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獅子令嬢と小指伯爵のレコンキスタ ~婚約破棄から始まる、秘密を共有した二人の再征服(レコンキスタ)~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
:第5章 「第二次コレドールの会戦」

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・5-1 第36話:「対峙」

・5-1 第36話:「対峙」


 ボルカン伯爵を指揮官とし、リンセ伯爵、そしてリオン王子の手勢を加えた八千余のソラーナ王国の先鋒軍が再び火の民の軍勢と接触したのは、八月二十二日のことであった。


 王城・ハルディン・デル・トレイ城から南下し、およそ九十アルティトゥードー(およそ九十キロメートル)ほど進んだ地点で、そこからさらに十アルティトゥードー先に火の民の軍勢がいることを確認したのだ。


 ソラーナ王国の人々から[コレドール]と呼ばれている、山脈と山脈の間に挟まれた細長い谷間の土地でのことだ。


 ここは、古くから防衛上の要衝として知られている。

 シアリーズ大陸の最西端にあり、火の民に睨みを利かせるために築かれたピエド・クラヴィ城からハルディン・デル・トレイ城へと至る最短経路に当たるだけでなく、渓谷になっているからだ。


 つまり、ここを抑えれば、限られた兵力で王城までの道を塞ぐことができる。


 実際に争奪戦の舞台となったこともあった。

 前回、二十年前に起こった[大噴火]の際には、侵略して来た火の民をソラーナ王国軍がこの地で迎撃し、大勝を得て撃退したことがある。


「よかろう!

 また、蹴散らしてくれようぞ! 」


 斥候からその知らせを受け取った時、ベルトランはそう気炎をあげた。

 防衛上の要衝を奪取し、こちらの防衛線として機能させれば、戦況は大いに有利になるはずであったからだ。


「前回の、二十年の戦いを再現して見せよう! 」


 その勇壮な言葉に将兵も色めき立って、歓声で応じた。

 先に得た鮮やかな戦勝の印象が鮮烈に残っており、今回の戦いでも勝利し、己の力でこの戦争の趨勢すうせいを決定づけようという気概に満ち満ちている。


 だが、———攻撃は中止された。

 斥候から続報がもたらされ、新たに接触した火の民の軍勢が想定よりも遥かに多く、しかも前回の教訓からかしっかりと兵力を集中させている、ということが判明したからだ。


 その数、およそ一万。

 何人もの斥候が同様の報告をあげてきたため、間違いのない数字であった。


 しかも、敵はすでに守りを固めていた。

 占領した複数の村々を策源地とし、その先に進み、小川を臨時の水堀の代わりとして陣地を構築して、防衛線を形成しつつある。


 目下、彼らは土木工事に従事している最中だった。

 あらかじめ持ち込んだらしい木の杭を地面に打ち込み、横にも木を張って柵を作り、コレドールの渓谷を塞ぐ防壁にしようとしている。


「むぅ……。

 我が騎士の力を削ぐのが目的か」


 敵が形成している防衛線から六アルティトゥードー(およそ六キロメートル)ほどの距離をあけた小さな丘を占領し、その様子を遠望したベルトランはそう呟くと、苦々しそうな顔をした。


 陣地の前面を流れて行く小川は小さなもので、馬でも人でも飛び越えられそうなものでしかない。

 しかし、防御柵と組み合わせられると、なかなか手強い障壁となる。

 防御側は川を越えて来る敵を柵の内側から弓や長槍で攻撃できるだけでなく、攻撃側は、騎馬の最大の威力である速度を失ってしまうからだ。


 五千の先鋒軍を撃滅した時のような、鮮やかな勝利は望みがたかった。

 速度がなければ騎士の突撃は威力を完全に失ってしまう。


 ソラーナ王国軍の強みは、その戦術単位が二百名ほどの、諸兵科連合部隊になっていることにある。

 歩兵で敵を拘束し、弓兵でそれを支援し、戦機を捉えた騎士が迅速に前進し、敵の側面や背後を突く。

 そういった、各兵科が連携して戦うことができるという点が、大きな優位点となり、先の戦いでは決定的な結果をもたらした。


 それなのに。

 これでは、こちらの優位を生かせない。


 参加している将兵の間では、敵の陣地が完成する前に攻撃するべし、という声も多くあがった。

 戦勝によって士気が高揚している、というのもあったし、敵の陣地が完成してしまえばこちらからつけ入る隙がなくなってしまうからその前に攻撃を、というのだ。


 ベルトランはこの機運に動かされかけた。

 実際、攻め時としては、相手の態勢が整っていない今がもっとも適していると思えたからだ。


 しかし、彼はそれも中止せざるを得なかった。


 というのは、前面で野戦築城を実施している一万余りの軍勢のすぐ後方から、さらに敵の増援が迫っている、ということが確認されたからだ。


 その数は、一万とも、二万とも。

 おそらくは、[大噴火]を起こした火の民の主力軍に違いなかった。


 これでは、うまく正面の敵を撃破することができたとしても、こちらに倍する戦力を誇る後続に押しつぶされ、壊滅させられてしまう。


 剛勇さで知られているベルトランであったが、彼は猪突猛進なだけの脳筋などではなかった。

 経験豊富で、冷静に状況を判断し、最善と思える方策をとることができる。

 実際、敵の先鋒軍五千を撃破した際の戦いでは、暴走にも見える彼の行動にはきちんとした計算と目論見が存在していた。


 ここで戦ったとしても勝算は低い。

 そう判断したベルトランは、リオン王子とエリアスが口をそろえて懸念を表明していたこともあり、攻撃を強行せず、こちらも後続するソラーナ王国軍の主力を待つことに決めた。


 幸いなことに、フェルナンド三世に率いられた本軍はすぐ背後に迫っていた。

 その数は、国王の親衛軍六千、インスレクト伯爵の手勢三千、マンサナ伯爵の同じく三千を中核とし、国の内外からかき集めた傭兵五千余りを加えた、一万七千にも及ぶ兵力だ。


 これと合流することができれば、ソラーナ王国軍は二万五千になる。

 火の民の軍勢と比較すれば数でやや劣勢ではあったが、十分に拮抗できる戦力を持っている。


「急げ! 我が方も、防御陣地を構築するのだ! 」


 味方を待つ、と決めたベルトランはそう命じ、指揮下にある全軍に対して、こちらも野戦築城を実施するように命令した。


 とは言うものの、事前の準備をしていなかったために資材も道具も足りず、簡易的なものにならざるを得ない。

 低木を枝つきのまま切り倒してその先端を敵に向けて並べ、進出を阻害するいわゆる逆茂木さかもぎを設置したり、放牧地に築かれていた柵や石垣を利用して防衛線にしたり。


 こうして、[大噴火]を起こした火の民の軍勢と、それに対抗するソラーナ王国軍は対峙することとなった。


 ———これから先、戦況がどう転ぶのかは分からない。

 しかし、この時点でひとつ、はっきりとしたことがあった。


 それは、このコレドールの地こそが、この戦争における決戦の場所となるであろう、ということだった。



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