123回目 UFO災害
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカ
空を見上げていた私は、偶然それを見つけました。
慌ててスマホを取り出し、撮影しようとしたその時、別の場所に全く異なる形状のUFOが現れました。驚愕で目を見張っている間にも、二機のUFOは上空で激しい交戦を始めます。
飛び交うビーム砲は狙いを外し、地上に降り注いで街を容赦なく焼き払いました。宇宙作戦隊の戦闘機が緊急発進するものの、UFOの圧倒的な機動力の前ではまるで玩具のように無力でした。
やがて一方が撃墜され、霧のように消え去ると、勝ったUFOはあざ笑うかのように舞い上がり、天空の彼方へと消えていきました。
数か月が経ち、街はほとんど元通りになりました。焼けた看板は取り替えられ、仮設の屋台が並び、補修中のビルには足場が組まれています。あの日、世界を震撼させたUFOの話題は、今や季節のイベントの一つに成り下がっていました。
私が必死で記録した映像は、ニュースやSNSで拡散され、やがてUFO災害を扱う保険のパンフレットに使われることになりました。私の恐怖の記録は、いつの間にか安心を売るための道具になってしまったのです。
ある夕方、コンビニ弁当を手に私はいつものベンチに座りました。隣では子供がUFOを模したおもちゃを振り回して遊んでいます。彼は、画面の中の出来事がかつてこの頭上で起きた真実だとは露ほども思っていないでしょう。
私はスマホをポケットにしまい、弁当の蓋を開けました。空は相変わらず茜色で、雲はただ無関心に流れています。人々はもう、あの日以上の刺激的な話題を求めてスマホをスクロールしていました。
私は小さく鼻で笑いました。あの日の恐怖が誰かの安心を売るための素材になっていることに、どこか冷たいものを感じました。しかしその無神経な日常の裏側では、誰かが瓦礫を片付け、誰かが失われたものに手を差し伸べてきたのも事実です。
世界はどれほど巨大な出来事であっても、矮小な日常へと押し込めてしまう術を知っているようです。恐怖も驚きも、やがてはセールのポスターになり、記念撮影の背景になり、誰かの退屈を紛らわせる酒の肴となります。
けれども、そんな皮肉な回帰の中で、世界はしぶとく、そして確かに続いていくのでした。
おわり
※地球の支配権を掛けて、帝国と同盟が戦っております。




