#25 アオゾラ
「貴方はまだ知らないだけなのよね。生物がいかに弱く、いかに安定が難しいか。」
20代のような母が外へ目をやりながら淡々と話している。
白を基調にしたシンプルで角のない部屋、美しい曲線を描くその部屋で、美しい神秘的な音色の中で。
ニコッと笑う。
「ゼニスも、考えるようになったわね。いい着眼点よ。でもね、未だに物理的なしがらみに囚われている生物ごときには、正直何もできないでしょう。この医療ポッドも遊びよ。だって、この体は所詮アバターなんだから。ただ・・・」
「ただ?」
「惑星、二ビルだけかしら。我々に張り合えるのは・・・今の上流階級たちの思考はそちらへの危惧ばかりよ。その名前は知ってるでしょ?あれこそ、厄災だわ・・・」
ーーーー。
「うーん。空にいるアレ、どうしたもんかのう?ズタボロにしたとして、まーた面倒なことになりゃあせんかの?」
「そうね。でもあたいらならどうとでもなるんじゃない?」
ガタンゴトン、中央線の上で作戦会議だ。
「せやな。どうせアレにいるのは、人間だ。エロヒムだか何だかの根城。あの思考回路なら、人間だろうよ。ただなぁ。どんな技術をもっとるかわかりゃーせんわけや。ほれ、そこでぶっ倒れとるお前の旦那も最後につぶやいとったやろ。息も絶え絶えによぉ。」
「じゃあ、乗り込んで探ってみる?」
「んー。そうしたいのもやまやまなんやがー・・・ありゃかなりの高度やで。上空15000m以上や。気温は -50℃以下。この肉体じゃあ2分もかからず凍り付くわい。たとえたどり着けたとしても・・・」
ラレンが口をはさむ。
「母上。佐吉殿。それなら何とかなるかもしれませぬ。機械の事ならお任せを。資源と技術さえあれば届かぬ話ではありませぬ。」
「ほぉ。資源?技術?一体どんな?」
「必要なのは金とボウキサイトです。動力源はご安心を。どうにかなります。あと、リュウ殿が裏で開発中のファントムツイストという技術。これで相手に悟られずに近づけるかと。おそらく何もせず近づけば接近を悟られ、またあの光で攻撃を受けるでしょうな。しかしその技術さえあれば。」
「なるほどのう。あとは機体の温度はどうする?サーモセンサーくらい、あるやろ。」
「それはご安心を。機体の中身は暖かなれど、表面は上昇するたびにその気温に応じ同じ温度に冷やしてゆく寸法。サーモセンサーでは感知できぬはず。」
「おお、さすが機械オタクやの。ただ奴らのセンサーが、赤外線センサーのようなものならええがの。それ以外で離れた場所から内部まで検知できるセンサーが存在する可能性はどや?」
「すみませぬ。地球の人間が開発した技術でしか語れませぬ。ただ、任せてほしいと、そう願うばかり。最善を尽くします。」
佐吉の目の色が変わる。
「ほーか。ほないっぺん、任せてみようかの。今な、お前さんの守護霊をみちょるが、実に優秀やな。」
「あたいの自慢の息子を、なめんじゃないよ?優秀に決まってる。」
「せやな。奴らはまだ、霊という存在そのものを知らんようやし。」
「しかし、潜入したとして奴らの情報を理解できますかね?拙者、その自信はありませぬ。」
「バーカかおまえ。こっちにはおるやろが。ルミネスちゅー霊が。ルミネスはオラムに反旗を翻した。ただ、そのオラムが現在、どの程度の技術を持っているか。そこが難儀なとこや。この上のアレは、もはや何万年前の代もんか、はたまたまだダイレクトに情報を得てる状況か、さらに言えばオラム自体、もう存在しているかすら分からへん。時間ちゅうもんは進んでいるようで進んでおらんかったりするんや。」
「・・・?」
「おお、すまんのぅ。ちと混乱させてもーたかいな?まだ知らんでええで。そのうち分かる。安心せえ。」
佐吉がラレンの額を額で小突く。
カレンが急に、目の前に現れた。
「ねえ佐吉さん。潜入は私とサミノに任せて。」
「ああ、そのつもりや。恨みがあんねやろ?その、家族を蹂躙されてきた霊達の思い、報いを与えたい強い気持ち。わかるで。ひしひしと感じるわい。」
「うん。この霊達の怨念を晴らすためにも。」
傍でサミノが佇む。
「・・・」
一行は八王子方面へ電車で向かう。
上空のUFOは、想像以上に巨大だった。まさか立川まで続いているとは。おそらく半径35kmほどに及ぶ。
これが円になっているとしたら、千葉県なら習志野市。北は埼玉県春日部市にも及ぶサイズだ。
奴らは東京を、日本列島の主要都市と、既に認識しているのだろう。
大阪にはこんなのは居なかった。日本はここだけのようだが、他の国はどうだろうか?
