5 あんた、魔王みたい
置かれた状況が理解できず、少年は固まる。
「……なんで俺が食べるんだよ。じいさんのだろ?」
「毒味よ、ど・く・み♡ 二人で一粒ずつ、ね?」
ジェナのいやらしい目に、少年は警戒する。この女は、絶対に何かを企んでいると。
「まずはお前が食べろ」
「私から? ふふっ、いいわよ♡」
ジェナは捥ぎたての実を、素直に自分の口へ入れる。その途端、顔のパーツが全て中心に集まった。
キュッとすぼめた口から、思わず『酸っぱい』と叫びそうになるが、少年に食べてもらえなくなっては困る。涙目をニヤリと下げ、何とか一言だけ発した。
「オ……オイシイ」
少年は恐怖に震える。そして、絶対に口にしてはいけないと悟った。
「ほうら、早くあなたも食べて♡」
「……いらない。お前が毒味したんだから、もう充分だろ」
「駄目よ! ニコイチで安全かどうか確かめないと!」
「じゃあ両方ともお前が食えばいいだろ! 何でさっきから、無理やり食わせようとするんだよ!」
「無理やりなんかじゃないわよ! すっごく美味しいから、ぜひあなたにも食べてもらいたいの♡」
「嘘つけ! そんなマズそうな顔してるくせに!」
「マズくなんかないわよ! ちょっと酸っぱいだけ♡ ほら、ごちゃごちゃ言わないでお口開けてよ! 鮮度が落ちちゃう!」
「うるさい! さっさとじいさんの分採って帰るぞ!」
ジェナは諦めない。背負い籠を下ろし、実を採ろうとする少年に襲い掛かった。
「やめろ! 殺すぞ!」
「殺す前に食べてってば! 召し上がれっっっ!!」
キュルルルル……
地面で揉み合う二人の耳に、嫌な音が響いた。
目を見開き、自分の背後を指差す少年に、ジェナはゆっくりと振り向く。
ペシャリ……ペシャリ
生臭そうな音を立て近付いてきたのは、鱗がぬめぬめと光る、二足歩行の生き物だった。
(まっ……魔物!? よし、アレを……!)
吹き矢を構えようとして、ジェナは気付く。さっきまで持っていた矢筒が、ソレの足元に転がっていることに。
(揉み合ってた時に落としちゃったんだわ! どどっ、どうしよう!)
ぷっくりした三つ指の足で、矢筒を遠くへ蹴飛ばす魔物。武器を完全に失い焦るジェナと、そんなジェナを盾にしようと押し出す少年の元に、キュルキュルと唸りながら迫り来る。
囮からの吹き矢作戦は敢えなく失敗し、もちろん代替案などない。ジェナは頭を忙しなく動かし、この窮地を脱する方法を考えていた。
(小説では、魔物に襲われそうになったヒロインを守ろうとして、ヒーローが神聖力に目覚めるんだけど。こっちのヒーローはまだ十歳だし、愛どころか友情も知らないお子ちゃまだ。私のヒーローだけは……溺愛だけは、なんとしても守らないと!)
ジェナはヒーローを背に隠し、渾身のパンチを宙に繰り出す。その拍子に、手に持っていたニコイチの残りが飛び、魔物の分厚い唇の隙間から舌へと着地した。
魔物は、一瞬キュルン? と首を傾げた後、もぐもぐと口を動かし、ごくんとそれを飲み込んでしまった。
──ジェナと魔物。
二人の間に、目には見えない友愛の稲妻が走る。
(何だろう……胸が、熱い。てかこの魔物、よく見たら可愛すぎるし♡ ああ、そうだ。アレよ、サン○オのハン○ドンに似てるんだ。綺麗なものしかいないこの世界で、まさかこんなブサカワのキャラに出逢えるなんて……堪らなくいとおしいわ♡)
(キュルン♡ キュルキュキュルルル♡)
二人は見つめ合い、目を輝かせる。
「心の友♡(キュルルルルン♡)」と呟き、ひしと抱き合った──
「ぷっ……ぶふっ、あはははは!!」
振り向けば、少年が親友になった二人を見つめ、腹を抱えて笑っている。
「あはは! ぶさいく同士で仲良くなって……あはははっ! お前ら、そっくり……あはははは!!」
ジェナと魔物は、よく似た大きな瞳を見合わせた後、キッと少年を睨み付ける。
「ぶさいくなんて失礼ね! ブサカワって言うのよ! 大体ね、私だって令和の日本ならアイドル級の可愛さだったんだから。このコだって、国民的人気キャラよ! ねえ?」
「キュン! キュルルルルキュン!!」
何を言っても可笑しいのか、少年は涙を流しながら笑い転げている。魔物と親友になったことで満たされてしまったジェナは、少年に実を食べさせるという当初の目的も忘れ、洞窟を後にした。
「お前っ……また変なもの拾って来やがって!!」
魔物と仲良く手を繋いで帰って来たジェナを、ダンは怒鳴りつける。
「変なものじゃないもん! お友達だもん! ね、サクラ?」
「キュン♡」
少年が下ろした籠の中身を見て、ダンはこうなった経緯をすぐに理解し、あちゃーと額を押さえる。
「ったく、あれほど滝には近付くなって言ったのに。役に立たねえ実をこんなに採ってきて、どうする気だ!」
ダンの言葉に、少年は眉をひそめる。
「……役に立たない?」
「ああ。赤い方は煮込めばジャムにできるが、こっちの青い方は加熱しても酸っぱくて食えたもんじゃねえ」
「腰痛に効くんじゃないのか?」
「効く訳がねえ。これは友愛の実だ。採りたてホヤホヤを一粒ずつ食べると、誰とでも “ 一生 ” 友達になっちまう恐ろしい実だ」
キャッキャとはしゃぐジェナと魔物を見て、少年は震え上がる。そして、食べなくてよかったと、心の底から安堵するのだった。
結局、赤い実はジャムに、青い実は魔物改めサクラが全て美味しくいただいた。
お友達になろう作戦には失敗したジェナだったが、洞窟に行ったあの日以来、少年との仲は少しだけ変化していた。
相変わらず態度は生意気だし、反抗的ではあるものの、以前のような一線を引かれている感じはなくなった。
何より大きな変化は、少年がよく笑うようになったことだ。ダンの冗談にも、ジェナとサクラの何気ないやり取りにも、毎日声を上げて笑う。思っていた関係とは少し違うが、今はこのままでいいかとジェナは思っていた。
また、彼女のことを『ジェナ』とちゃんと名前で呼ぶようになった少年だが、自分の名前は決して教えてくれなかった。
『俺には名前なんかない、好きに呼べ』と言われたため、ジェナは少年に名前を付けることにした。
最初は小説のヒーローと同じ『クリストファー』にしようとしたが、何か違うと思い止まる。そして、令和の日本でも馴染みのある、別の名前を贈った。
「あんた、魔王みたいに偉そうだし、強くなりそうだから『マオ』ね。響きも綺麗で素敵でしょ?」
「マオ……」
こちらの世界では聞き慣れない名前に、少年はしばし考え込む。やがて、息を呑むような美しい笑みを浮かべ、こう答えた。
「悪くない」
ジェナの胸がとくんとときめく。同時に、綺麗な顔に残る傷痕に、キリリと胸が痛くなった。
(もうすぐ街のお医者さんに診てもらえるわ。私が絶対に治してあげるんだから!)
ニヤリと笑みを浮かべては、夜な夜な貯金箱を振っていた。




