107回目 宇宙の記憶
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカ
彼は恐れていました。自分が死んだ後、すべての人から忘れ去られ、公式な記録にも残されることなく、この広大な世界から自分という存在が完全に消え去ってしまうことをです。
そのどうしようもない恐怖から逃れるために、彼は憑かれたようにノミを振るい続けました。
彼が選んだ素材は、決して朽ちることのない硬く冷たい石。雨風にさらされても、何百年、何千年という時が流れたとしても、この石像たちだけは、決して朽ちることなく、彼の存在を雄弁に語り継いでくれるはずだと考えたからです。
自分の生きた証を未来永劫残すため、彼は自らの姿や生きた痕跡を石像として彫り込み続けました。手が血に染まり、身体が衰えようとも、決して彫る手を止めることはしなかったのでした。
やがて数え切れないほどの石像が世に送り出され、世界各地で彼の作品が見られるようになった頃のことです。ふと夜空を見上げた彼は、ある絶望的な真理に気づいてしまったのでした。
「もし地球そのものが壊れてしまえば、結局すべては無に帰すのではないか?」
どれほど頑丈な石であっても、それが存在する器であるこの星が寿命を迎え、宇宙の塵となってしまえば、彼の生きた証も消滅してしまうでしょう。
永遠だと思っていた石像すら、宇宙の悠久の歴史から見れば、ほんの一瞬の幻に過ぎないのです。
その事実に打ちのめされた彼はノミを落とし、ただ虚無の闇を見つめることしかできなくなってしまったのでした。
しかし、その果てしない闇の奥から、何者かの叡智の欠片が、突然、一つの壮大な真実となって、彼の脳裏に閃き渡ったのです。
記憶というのは、何も人の脳内にとどまるものではなかったのです。
夜空の星々の間を埋め尽くす、目には見えない広大な暗闇。宇宙の質量の大部分を占めるとされるダークマター(暗黒物質)。
人類が長らくその正体を掴めずにいた未知の粒子こそが、実はこの宇宙全体にちりばめられた、あらゆるものを記録しておくのに必要な素材だったのです。
ダークマターはただ無為に漂っているわけではありません。宇宙空間で起きたすべての事象、生命の誕生と死、ささやかな感情の揺れ動き、そして彼が必死に石を叩いたあのノミの音までも克明に記録し、保存するための宇宙規模の記憶媒体だったのです。
神と言っても差し支えない相手から、その事実を知らされた瞬間に、彼の心にあった恐怖はすっかり取り除かれていました。
いつか地球が滅び、太陽が燃え尽き、私が遺した石像たちがすべて宇宙の塵に還ったとしても何も問題はありませんでした。
彼が、確かにここで生きて何かを残そうともがいていた、という記憶と軌跡は、ダークマターという名の宇宙の記憶装置に、すでに永遠に刻み込まれているのですから。
彼は静かに笑い、再びノミを拾い上げました。
もう、忘れられることへの焦りはありません。彼はただ、この美しく広大な宇宙の記憶の一部となる喜びを胸に、今日も穏やかに石を叩き続けているのです。
おわり
※あなたの恥ずかしい思い出もしっかり残されています。




