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17/17

17話 この日から




「いいよぉ。ゆっくりしていきや」




ご一緒したいと告げたアルセアへ、もちろん笑顔で了承する。

そして心の中で親指を立てた。どんどんお願いのハードルを下げて、甘やかしてあげよう。




人ってものは、何かが欠けると歪んでいく。

隣の芝は青い。知らないものへの憧れや拒絶は事実以上に大きく膨らむ物だからだ。



この子に欠けていたものは、恐らく優しさや思いやりの感情。つまり一個人としての尊重だ。

出会ったばかりの俺へここまで懐くのは俺みたいな不器用レベルにでも、人として接してくれる存在が稀だった事の証だろう。



だったら欠けた部分を補ってあげよう。

出来る限り大切に扱ってあげるのがきっと正しい行いだ。

少なくとも、俺といる間くらいは。




そうと決まればだ。

念の為反対側を向いて一気に服を脱ぐ。



そのまま足場に登り、勢いよく湯に浸かった。

アルセアは俺の入浴中ここで待つ筈だ。

ならいつもの様に長風呂ともいかないだろう。


サッサと出て明日の準備をしよう。




そう思って見上げた天井。いつもならこのまましばらく惚けているのだが、横からシュルシュルと衣擦れの音が聞こえる事に気付いて視線を外した。



置き場の服でも落ちたかと思ったが、実際は違った。




(!?)




落ちた下履き。

緩んだ服から顕になった肩と首筋。



アルセアが服を脱いでいたのだ。




「ちょ、ちょちょアル君?どしたん?」





「え?あの、ご一緒しようと...」





「あ、あー、ご一緒ってこういう...」





「やはり、ご迷惑だったでしょうか...?」




「あ、いや、ごめん全然良いんやけど、一緒に入るって事やと思ってなくて、底の落とし蓋一つしか無いねん」




否定しない様咄嗟に大丈夫と告げるが、予想外のアルセアの動きに俺の頭は混乱していた。

服を脱いだ彼の体が、その仕草が、あまりにも女性的だったのもそれに拍車をかける。




実質無理な理由を見つけて焦りながらも手早く伝えた。




「で、でしたら...」




一層顔を赤くしたアルセアが近付く。はだけた服で胸元を隠しながら、もう片方の手で浴槽の縁を撫でた。


意図は伝わったが敢えて言葉を待った。

そうであった場合の返答を考える時間が欲しかったからだ。





「一緒に....」






(不味い。しかも不味い物がもう一つ見える)





重力に従ってずり落ちる服。

見える胸元には、ほんの、ほんの僅かではあるが曲線の....膨らみがある。




アルセアはハッキリ見てわかるレベルの痩せ型だ。

その場所に肉が付くのは、ある条件でなければ説明のつかない現象。




「アルセア君....もしかしてやけどさ」





「.....」





「....女の子?」





「.........」





昨日から今日までの出来事がフラッシュバックする。

そうだ。アルセアは一度だって、自分の事を男だとは言っていない。




俺がそう言うのを、訂正しなかっただけだ。





潤む瞳。目尻には涙が溜まっているように見える。

返事はない。

返事はないが....どう言っているのかはっきり分かる。



受け入れて欲しい。

受け入れてくれると思った。だから見せたんですと。




この子が入ってくるのか?

ここに?俺の浴槽に?





「......」




明らかにおかしい距離の詰め方。

俺が持つ常識では出ない発想だ。




だからこそ、それがどのような意味を持つかを分かっていないのであろう事も容易に理解できた。

この子は、ただ懐いて、側に居たくて。

その想いだけでこうしている。



これまでの孤独故だ。

それまで隠していた性別。その秘密を明かしてでも今一時、ここにいたい。

その感情を一概に、安易に拒否するのも...俺には憚られた。





(...むしろ男女の関係がチラつく俺のがダメなのかもな。親の気持ちになって考えたら...)





もし自分が<この子の親ならば>

甘えてきた子にはどうするだろう。


これまでとびきり寂しい思いをして来たであろう子だ。俺が少し出かけただけで毛布に包まって震えてしまうほど、孤独に恐怖している子供だ。




(...やったら答えは決まっとるわな。大人になれ、俺)




「ええよ」




腹を決めたら、先ほどの動揺もなんとか落ち着き、思考は平静を取り戻した。

既に面倒を見ると決めているのだ。今この一時、親代わりが必要ならそうしよう。




「おいで」




「...!」





返答と同時、彼女の表情は向日葵の如く上向いて、その口元を綻ばせた。

この子は美形だ。普段の仕草や元の顔立ちもあって、何をしてもクールな印象が強い。

だが、この時の彼女は幼い少女の様に、溢れんばかりの笑顔であった。



あまりに可憐で一瞬固まってしまったが、素直な感情表現に俺は僅かな喜びを感じ、笑みを返した。




(...すっごいええ笑顔。こりゃ将来は魔性の女やね)




