113回目 傘がない
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカッ。
コンビニの入り口の傘立てに差しておいた私の傘が、買い物をしている間に消えていました。
周囲を見渡し、傘立ての隙間を何度も覗き込みましたが、柄に結んだ小さなリボンも、使い込んだ持ち手の擦り切れもどこにもありません。
雨はまだ細く降り続けています。
生地を通して届く光の色合い、持ち手の手触り、指に触れるリボンの感触が、私の記憶の中で甦りましたが、目の前で降りしきる雨によってすぐにかき消されました。
喪失の感覚は、物理的な欠如以上に鋭かったです。傘がなくなったという事実が、私の中の小さな秩序を乱しました。
日常の約束事が一つ破られたとき、世界はやはり不親切だったのか感じます。
誰かが私のものを持ち去ったということは、私が信じていた無言のルールが破られたということです。教室で習った道徳の文句が、急に遠い教科書の文字に見えました。
帰り道、私はコンビニに残っていた小さな傘を買い、ビニールの八角形の下で肩をすぼめて帰ることにしました。濡れた足元が皮膚に張り付き、冷たさが心まで届きます。
傘を失ったことの不快さは、単なる濡れによるものではありません。誰かに侵されたという感覚、見えない線を越えられたという屈辱が、胸の奥でじわじわと広がっていきます。
家に着いてからも、私は傘のことを考え続けました。
あれこれと迷いながら選んだ時の記憶が、心に思いがけず大きな穴を開けます。誰かがそれを持っていったと理解した瞬間、私の中の当たり前が一つ消えてしまったのでした。
持ち去った人は、きっと深く考えずに手を伸ばしたのでしょう。ですが無意識の行為が、他人の世界をこんなにも揺らすことがあるのだと知って欲しいと思わずにはいられないのです。
翌日も、翌々日も、コンビニの傘立てに、私は自分の傘の不在を再確認しましたが、喪失感が繰り返し襲ってきただけでした。思い出すたびに、痛みは少しずつ形を変えながら残り続けるようです。
私はビニール製ではない、新しい傘を購入しました。機能は同じでも、使うたびにどこかぎこちないのです。
新しい傘の持ち手は、案外私の手に馴染むのですが、以前の傘とは骨のカーブが違っているのが、不思議とそれが目に付いてしまうのでした。
喪失の衝撃は、誰かを責めるだけでは癒えません。持ち去った人の顔を知らないまま、私は自分の行動を見直します。自分がされて嫌なことを、他人にしてはならないと。
雨上がりの空はいつもより澄んで見えました。私は傘を畳みながら、失ったものの輪郭を確かめます。
おわり
※傘を取られたことありますか?私はあります。




