16話 異世界でもお風呂はマスト
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日が盛りを超え、西へ傾き始めた頃。
俺たちはやっと自宅へと帰ってきた。
出来るだけ大通りを避けて、路地をゆっくりと歩いた結果だ。
ご飯を食べ、昼寝を経て、夜になった。もう外は陽の光が完全に落ちて暗くなっている。
起きた時アルセアがまだ寝ていた為、1人で顔見知りに家の管理を頼みにいった。
誰あろう元の家主である。不在の間定期的に家の様子を見に来て貰うつもりだ。
掃除まではしてくれないが、鍵が閉まっているかどうか、家が荒らされていないかは見てくれる。
恐らくは一月単位で家を空けることになるだろう。
その間に変な奴らの溜まり場にされても困る。
後は準備して明日の朝出発するだけ。
そう思って家に帰ったところ、一仕事終えた俺を待っていたのはアルセア。
この世の終わりの様な顔をした彼だった。
顔色真っ青。俺が枕にしていた毛布に包まって部屋の隅でブルブルと...どうしたのかと声をかけた後は心底落ち着いた様子で元に戻ったが...
1人になったらメンタルが揺らぐタイプなのか?
思えば昨日、部屋を離れた時も動きが妙だったな。
ともあれ反省した。
辛い目に遭ってきたことは今日で重々分かっている。外出時の様子からもう大丈夫かと思ったが、そうでは無いと言う事だ。
これからはもっと気を遣ってあげないと。
朝の店での事を思い出す。俺にはどうやって生きて来たのか想像することすら難しい扱いだ。精神が不安定なのは仕方がないだろう。
「アルセア君はもう欲しいもんとか無いの?」
「僕は...」
「僕は?」
「いえ、もう何も」
「...そっかぁ」
今日でだいぶ距離は縮まったと思ったが、何も求めてはくれないか。色々言ってくれた方が俺の気は楽だが、あちら目線だと言い難いこともわかる。
旅の間、俺が必要そうだと思ったら勝手に買って押し付けるくらいの方が良いかもしれないな。
「大きな...容器ですね」
「せやろ?特注品なんよね」
今は夕食を終え、入浴用のお湯を沸かしているところだ。
目の前には大きなドラム缶程のサイズの鉄鍋が2つ。
場所は裏庭の物置だ。車が入るくらいの広さはある。ここが広いのが、この物件を買った理由だった。
こうやって今日の入浴用と外出時のお湯を炊くのが俺の日課だ。
入浴や料理の素材にも使うが、加熱後の水はそのままでも水分として飲めるので毎日地道に増やしている。
そろそろだろうか。
「一日の終わりはこれでサッパリせんとね。んー、良い温度になってるし、先に入りや」
「え、あ、これに入るんですか...?」
「そう。蓋沈めてるから底も熱くないよ。元々そこまで熱々じゃないけど...調整して欲しかったら水あるから呼んでね。石鹸は買えんかったから俺ので悪いけどこっちに置いてて...」
「あの、僕が火の番をするので先に入って頂いても...」
「え、あー.....じゃあアルセア君は右の方に入って貰うかな」
「右....」
「あ、嫌やった?」
「.....」
「な、なんか嫌やった?ごめんね」
「...いえ、大丈夫です。こちらのお湯は別の使い道があるのでしょう?アルさんの後で、そちらの湯に入ります」
「...お?俺の呼び方ちょっと短くしてくれた?」
「ダメだった、でしょうか」
「いんや全然。アルさんね。俺もアル君て呼ぼかな?良いやんアルアルコンビ」
彼女はアルセア。俺はアルフィー。
どっちも愛称がアルになるのは別に不自然な事じゃない。
ややこしくはあるが呼び名がどうであれ、彼女がそのような愛称で呼んでくれることに重要な意味がある。
距離が縮まった証だ。
「火の番とかはせんでええよ。俺は気にせんけど、アルセア君嫌やろ俺の裸」
「は、だか....」
「そう、風呂ん時俺はだか。アルちゃんもそうしろってんじゃないからね。服装自由!俺と居る時は何するにも気楽にね」
そう言って薪を抜き火を緩めた。
温度を魔石で自動調整...みたいな便利な事は出来ないのでここは人力だ。
この世界の魔法使いなら出来るのかもしれないが、俺が出来るのはゲームに存在していた用途だけ。
この世界の魔法も学んでみようと思ったことはあるが、そもそも魔法関係の書籍は都市部でないと希少な存在である。
俺がこれまでレベリングの為に回って来たのは主に魔物が大量発生する僻地。見つけても金欠だったり急いでいたり巡り合わせが悪く手にした事は無い。
全ジョブのレベル上げが終わったら手を出してみようかな。今はそんな気持ちだ。
(ん?そう言えば...)
「そういやアルちゃんのアレって魔法やっけ?あの影で人止めるやつ」
「僕にも、分からないんです。影で遊んでいたら...いつの間にか出来る様に」
「あー特殊スキルみたいな感じ?そかそか」
じゃあ火の魔法使える?とは聞かないことにした。
使えなかった場合に謝らせるし、別に今必要でも無い。
「じゃあお言葉に甘えて先に風呂頂こうかな。出たら呼ぶからゆっくりしてて」
「...っ」
「.....どした?」
「....はい。なんでも、ないです.....」
そう伝えるとアルセア君は出入り口に歩き出したが、明らかに足取りが重い。
足に重しが付いているように、文字通りの足取りだ。原因には直ぐ気付いた。
(不味ったさっきも1人でおる時にえらい気落としてたんやったな...いやでも風呂....)
即座に天秤にかける。
どっちが良い?
(あそこまで感情が不安定になるなら一緒に居てもらった方が良いか?まぁ男同士なら風呂場におるくらい別に....あの子が嫌じゃ無いなら問題自体は無いのか...?んー...)
「アルセア君」
聞かなきゃ分からない。
結局その結論だ。
先ほどもかわいそうな事をした。この子がどうしたいかに合わせよう。
「おりたいならおってもええよ」
「...っ!」
ドアにかけようと伸ばした手が止まる。
「ご、ご迷惑になるのでは」
「いんや全く。言った通り俺は気にせんよ?凄い足取り重いからさ、もしかしたらって思っただけやねん」
「気を使わせてしまったなら...ッ」
「何するにも気楽にねって言ったやろ?アルちゃん。今どうしたいか言うてみ?」
少し被せ気味に伝える。
向こうを向いているから顔は見えないが、耳は真っ赤だ。
ピューっと逃げてしまうのでは無いかと思い前のめりで喋った。
逃げるのは良いが、それで気持ちが不安定になってしまうと可哀想だ。
「一緒に....」
「ん...?」
「...ご一緒...したいです....」
「....フフッ」
とても遠慮がちな、断られると分かっているのに言わずにいれなかった様なその声色に、薄く笑む。
「いいよぉ。ゆっくりしていきや」
当然、俺はそれを受け入れた。
これが予想外の結果を産むとも、何故アルセアが「ここに居たい」、ではなく「ご一緒したい」と言ったのかも考えず。
受け入れて、しまった。




