15話 だって私は服屋だもの
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「はぁ......多分、噂の茶色よね。あの子」
二人を見送り、扉の鈴が最後に小さく揺れたあと、店内の静けさの中でヴィオラが呟く。
そのまま<閉店>の看板を吊るし、カウンターの奥へ戻ると、受け取った魔石をそっと掲げた。
店内の魔石灯に透かされたそれは、ほとんど無色に近く色はない。
けれど、灯りを受けるたび、中で反射する光が虹のように煌めいて見えた。
「……とんでもないわね」
呟いた声は、自分でも分かるほど掠れていた。
大きさ。
魔力の純度。
秘められた性質。
どれを取っても、ヴィオラがこれまで手にした中で間違いなく最高峰の魔石だった。
これ一つで、城が買える。
それくらいの価値が、ではない。
例えではなく、本当に城が建つのだ。
本来なら金庫の奥に仕舞い込み、使うことさえ躊躇う類の代物だ。職人にとっては夢であり、同時に呪いでもある。あまりに上等な素材は使い道を選ぶ。下手な加工は許されない。
それを、あの少年はまるで余り物のように差し出した。
対価も無しに<お気持ち>で。
「価値を知らない、なんてことはないでしょうね」
あの量を収集している彼であれば、この石の価値が分からないはずがない。
知っていて渡したのだ。
代わりなど、いくらでもあると言わんばかりに。
「フフ...尾鰭の付いた噂だと思っていたけれど」
大規模な魔獣災害が起きた時、どこからともなく現れ、災厄だけを狩り尽くして姿を消す掃除屋がいると聞いたことがある。
“茶色”
実力者を出身地と色で二つ名のように呼ぶ冒険者ギルドの慣習。それが、いつしか冒険者ギルド以外でも使われるようになった称号のようなものだ。
彼ら彼女らはその実力故“色付き”と呼ばれ他と別格の存在であると認識される。
だが彼は、それとも違う。
通常活動地域と色で区分けされる彼らの、その更に上。
原色。
色のみで特定個人を指す、最上位の指標だ。
茶色の噂は各地で使う武器が違うため、別人達が偶然髪色で繋がったお伽話だと言う者が多い。
故に、彼らの功績に対する一種の敬意として原色の茶色は欠番であったはず。
だが違った。
印象に残らない平凡な顔立ち。
どこにでもいそうな茶髪の少年。
飽きるほど聞いた茶色の噂、その語り文句。
彼でなくて、誰だというのだ。
ヴィオラは魔石を握り直し、店の奥へ目を向ける。
そこには作業台に開かれた、黒いドレスの設計図があった。
店頭に飾った一点物の黒ドレス。
過去全力で仕上げたあの服を超えるため、現在設計段階から構想中の品である。
こだわれば拘るほどに材料を選び、かかる金額も膨れ上がっている。
まだ着手は遠いものと思っていた。
人生をかけて一着仕上げる事が精一杯だと思っていた。
しかし。
「......あの子に、似合うでしょうね」
先程の少女を思い出す。
お伽話の茶色と出会い、恋した黒髪の少女のことだ。
◇
アルフィーを待たせ、アルセアは店の奥へ通された。
そこは、店先よりも少し薄暗い作業場だった。壁際には布地の巻かれた芯がいくつも立てかけられ、机の上には針や糸、色とりどりの飾り紐が整然と並んでいる。
赤髪の店員、ヴィオラは扉を閉めると、肩を縮めたまま立ち尽くすアルセアへ声を落として告げた。
「ごめんなさいね。あの子には、女の子だって言ってなかったのよね」
「……」
アルセアは答えられなかった。
先ほどのやり取りを思い出したのか、白い頬にまた朱が差す。あの時、彼女が強く赤面したのを見て、ヴィオラはわざと声を上げ、アルフィーの注意を逸らしたのだった。
その様子に何かを察しながらも、ヴィオラは念のため問いを続ける。
「手伝える事はある?」
「....」
「遠慮しないで。必要なら裏口から逃がしてあげるくらいはできるわ。見たところ、首輪はないようだけれど」
「……いえ。大丈夫です」
アルセアは顔を隠すように俯いたまま、小さく首を振った。
「彼は、とても......とても良くしてくれています。貴方が想像するようなことは、何も。性別のことも、ただ、言う機会がなかっただけで...」
「そう」
ヴィオラは満足げに目を細めた。
それから、少しだけ意地悪く口元を緩める。
「じゃあ、好きなの?」
「……っ」
アルセアの呼吸が止まった。
否定しようとしたのか、肯定しようとしたのか。唇がかすかに動く。けれど、そこから声は出てこなかった。
好き。
その言葉を、胸の中でなぞる。
好き、なのだろうか。
これが。
彼とは出会ってまだ2日目。
だがこの2日間で、彼はこれまで出会った誰よりも...自分を大切に扱ってくれている。
攻撃を加え、罠を仕掛けていた私(黒髪)に...手をあげようともしなかった。
黒髪の...汚れた存在である私に、友達になろうと言ってくれた。
それすらを拒み、想いを無碍にした私の手を、それでも...救い上げてくれた。
胸の奥が熱くなって、離れたくなくて、視界のどこかに彼がいないだけで不安になる。この手を取ってくれた人を、もう二度と失いたくない。
それを、好きと呼んでいいのだろうか。
これが...
