていた。
参加しているのは、国王と、その嫡子であるリオン王子。
それに、国王を親指と見なした貴名である「王国の五本指」に数えられる四人の伯爵。
ボルカン伯爵、マンサナ伯爵、インスレクト伯爵、そしてリンセ伯爵。
議題はもちろん、これだけの大軍を相手にどうやって戦うのか、というものだ。
「なぁに、心配することはありますまい。
敵は、これだけの大軍なのです。
このままここで押さえておけば、じきに軍を保てなくなって、自然に引き上げるでしょう」
王から意見を求められ、真っ先にそう楽観論を口にしたのは、[王国の中指]こと、インスレクト伯爵・ラモンだった。
彼は、小男として知られている。
その身長は一アルティトゥードーと二ヴェスティージャ(およそ百六十一センチメートル)であり、エリアスよりも一デシマエ大きいだけに過ぎない。
この時代の平均的な男性と比較しても小さく、とりわけ大柄なフェルナンド三世がいる前で比較すると、余計に強調されて見えてしまう。
愛嬌のある男だった。
ソラーナ王国の中でも特に山地の割合が大きな領地を持つ彼は、時に農民たちと一緒になって農作業をするほど民と親しく、よく日焼けをしていて浅黒い肌を持つ。
ぼさぼさの黒髪とのびた髭はどこか野生を思わせる雰囲気があり、笑うと滑稽で、本人の性格も明るく愉快なことを好むため、その場にいるだけで楽しい気分になって来てしまう。
「ラモン殿のおっしゃることには、一理あると存じます」
その発言に賛同したのは、[王国の薬指]、マンサナ伯爵・シモンだった。
過去の、二十年前の[大噴火]の際に負った戦傷のために、特異な外観を持っている。
右目が潰されているため隻眼であり、常に眼帯を身に着けているだけでなく、右足が不自由で引きずりながら歩く。
しかし、こうしたハンデを背負いつつも、今でも馬を乗りこなし、戦場に立つ重臣の一人だった。
[王国の人差し指]こと、ベルトラン伯爵と並び、リオン王子の後見人を務めてもいる。
武勇の面での師匠がベルトランであるなら、こちらは知略の面での師匠であり、様々な歴史、政治、戦略論について、親身になって教えて来た。
そんな彼から見ても、今回の戦争はこのまま時間を稼ぐことが得策であるという。
「敵はすでに防御陣地を構築し、守りを固くしているだけではなく、我が方よりも数では上回っております。
ここ、コレドールは大きな峡谷であり、残念ながら敵軍の側面、あるいは後背に回り込んで攻撃するといった策を用いることはできません。
これを攻撃するとなると必然的に正面から、となりますが、防御が厚いため打ち破ることは非常に難しく、成功したとしても多大な損害が生じましょう。
敵の方から攻撃してくることを待つのが上策です。
相手から攻めて来るのであれば、我が方がそれに応じて動き、騎士の機動力を活用して術中に陥らせることもできます。
もし攻めてこないとしても、やはり、敵は大軍です。
物資の確保にはこちら以上に苦労するでしょうし、元々、火の民の故郷は貧しい土地で豊かではありませんから、早晩立ち行かなくなって撤退を余儀なくされるはずです。
その、退却する時を突くことでも、我が方は大勝を得られるのに違いありませぬ」
シモン伯爵は落ち着いた声でそう言い、自信がありそうな様子でフェルナンド三世の方を見ると、深々と一礼をする。
「敵がどのように動いたとしても、討ち取るための策はすでに考えてございます。
ここは焦ることなく、窮鼠と化した敵が自ら動くのを待ちましょう」
火の民が陣地を出て攻撃を仕掛けて来るか。
あるいは、物資不足に陥って撤退を余儀なくされるか。
予想されるそのどちらの場合に対しても対応できる作戦がある、と確約するシモン伯爵の言葉には、説得力があった。
その様子に満足そうにうなずいたフェルナンド三世は、その場にいる他の者たちの顔を見渡す。
「他に、意見のある者はいるか? 」
(僕も、このまま時間を稼ぐことが最善だと思うのだけど……)
エリアスは持久戦に持ち込むという方針に賛成したかったが、その言葉を飲み込んだ。
というのは、以前、リオン王子から聞かされた火の民の奇妙な様子、せっかく占領した村々で略奪を行っていない、ということが引っかかって、本当にこのまま待っていれば勝てるのか、という疑念があったからだ。
しかしこれといって、反論できる証拠があるわけでもない。
だからただ沈黙していることしかできなかった。
本当は言いたいことがあるのに、黙っている。
そういう様子でいるのは、ベルトラン伯爵も同様だった。
武勇を誇る彼のことだ。
本心では、敵と戦いたくて仕方がないのだろう。
だが、敵の防御が厚く、数も多い、ということを知って、先鋒軍による攻撃を断念する、という判断を下したのは、他でもないベルトラン自身であった。
いくら戦いたくとも、理性がしっかりと働いていてそうするべきではないと分かっているから、ぐっと「出陣すべし! 」の言葉を飲み込んでいる。
「異論はないようだな」
二人の様子を見て、王は厳かにうなずき、軍議の結論は敵の物資が不足するのを待つ、持久戦で決しようとした。
「父上。
よろしいでしょうか? 」
その場にいた全員が驚いた顔で視線を向ける。
その先にいたのは、———リオン王子だった。




