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8話 異世界だもの。人の命が軽いもの。

ーーーーーーーーーーー




本来あり得ない角度まで曲がる首と脱力するその他。不自然に胸元へ引き攣れる片腕。




それは陸で溺れた彼が試みた、最期の抵抗だったのだろうか。




先程は空気が漏れるような呼吸をしていた彼であるが、今は息が止まっている様に見える。

血の泡を吹いてその血で溺れたようだ。間に合うか?



トポトポトポ....



(んーダメか。まぁ戦う仕事やし、この人もごろつき殺してたし。いつかは自分もってなるのは仕方ないね)



全く効き目がない。既に死んでいる証拠だ。

盾弾きで殺さぬように大盾ではなくダメージの劣る小盾にしたが、結果は残念だった。

俺に出来る配慮はした。申し訳ないがあの成金おじさんの所で働いたのが運の尽きだ。




「はぁー。やっちゃったかぁ」




武道や剣術には兎角呼吸、そして力みと脱力のタイミングが大事だと聞く。


吸って、吐いて。

力を入れ、抜く。



先程の斬撃も、正に一息の間の出来事だった。



恐らく達人たる彼の最期はどうだったろう。

喉奥から溢れる血に、弛緩する体を必死に力ませようと?



どうだろうか。




最後の息は、吸えたかな。





後は2人。

未だ槍を構えた状態で立たされている護衛を横目に、少年の目の前にしゃがむ。

余裕そうに見えてやっぱり深手なのかボーッとしているようだ。



「今からお薬使うからね。体楽になるよ」



「....して....」



「?」



「殺して、ください...」



いきなり何を言っているんだか。

せっかく助かるっていうのに。



「いーや。助けるね」



「...助ける...助ける....?」



視線はどこを見ているのかわからないが、顔だけはこちらに向く。

遺言でも言いそうな雰囲気だ。



「死にそうやん君。裏切られたみたいやし、俺が助けたらんと動けんやろ」



「僕は...黒髪ですよ」




またこれだ。

今日は度々黒髪だからとか不吉がどうとか耳にするが、俺には何故そこまで気にするのか全然わからない。

俺も験を担がないわけではないが、ここまで気にする必要があるのだろうか?

黒髪だからって同じ人間だ。不幸をもたらす奴もいれば幸運をもたらす奴だっているだろう。それが人間だ。




「たかが髪の色やろ。君もそう思わんか?おんなじ人間やのにさ」



「っ...あなたを殺そうとしましたよ」



「いや運ぶ手助けだけやろ」



「見殺しに、しようとしました」



「おっさんに言われたんやろ?」



「その仕事を受けたのは僕です」



この反応。

自分が悪いと言いたいのか?

この状況で?



(今これ言い出すのは...真面目っちゅうか...やっぱ根っから悪い子ってわけちゃうよな。仕事選べんかったら生活も厳しいやろうし...俺やから良かったもののってとこはあるけど、全部この子の自己責任って言うのもな)




「僕にはもう、助けられる資格なんて...」



「坊主」



頭に手を置いてやる。

これで2度目だが、今度は見くびる気持ちは一切ない。


身に纏う雰囲気がこの子の本質ではない。

この子は、ただの子供だ。



「辛かったな。ええんや。もう」



「いいわけない。やっと...やっと、優しくしてくれた人に、僕は...僕は...」



「ええ。許すよ。やからもう気にすな」




回復薬をかける。

傷が癒えていく。


だが心に効く薬は、俺には作れない。

俺は許した。後はこの子が自分でどう折り合いをつけるかだ。



(手出したんが俺だけなこと願うばかりやが、望み薄かね...っと)



次は顎を削ぎ飛ばした槍の護衛さんだ。

振り向くと同時、足元で金属音が聞こえた。

少年の手から短剣が離れたのだ。



槍使いの瞳は虚なままであり、その場へ崩れ落ちた。

そのまま薬を回しかける。



こっちは生きているだろう。顎が飛んだので大怪我ではあるが、逆に言えばそこだけだ。

下手に体が頑強だったら首の骨や脳に無事とは言い難いダメージがあっただろう。

この人は幸運だった。



いやはや手加減したつもりの攻撃で殺してしまい、本気の攻撃をした方が残るとは。

なんと言えばいいのやら。少なくとも、手加減の方法をもう少し増やす必要がありそうだな。



(かけ終わった、が...)



傷は治ったが、顎の部分は凹んだままだ。

やっぱり部位欠損扱いか。

敵に使うのは癪だが、この後味方として過ごす期間がある以上禍根は残したくない。仕方ないか。



もう一つ別にアイテムを出す。

同じフラスコ。中身の色だけが別で白い。



そのまま顔にかけると、溶ける様にしゅうしゅうと音を立て白く煙が立ち上り、しかし効果は全くの逆。

白い煙が収まるころには、顎が元通りになっていた。



おっさんが凄い目で見ている。

まぁ敵にこれを使う奴がいれば、俺が逆の立場でもあの顔をするかもな。



なんと言ってもこの世界の部位欠損を治す薬や魔法を受ける治療にはとんでもない量の金がかかる。

そもそも材料が貴重だったり、直せるレベルの治癒魔法の使い手も全く居なかったりとこんなポンポン使えるものじゃないらしい。

そんな高価なものをこんな簡単にと思えばそりゃあの顔にもなる。



ただ俺はそもそもあのゲームの仕組みで動いているので材料から違うし、今薬屋をやっているのはこのような消費アイテムを今のうちに沢山作っておくために工房が必要だったからだ。



この2ヶ月いろいろアイテムを増やし、今手持ちは充実している。使う余裕がある。

この人は運が良かったな。



(あ、そや請求したろ)



「ほなおっちゃん。お薬3人かける2本ずつと、このにぃちゃんへの欠損治癒のおくすり代、耳揃えて頼むで」



「なっ、私が!?君が勝手に使ったのだろう!私は払わんぞ!!」



「分からんかなぁ。これにいくら払うかでおっちゃんの誠意をはかろうとしてんねんこっちは。相場と比べてどんだけ払ってくれるか期待してるで」



「くっ...払うのは私に使った分だけだ!後は自分たちで払わせたまえ!」



「あー高い方のおくすり払いたく無いから逃げたー。護衛のにいちゃんかわいそう〜。おっちゃんのとこでは働きたくないなぁ」




「なんとでも言いたまえ!私は自分の分だけだ」




こいつ本当に頑なだ。

呆れを通り越して尊敬すら覚える。

俺は早くも、この成金男を生かした事を後悔し始めていた。



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