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第9話 この想いが、あなたに届きますように(強制)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




薬代を全部引っ張るのはダメそうだ。

まぁいいか。




「じゃあ帰る....んー」




すべき事はした。

そのまま帰ろうかと思ったが、自然と少年の方に目がいく。

少年は項垂れたままだ。




(なんか色々限界そうやったし、一旦連れて帰った方が良さそうやが...うーん)




人間として扱っていないみたいで失礼かもしれないが、ここで助けたとして<最後まで面倒見れるのか>が不安だ。



まだ関わりは浅いが、この子を見れば人攫いをするに相当な過去があった事は俺でも分かる。

あまりに深い心の傷など、治療の領域になると俺では正直難しい。



子を育てた経験もないし、正しい教育なども自信がない。

そもそも俺は辺境のど田舎出身で、その後も1人で生きてきた。

この世界の常識にも疎く、勉強したのも文字だけだ。



俺に面倒が見れないならこの世界の警察...衛兵にお任せすることになるか。

このおっさんの後ろ盾もないまま兵舎に丸投げされてもいい結末になる気はしないが...




どうするか考えがまとまらないまま歩を進め、ついに少年の前まで来てしまった。




(んー可哀想やけど、この世界は誰もが救われるようには出来てないんよな。何かあったら頼ってくらいの対応が丸いか)




「なぁ……」




小さく声をかける。

少年の顔が、ゆっくりとこちらを向いた。




その瞬間、俺は息をするのを忘れていた。



前髪の奥に隠れていた瞳は濡れていた。

けれど嗚咽も、肩の震えも無い。

ただ涙だけが、壊れた器から零れる水のように、頬を伝って落ちていた。



焦点の合わない瞳。

力の抜けた唇。

何かを諦めきったような、空っぽの表情。



悲惨だった。

絶望的だった。

見ているだけで、胸の奥を握り潰されるようだった。



なのに。





綺麗だと、思ってしまった。





そう思った自分にぞっとする。

こんな顔をした子供を見て、何を考えているのか。

可哀想だと思うべきだ。助けるべきだ。声をかけるべきだ。



それなのに、目が離せない。



涙に濡れた睫毛も、青白い頬も、整った横顔の痛々しいあざでさえも。

月明かりに晒されたその姿は、まるで夜に置き去りにされた人形のようで。




美しい。




そんな、最低な言葉が頭をよぎった。





「....っ」




困ったら会いに来い。

そう言うつもりだった。



けれど口元まで出かかった言葉は、喉の奥で溶けて消えていく。

代わりに湧き上がったのは、守ってやりたいという衝動と、触れて確かめたいという欲と、ここから連れ去ってしまいたいほどの焦燥だった。



おかしい。

明らかにおかしい。



頭では分かっているのに、胸の内側だけが別の生き物みたいに熱を持つ。

この少年をこのまま放っておくことが、どうしようもない罪のように思えた。




「くっ....!」




奥歯を噛み締める。

言ってはいけない。

今、口を開けば、何を言うか分からない。



慰めではない。

同情でもない。



もっと身勝手で、もっと醜い何かが言葉の形をして零れそうだった。

胸の内から衝動的に湧く感情を、口元まで出かかった言葉を噛み殺し...俺は天を仰いだ。




(おかしいおかしいなんやこれ母性?庇護欲?いやもっと強い待て待て待て好きに生きていくって決めたやんけ1人で俺に他人の面倒見る甲斐性なんて...)




「連れていってください...」




(なっ...!?)





微かに引かれる下履きの感触を感じ、ギギギと音でもなりそうなほどゆっくりと少年を見下ろす。


掴むというよりは摘む、の方が適切なほど遠慮がちに添えられた手。

その控えめな仕草ひとつで、さっき必死に押し込めた感情が、また胸の奥から溢れ出す。



(いやいやいやひと1人やぞペットじゃないんやぞ。連れて帰るとかそんな無理無理無理...)




「居場所をください...なんでもします...僕を見て...」




添えられる手はやがて両手になり、縋るように絡みつく。




「僕を...もう、あなたしかいないんです...っ」



やがて声色に感情が入り始め、嗚咽が聞こえ始める。

目を手で覆う。



(見ちゃあかん...あぁ!?)



もう視界には映っていない。

なのに...なのに、感じる。



暖かく、かけがえのない存在のように。

見るよりも確かな存在感で。



体を包む安心感にも似た感覚に、思考が塗り潰される。

原因はわからない。ただ、これが普通ではないことだけは分かっていた。



(まさか...月のッ!?絶対おかしいこんな...クソ!!一体何が...)



身を包む感覚は月の光を浴びている時と同じだ。

馬車に居た時は違和感を感じなかったが、今かつてないほど強く、まさに強制されているとでも言うべき力でこの少年に対する良い感情を引き出されている。




抗えない。




(使ってるのは少年じゃないそんなわけないでないとこんなのくらってあのおっさんが裏切るわけないならなんで誰がこんな...)



ノイズのように思考が走る。

考えはまとまらず、力が抜けて引かれるままに膝を付き、すると何かが絡みつく。



ややひんやりとしたそれは手で、俺の頭をかかえて抱いた。




「あいして...ください....!」




(がぁあああああああおま、お前...お前ぇ....!!ぐぅぅ.....っ.....クソッ......)





それはかつてないほど俺の心を揺さ振り、抜けない棘の様に突き刺さった。



その棘は、胸の内にあった目の前の少年を突き放すための理屈を、ひとつずつ、丁寧に焼いていく。



理性が抗えるだけのキャパシティをついに超えた俺は、仕方なく全身の緊張を解き...体が、心がしたいように任せそっと、肩を抱いた。



少年の腕は震えていた。

俺に縋る手は拒絶を恐れる弱さに満ちて。



この手を振り払えば、きっとこの子はもう二度と誰かに手を伸ばさない。

その確信が、それでもと引き止めていた最後の理性をプツンと切った。




元々迷ってはいたのだ。

ここで見捨てても、罪悪感はついて回ったろう。



(...友達になろうって言ったしな。暫く宿貸すくらいええか...)




胸の奥で、誰に向けたのか分からない言い訳をする。

分かっていた。暫く宿を貸すくらいで済む筈もない。





それでも。





「分かった。俺んとこおいで」





頭を抱え、そのまま足に下から手を入れて抱え上げる。

この強制された感情に全て任せるつもりはない。ただもはや、この少年をこの場に残していく選択肢は無かった。





体は想像通り軽い。

お姫様抱っこ、なんて名前のロマンチックな行為だが、この世界でその初めてを男に捧げるとは思わなかったな。



「あ....」



「帰るわおっちゃん。店の場所は知ってるよな。2、3日準備ちょうだい」



そのまま出口へ向かう。帰ろう。

家に。



去り際おっさんへ声をかけた。

色々あったので返事は無いかもしれないと思ったが、フンと鼻を鳴らして不機嫌そうに言葉が返ってきた。




「2日目の明朝だ。それ以上は待てん」




(さっき足折った相手に最短の条件って...ハートは強いよなぁほんとに。人の上に立つってそうじゃないと出来んってことなんかな)




期限の中で一番短い時間指定。

それだと準備できるのは1日だけだろうが。



言い返そうとして、馬鹿馬鹿しくなり止める。

何か急ぐ事情があるんだろう。そうでなければ性格が悪いだけだ。

1人合点して、俺達は建物から出た。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





初手魅了。

当然ですよね。

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