あっという間に残りの服を脱ぎ、足場を登る彼、改め彼女。胸元より下が見えそうになったところで、俺は目を閉じていた。



アルセアは急ぐように湯船へ浸かり、2人分となった湯船からは大量に湯が漏れ出る。

水面の動きが治まって暫く。それくらいの間を置いて、またアルセアが動いた。




「....」




胸に当たる感触。

これは髪の毛...頭部の重さ。

遠慮がちに添えられた手は同じく俺の胸元にあった。




「....ぁ」



俺はその背後へ両手を回し、頭と肩を抱く。

安心出来るよう、少し力を込めて強く抱きしめた。

俺が誰かに、アルセアのようにしたならば...返して欲しい反応はこれだ。




(細いなぁ...)




黒くゆったりとした服を着込んでいたからかあまり気にならなかったが、こうして触れてみると強く感じる。彼女はとても華奢だ。

折れてしまいそうとは月並みな例えだが、正にその感想が浮かぶ。



一口は小さいものの食はそこまで細いように見えなかったが...。

だとすると原因は普段の摂取量か。あの様子だと食うに困るのは容易に想像できる。




(逐一おいたわしいやっちゃな。おーよしよし)




そこからは軽く頭を撫でながら抱きしめて暫くを過ごした。

彼女はピッタリと離れず、俺に寄り添う以外は全くと言って良いほど動かない。掠れるほど小さい吐息が聞こえるだけだった。





親代わりだろうと代わりは代わり。

悪戯に女性の体を見るわけにも行かない。当然俺は目を閉じていたが、体は密着している。

僅かな隙間ですら埋めるように体を寄せるアルセア。触れる様々な感触。

それは、実際目にするよりも鮮明に、彼女の体を脳裏に映し出した。




抱きしめる両手。



密着した胸部。



俺の右足を挟み込む大腿。



痩せた体の、しかし確かに感じる女体の柔らかさ。





意識を逸らし、考えぬように努める。

抱きしめる手が、確かな親愛であるように。




努力あってのものだと言いたいが、ハッキリした事は分からない。

だが結果として男性機能は反応する事なく、時間が経つにつれて俺の心は落ち着いていった。





親代わりと決めた、それだけで?

分からない。

雨の中や入浴中癖の様に行っていた瞑想の習慣が役に立ったのかもしれない。




ただ事実として、俺の心は経過した時間に比例してリラックスしていった。

その度に自分の中の羞恥心や遠慮が取れ、彼女にもっと安心してもらえるようにと更に体を抱き寄せて時間を過ごした。




やがて湯が冷め始め、体温を下回るころ。

感じる違和感。




(ん...?胸元だけあったかくね?)




異様にその部分だけが温かい事に気付いた。

ちょうど彼女の顔が触れている部分から下あたり。

湯の温度と、そもそも彼女の吐息が触れ暖かい為気付くのが遅れたが、これは何かおかしい。



一度気になったら考えずに居られず、しかし見るとなれば彼女の裸を直接目にする事になる。

ならばと触れてみようにも、姿勢的に難しいの一言。



2、3分どうにか確かめられないか苦慮したが、ふと思い至る。そもそもの話、もう風呂から出る頃合いだろう。




彼女の体を少し離して、体を洗って出ようと伝えよう。

その時チラッと確認すれば良い。




「アルセア君。そろそろ体洗って...」




出よう。目を開けながら、そう伝えようとしたが言葉が止まる。

開けた薄目に飛び込んで来たのは、弱々しく身を寄せるアルセアと、その鼻から出る大量の血だ。




「ちょい!アルセア君!?」



即座に彼女を抱えて立ち上がる。

彼女の反応は薄く、完全に湯当たりだ。

入っていた湯は赤く染まっており、かなり長い時間出血していた事がわかった。




即座に湯船から出てアイテム化していた水を被る。

俺と彼女についた血をあらかた流し、元々体を拭こうと用意していたタオルで彼女を包んだ。



俺自身裸のまま大急ぎで庭を経由し家のベッドまで疾走。

自分では落ち着いているつもりで氷袋を頭に乗せたり体の水分を拭き取ったりしたが、ただ回復薬をかければ良いと気が付いたのは暫く経った後だった。




緑の回復薬を回しかけると、体が淡く光る。

傷という傷はついてないので外見的な変化は殆ど無いが、鼻血は止まった。心なし寝息も落ち着いたように見える。



頭を掻く。




(っぁ〜気付かんかったなぁ。はぁー鼻血とは...)