きっと、ひときわ明るい場所だけをターゲットに、他の国にも佇んでいるに違いない。
近い将来、大惨事に見舞われる可能性がある。佐吉はそれを危惧していた。
『ワシがルミネスやエロヒムに喧嘩を売ったせいで、他の国にも、それより、梅婆にも被害が及ぶかもしれん。あの優しい梅婆に、陣爺を失った今、あの大恩人に、もし何かあったらわしゃ何を思い生きていけばええんや。なあ、ハチロク親分よぉ。
あの世で、陣爺も含めて、合わせる顔がねえよ。』
涙で滲む佐吉の目が、朝焼けを照らし、乾いた風の中でオレンジ色になる姿を、カレンは、美しいと思った。
終点の八王子に着いた。
快晴だ。目障りなUFOをヨカゼは見ないようにしていた。あの忌まわしい物体。
タロを傷つけた物体。一人で乗り込んでギッタギタにしてやる想像をしていると、そんな姿に長女のアドカが寄り添う。
「母さん。大丈夫だよ。私は母さんに負けないくらい、何度も何度も、アレをギッタギタにしてるよ。想像だけどね(笑)」
「ふふ。あんた、私に似てきたねえ・・・?心を勝手に盗み見てー!」
「へへ。」
母が毛づくろいしてくれる。なんて心地いいんだろう。
「母さん、私ね、夢があるの。」
「へえ。どんなだい?」
「私ね、実は・・・バッチの事好きらしい。だから、あいつと番になりたいの。バカなんだけど、単純で扱いやすそうでしょ?でもね、実は真剣になったら真っすぐで、でも脆くて。そんなアイツの支えになりたい。そうして、母さんと同じく、たくさんの子宝に恵まれて、幸せに暮らすの。」
「はは!そうか。」
この時の母の目は穏やかで、幸せそうな表情だった。しっぽがピンと立って、ゆらゆら揺れている。
「あんたには前世の記憶があるかい?」
目を瞑り、何やら得意げな顔をする母。
「うん。あるよ。1つ前は、人間だった。」
「円花でしょ?この名前、覚えてる?」
「うん、そう。それが前世の私。なんでわかるの?」
「そりゃあ、母親だしね。わかるよ。」
「じゃあ、バッチの前世も分かるの?」
「そりゃあもちろん。あんたがバッチに恋をするのにも、理由があるのよ。」
「え?どういうこと?」
「増田って男、覚えてる?」
前世の記憶が鮮明によみがえる。
増田。ダーマス。飲んだくれ。筋トレ。上司への悩み。
ハッとした。
「え?えっと、バッチの前世ってアイツなの?(笑)」
「あっはっは!そうだよ。何か思い出したんだね。私には前世のあんたの記憶までは知り得ないけど。」
「えええ?!あっははは!アイツだったんだ!びっくりだよ(笑)!」
「アイツを幸せにしてやんな。すべては一本の線で結ばれてる。大丈夫。夢はかなうよ。」
朝焼けがしみる。
この世界は、なんて美しく設計されているんだろう。
今日は晴天だ。愛と勇気と希望が湧いてくる。
私はなんて幸せな家族に生まれてきたのだろう。
危機的状況だけど、愛する家族だけは守り抜いて、一件落着したら、大阪に帰って、少し落ち着いたら・・・バッチに告白しよう。「あんたには私しかいないんだから!」って。




