・4-11 第35話:「きれいな村」
・4-11 第35話:「きれいな村」
リオン王子の三千を加え、合計で八千までに規模の拡大したソラーナ王国の先鋒軍は、それから数日間、そのまま野営地に留まった。
というのは、奪還した村の住人たちから、「このままここに留まって欲しい」と懇願されたからだ。
村は無傷で取り戻されたが、このまま王国軍が去ってしまえば、また元のように火の民がやってきて占領されてしまうかもしれない。
人々がそう恐れを抱くのは当然のことで、実質的な先鋒軍の司令官であったベルトランは彼らの意を汲み、地域一帯を防衛することとした。
エリアスたちが再び動き出したのは、フェルナンド三世からの伝令が入ってからのことだ。
王国の主力軍と合流するために後退するのではなく、さらに前進せよ。
初戦の勝利を受け、防衛線を押し上げることを決意した国王からの進軍命令により、新たな敵と接触するまで南に進むこととなったのだ。
王城に凱旋し、今回の戦闘であげた武功に対する褒賞を得て、戦勝を祝うごちそうを食べられると期待していた兵士たちは、この命令を残念がった。
しかし、彼らは負傷兵を後送すると、それぞれの武器を持ち、指示された通りに南下を開始する。
その足取りは、意外にも軽いものだった。
初戦を華々しい勝利で飾ることができたおかげで彼らは自信を得ており、「どうせ褒美を得るなら、次も勝って、もっと大きなものを」と、前向きに物事を考え始めていたからだ。
進む先々でそこに暮らす人々から歓迎されたことが、彼らの進軍をさらに陽気なものにした。
王国の国境を守っていた城塞、ピエド・クラヴィ城が簡単に占領されてしまった。
そのことは民衆にも伝わっており、王城から南、つまり火の民の脅威に直面することとなった地域の人々はみな、パニック状態に陥り、逃げ惑っていたのだ。
それが、こうして王国軍の先鋒が到着し、その剣と盾とで守ってもらえることになった。
しかもその軍隊は強く、火の民の先鋒部隊を粉砕してしまった。
これらの事実が人々を大いに勇気づけ、そして、前進する王国軍を熱烈に歓迎させている。
そしてその熱狂が兵士たちにも伝わり、彼らの自尊心を満足させ、戦意を高めていた。
その中で、ただ一人。
やはり、リオン王子だけが浮かない表情をしている。
見事な初陣を飾り、累計で二千以上の敵軍を打ち破った戦功を立て、父親からも「見事であった」との言葉を伝えられているのに、なぜ。
「あの。リオン王子。
よろしいでしょうか? 」
そのことがずっと気がかりであったエリアスは、南に向かう道すがら、王子の隣までヴェンダヴァルを駆けさせていき、馬首を並べてそうたずねていた。
本来、王族相手に臣下が易々と声をかけていいものではない。
だが、今は戦時であり、二人は戦友という関係でもあった。
「王子とはいえ、自分も王に仕える立場なのだから、対等な関係で良い」と、野営地で初対面を果たした時に許可を得ているし、リオンの臣下たちもエリアスの姿を見て素通りさせてくれた。
「……ああ、リンセ伯爵か。
どういったご用件だろうか? 」
王子はずっと何かを考え込んでいる様子だったが、今も、思考を巡らせていたのだろう。
話しかけられたことに気づき、反応するのが少し遅れる。
(やはり、なにか気がかりなことがあるみたい……)
その様子を見て確信を得たエリアスは、慎重に言葉を選ぶ。
「対等な戦友」などと言っても、相手はやはり王族なのだ。
機嫌を損ねるようなことは避けたい。
「こう申し上げるのは失礼かもしれませんが……。
殿下は、もしかするとお疲れなのではないでしょうか?
その……、先の戦いがあってから、どうにも表情に影がある、と申しましょうか」
「そなた、わざわざそれをたずねに? 」
体調はどうなのか、とたずねられたリオン王子は、不思議そうな顔をしてエリアスの方を振り返る。
それぞれ一軍を率いている隊の長であるのだから、その持ち場を離れてまで話をしに来るのはよほどの用件であろうと思っていたのに違いない。
「申し訳ございません……。
その、気になりまして」
機嫌を損ねたわけではなさそうだったが、[おかしな奴]とは思われてしまったかもしれない。
恐縮していると、「……いや、かたじけなく思う」と、王子は軽く頭を下げてきた。
「しかし、ご心配には及びません。
私の健康状態は良好です」
「それは、よろしゅうございました。
しかし、それではなぜ、ずっと浮かない顔をされておられたのでしょうか?