「……好き、なのでしょうか」
アルセアは震える声で呟いた。
「これが、好きという感情なのでしょうか。私のこの想いを、好きと......そんな言葉で、表してしまっていいのでしょうか」
「それは貴方が知っている筈よ。知らないなら、今ここで名付ければいいの。彼のこと、どう思っているの?」
「……」
アルセアは胸元を握った。
布が小さく皺を作る。
「そばに、いたいです」
絞り出だすように出た、小さな言葉。
「昨日会ったばかりなのに。おかしいでしょうか。それでも……それでも、もう、あの人がいない場所に戻れる気がしないんです」
ヴィオラの表情から、からかう色が消えた。
アルセアは座り込むように膝をつき、それは何かに押しつぶされそうにも見えていた。
「好き...なんですね。私....」
自信なさげで控えめな、これまでの声色とは違う。
一言一言を、確かめるような声だった。
想いを抱き締めるように屈んだその表情に。
羞恥が浮かぶ筈のその表情に。
紅い...三日月が浮かぶ。
それは、恋する乙女が浮かべるのはあまりにも狂気的な歓喜。
自らが手にした感情。夢見ていたそれをやっと見つけた、言葉にできないほどの喜びであった。
見下ろす姿勢で顔が見えず、そうと知らないヴィオラは、柔らかく笑う。
「そう。いいじゃない」
「……おかしく、ありませんか」
「かもね。でも、それほどまでに...運命的な出会いだった。そうでしょ?」
「……」
机に腰を預け、肩をすくめる。
「一緒にいた時間はまだ少ないかもしれない。でもね、分かるわ。貴方が本気だって事は」
「でも、どうしたらいいのか、分からなくて」
「悩んでいいのよ」
優しく、諭す様に言った。
「どうしたいのか、どうなりたいのか、自分で一生懸命考えるの」
「したいように、なりたいように...」
「私に何が正解かは言ってあげられない。でも、一つだけ手伝えることがあるわ」
「……なんでしょうか」
続く言葉への反応を予測し、ヴィオラは楽しげに微笑む。
「ここは服屋よ?」
アルセアが瞬きをする。
「彼に、可愛いって思ってもらいたいわよね」
その一言で、アルセアの頬はまた一気に赤くなった。
ヴィオラは満足そうに笑う。
自分の仕立てた服を、誰かのために着たいと思ってくれる。
そういう客なら、この店はいつだって大歓迎なのだ。
◇
色合いは、やはり黒だろう。
クスリと口元が歪む。
当たり前のように、あの子に相応しいデザインを考えている。
素材は手に入った。
モチベーションは今正に、湧いて出ている。
ただ可愛く、それではダメだ。
闇に溶ける黒。
その艶と、細く儚く、だが確かに映える輪郭がなければならない。
それはまるで....
そう、言うなれば月明かりのように、だ。
「ふふふ」
ヴィオラは笑った。
黒髪の娘がこれを纏い、あの茶髪の少年の前に立つところを想像する。
覚悟を決めたあの娘の、想いを伝えるその現場に、このドレスがあれば。
彼がどう答えるのかは分からない。
素直に感想を言えるかどうかも。
でも、目は逸らせない。
店頭のドレスを見つめていた時のように。
その姿を想像しただけで、職人としての指先が疼いた。
「決まりね」
ヴィオラは魔石を作業台の上に置いた。
透明な石が、黒いドレスのそばで淡く光る。
「きっと美しく仕上がるわ。貴方の恋みたいにね」
誰に聞かせるでもなくそう告げて、ヴィオラは針箱を開いた。
今夜は、長くなりそうだった。
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書けたら投稿はしていくぜ。
だって不定期なんだもの。