本当に、思ったより目が離せない子だ。

明日は朝から王都に出発だが、これは中々に波乱の予感がする。




だが不思議と悪い気はしなかった。

今日は濃い1日だったが、これはこれで充実している。

これまでは薄く通り過ぎる日々に何かを見つけようとしていたが、もうわざわざ探す必要は無い。



今日は色々な彼女を見た。

寝具屋での焦った顔、ベーコンエッグサンドを頬張る姿、赤面する彼女。

でもやっぱり、1番はあの笑顔だったかな。



考えることは多いが、一つ確かなことは「明日もきっと楽しくなる」と言うことだ。

波乱でも、何か騒ぎが起きても良い。

そう思える今は充実しているのだろう。



(...長風呂やったからかな。昼寝したけど眠なって来た。荷物仕舞うだけやから準備は朝でも出来るし、一回寝ちゃうか)




そのままアルセアの隣に寝そべる。

今となっては彼女が同じベッドで嫌と言う可能性は無いと断言できる。元々2人でも十分広い。なら床で寝る理由もないだろう。




「おやすみ。アルちゃん」




差し込む月明かりは、今日もやはり暖かく。

寝付きはとてもよかった。




◇




何かが私を包んでいる。

幸せな何か。

暖かくて、離れたくない何か。

これまで縋った月の光を上回るその存在が愛おしくて。堪らなくて。



私が欲しい全てが、全てが満ち足りている現状が怖いほどで。



これが夢なら、どうか終わらないで。



終わるなら、いっそ...




「...っ!」




目が覚めた。

以前は夜に、月の光に包まれる時間に目を覚ますなんて考えられなかったのに。



原因は分かっていた。

すぐ目の前にそれがある事を確認して、心臓が落ち着いていくのを感じる。




「アルさん...」




アルフィーさん。

私がずっと欲しかった...これまでどんなに願っても手に入らなかった、私を黒髪で差別しない人。




居場所を求めて、汚れ仕事にさえ手を出した私に。黒髪はと言われるその通りになってしまった私に、ずっと優しい奇跡みたいな人。




私が作り出した幻覚なんじゃないか。

何かの拍子に消えて無くなってしまうんじゃないか。



そんな不安でいっぱいになるほど、信じられないほどに、今日は幸せな1日だった。



私の為にご飯を作り、手を引き、私の為に怒り、私の為に泣いてくれた。





私を、愛してくれた。




「....ぅぅ」




だからこそ怖い。

寝ている時間ですらだ。

夢の中ですらも、この人と離れることが耐えられなかったが故の目覚めだった。




((じゃあ、好きなの?))




昼間に服屋の店主から言われた言葉。




これまで、この髪のせいで自分が好意を向けても迷惑になってしまう人ばかりだった。




だが、私が誰かを好きになる。好きになれる。

それがもし、この人だったら。




「....」





否だ。

この人以外、考えられない。



この人をもう、逃したくない。

何処にも行かせない。




だからこそあの場で口にしたのだ。

“好きです”と。




友達になろうと、そう言ってくれた時からそうだった。

あり得ないと否定しながらも、内心では違った。

最早私に価値が無くなって、それでも庇ってくれた彼を見て、本当だったとやっと気付いた。




ああ、最初から彼は...私を、愛してくれていたんだと。





湯浴びの抱擁を思い出す。

胸の奥から溢れ出る喜びの感情に、目が潤む。




もはや疑う事はない。

もはや怖がる事はないのだ。




私を、あの情熱的な抱擁で...彼は受け入れてくれたのだから。





そしてまたよぎる。

昼間の服屋、ヴィオラの言葉だ。




したいように、なりたいように。

どうなりたい?

どうしたい?



彼と、なって良いのなら。

なれるのなら。



願わくば.....





(〜〜〜ッ!)




彼と過ごした今日と昨日。

一つ一つをなぞる度、その先の<なりたい>を想像するたびに、胸の奥に感じる感情に堪らなくなって、寝ている彼の胸へゆっくりと潜り込む。



絵本に出てくる、救われるべきお姫様。

私はそんな存在では決して無い。

でも、この人はまごう事なき私の.....。



さらに顔が熱を帯びる。

視界がボヤついて、首へ垂れる液体は鼻血だろうか。


先程の風呂場と同じだ。

彼に包まれる。その感覚があまりに幸せで、気がついたら意識が遠のいてしまって。



好きと幸せが、溢れて....




「────....」




また意識が遠のく。

それでも近くに居たくて、愛おしい彼へ精一杯手を伸ばした。

この時、この瞬間。

私はもう、死んだって良かった。





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