私ごときがおたずねするのは不躾かもしれませんが、よろしければ、お教えいただけますと安心して自陣に帰ることができます」
「……なるほど」
本当にたずねたかったのは、そのことだったのか。
瞬時に悟ったらしいリオン王子は呟くようにそう言いながらうなずくと、じっとエリアスの顔を横目で観察する。
このことを話すのにふさわしい相手なのかどうか。
そう値踏みをされているようだった。
「……いいでしょう。
貴方は、ボルカン殿や我が父上のような大人と違って、注意深く物事を見極めようとするタイプのようですから」
どうなることかと緊張し、身を固くしていたのだが、王子は気を許してくれたらしい。
「ちょうどいい。
周囲を見て欲しい」
「周囲を? 」
「ああ、そうだ。
この、村の様子。
……きれい過ぎるとは思われませんか? 」
隊列はちょうど、火の民が一度は占領したものの、先鋒軍の壊滅を知って放棄した村を通り過ぎている最中だった。
ありふれた村だ。
石や木、土を使って作った建物に、木の皮を重ねた屋根が張られている。
造りは粗雑で、時には隙間風が吹き込んでくるようなものだったが、それでも風雨をしのぐことはでき、つつましく暮らしていくのには十分な機能を持っている。
(きれい過ぎる、とは、どういうことだろう……)
何の変哲もない、赤裸々(せきらら)に言ってしまえば[ぼろ]な建物ばかりの村だ。
それを「きれい」と表現することはまずないだろう。
だとすれば、風景だとか、そういう部分のことを指しているわけではない。
別の意味がある。
「……略奪をされた形跡が、ない? 」
「その通りです」
どうやらエリアスは正解を導くことができたらしい。
リオン王子は満足そうにうなずくと、———彼が懸念していることを教えてくれた。
「火の民というのを実際に目の当たりにするのは、私も、今回が初めてでした。
しかし、聞き知っている所によれば、彼らが我が国の国境を侵すのは、自らの生きる糧を得るため。
すなわち、略奪、収奪のためであるといいます。
ですが、今回の[大噴火]で占領された村々は、どこもかしこも、このようにきれいな状態で残されている。
なにも奪われず、破壊もされていない……。
それが、なぜであるのか。
ずっと考えているのですが、未だ、答えが見出せぬのです」
火の民が略奪をした形跡がない。
それが目的で攻めて来るはずの人々が、なぜ?
リオン王子はそのことに不気味さを覚え、心に引っかかり、気がかりで仕方がない。
だからずっと悩んでいるような顔をしている。
エリアスも考えてみたが火の民の考えなどまったく分からず、「申し訳ございません。私にも、まるで見当がつきません」と言って、頭を下げる他はなかった。
「かまいません。
しかし、なにか分かったら、ぜひ、教えて欲しいのです。
父上やボルカン伯爵はそういったことは苦手としておられる。
ぜひ、貴方の思慮深さを貸していただきたい」
王子は、結論を導き出せなかったことを気にしてはいなかった。
むしろ、どこか嬉しそうだ。
少なくとも自身が悩んでいることに気づいてくれるほど観察力のある、懸念を共有できる相手を見つけることができたから、それは前進だ、と思ってくれているのだろう。
「かしこまりました。
私の方でも、火の民の意図について調べてみたく存じます」
エリアスはそう約束をして、ひとまずは自陣に引き返すこととした。
なにかを考え、分析するためには、その元になる情報が要る。
それを集めるために頼りになるのはやはり自身の家臣たちであり、まずは彼らに相談をし、情報収集をするために斥候を放たなければならない。
(やはり、なにかあるのではないだろうか……? )
今回の[大噴火]も、二十年前と同様に撃退できる。
先の戦勝で将兵はみな自信を取り戻していたが、しかし、ヴェンダヴァルを走らせるエリアスは、焦燥感を覚えずにはいられなかった。




