6ー10 獣の咆哮
6ー10 獣の咆哮
俺とアネッサは、翌朝早くに宿屋を出て山へと向かった。
装備は、ごく簡潔にした。
アネッサも俺も武器は持っていない。
剣は、手に入れていたが宿に置いてきた。
慣れない武器を使うよりいつもの通りにしていた方がいいだろう。
俺の持つスキルは、もともと徒手で戦うものだが、ほぼほぼ鍛練ができていない。
アネッサがまだ幼すぎるといって俺に修行をつけてくれなかったのだ。
もっと鍛練をしておけばよかった。
俺は、悔やんでいた。
しかし、悔やんでばかりもいられない。
今の俺たちにできることをするしかない。
幸いにも今度は、冒険者たちに止められることなく無事に山に入ることができた。
俺たちは、妙にしんと静まりかえった森の中を歩いていった。
鳥の声も、虫の音さえも聞こえない。
静けさの中を俺たちは、ただ登っていく。
おかしな気配がしてびくびくしている俺にアネッサがそっと囁く。
「振り向くな」
その言葉の強さに俺は、足が止まりそうになる。
背後で何かが小枝を踏む音がきこえて。
背筋に冷たいものが走る。
駆け出したくなる衝動を堪えてひたすら歩き続けた。
すぐ後ろから何かの息づかいが聞こえてくる。
それは、獣のような。
生臭い吐息に胃の腑がひっくり返りそうになるが必死に我慢した。
「お前たちから、あいつの匂いがする」
低い声が耳元で響く。
「かえせ」
その声は、俺たちに迫ってくる。
「俺にあいつを返せ」
なんのことかもわからない!
俺は、口許を押さえたまま、前だけを見て歩いた。
アネッサの息も乱れているのがわかった。
すごいプレッシャーを感じる。
緊張感で目の前が暗くなってくる。
どれぐらいの時間、歩き続けたかもわからない。
俺の頬に獣の吐息がかかる。
「返せばお前は、逃がしてやってもいい」
獣は、耳をつんざくような咆哮を上げる。
目の前の空間が!
周囲の木々が、空間が、空までもが漆黒に蝕まれていくのがわかった。
まだ昼間なのに闇に飲まれていく!
怪異に俺は、ごくりと息を飲んだ。
頭の中に声が響いた。
「私の花嫁を……聖女を返せ!」




