4 まずはお友達から
モブであるジェナのその顔は、薬草採りで黒く日焼けしてはいるものの、前世とは比べものにならぬほど可愛い。モブ中のモブのダンですら、令和の日本ではイケおじいと呼ばれるレベルなのは、小説の挿絵が美麗だったためだろう。
しかし、美形ばかりのこの異世界では、ジェナもダンも限りなく『普通』だ。逆にこの世界で、『美少年』として描かれるあの少年は、顔に傷があるにもかかわらず、チート級の美貌を誇っている。まだ見たことのない『美少女』のヒロインも、きっと凄まじく美しいのだろう。
『一日も早く元気になってほしい。私にそのお手伝いをさせてほしい。……ただ、それだけです』
本来ならば、ヒロインがその台詞を口にした時に、ヒーローが恋に落ちるはずだった。少女の清らかな慈愛の笑みに、空虚な少年の胸が初めてときめく。そんな感動的なシーンだったのに──
(私も真似して笑ったつもりだったんだけどな。ときめかれないどころか、目がいやらしいって言われちゃったし)
ジェナは鏡に顔をくっつけ、自分が思う慈愛の笑みを浮かべてみる。角度を変えては何度も目をチェックするが、どこがいやらしいのかはよくわからない。ただ、挿絵のヒロインとは全く別物だということだけは理解した。
(優しくすりゃ溺愛されるだなんて、安易に考えすぎていたわ。美貌なし、魔力なし、身分なし、金なしなんだから、もっと謙虚に距離を詰めないと。モブなんだから焦っちゃ駄目! まずは友情の種から探して、丁寧に愛を育みましょう!)
ジェナはニタリと笑い、改めて気合いを入れ直した。
ところが、ここで新たな問題に気付く。
前世では地味で引っ込み思案、今世では老人とほぼ森に引きこもり状態のジェナは、友達作りのスキルが皆無に等しいということに。
(トモダチッテナンダッケ? ユウジョウッテドウヤッテハグクムノ??)
『友達』と言えば、まずは子ども同士、一緒に遊ぶことからだろう。かごめかごめに花いちもんめ、将棋に百人一首。競争したり助け合ったりして、自然と仲良くなっていくはず──というのが、ジェナが必死で絞り出した、友達作りのイメージである。
だが、貧しい一家にとっては、子どもも貴重な働き手であり、遊ぶ時間も余裕もない。薬草採りで仲を深める手もあるが、少年はさっさと採り方を覚え一人立ちしてしまったため、ジェナとは常に別行動だった。
そこでジェナは、別の方法を思い付いた。
少年を拾った時のように薬を使えばいい。その方が手っ取り早いと──
ちょうど小説の中に、有益な情報が書かれていた。
十六歳になったヒーローとヒロインは、この森にイチャイチャとピクニックに訪れるのだが、ヒロインが川に落ちて溺れかけてしまう。ヒーローは当然それを助けようと川に飛び込むが、一緒に滝壺へ落ちてしまい、這い上がった場所で奇妙な洞窟を見つける。
そこが恐ろしい魔物の住処だと知らない二人は、中へ入り休憩する。甘い香りに誘われ、さらに奥へ進むと、さくらんぼの木がたくさん生えていた。空腹だった二人は思わず、その赤い実を口にしてしまうが──
(実はその実、さくらんぼじゃなくて、媚薬成分のある溺愛の実なのよね。ニコイチの実をカップルで一粒ずつ食べると、互いへの性的欲求が抑えられなくなるの。薄暗い場所に二人きり、ちょうど濡れた服が肌にピトッと張り付いちゃって……♡ いい感じだったのに、魔物が邪魔してお預けになるのよね。ちぇっ)
薬草採りのモブ少女に転生したジェナは、さらにもう一つ、小説には書かれていないレアな情報をダンから聞いていた。まだ熟していない青い実は、媚薬成分が薄く、ただ相手に好意を抱くだけだということを。
名付けて友愛の実。赤い実にはまだ早い子どもに、ピッタリのおやつだ。
ただし、赤い実も青い実も、採りたてホヤホヤを食べないと効果がない。つまりテイクアウト不可のため、少年と一緒に洞窟へ行って、仲良くさくらんぼ狩りをしないといけないのだ。
『役に立たねえ実しかないんだから、滝には近付くなよ! おっかねえ魔物に食われちまうぞ!』
ダンにはそう注意されていたが、とりあえず行くしかないと、ジェナは簡単に決意した。
さっそく次の日、ジェナは少年とともに、滝までやって来た。
『じいちゃんの腰痛に効く実が滝の洞窟にあるんだけど、魔物がいて近付けないの。心配かけるといけないから、じいちゃんには内緒で協力して』
と、少しだけ最低な嘘をついて、少年を誘い出したのだ。
「こっち! この洞窟の奥にあるのよ」
ジェナが手招きすると、少年は辺りを警戒しながらやって来る。いかにも怪しい洞窟を覗き、訝しげに言った。
「その実、本当に効果があるんだろうな?」
「うん! そりゃあもう!空が飛べるくらい、腰が軽くなるらしいわよ」
「実を食べてから、どれくらい効果が持続するんだ? じいさんのためとはいえ、ここまでの危険を冒す価値が、本当にあるんだろうな?」
少年の問いに、ジェナは、はたと気付く。赤い実を食べたヒーローとヒロインは、半日ほどで我に返っていた。ならば青い実も同じくらいだろうと。
たとえ半日お友達になったところで、意味があるのだろうか……という考えを、ジェナは慌てて振り払う。
(とにかくきっかけが大事よ! 半日でも仲良くなれれば、何かが変わるかもしれないし)
「……危険を冒す価値? あるある! 一度食べれば、効果は半永久的に続くらしいんだから! だから余計なことは考えないで、さっさと採っちゃいましょう。もし魔物が現れたら、あなたが囮になって注意を引き付けてね。その間に、私がこの吹き矢で眠らせるから!」
見覚えのある矢筒に、少年の背筋はぞわりとした。
洞窟へ足を踏み入れれば、やはり奥から甘い香りが漂ってくる。ウキウキと進むジェナとは反対に、少年は手拭いで鼻を覆いながら慎重に進んだ。
狭い穴を進んだ先、急に開けた広い空間には、さくらんぼそっくりの木がたくさん生えていた。
「これこれ! この実よ!」
ジェナは木に駆け寄り、未熟な青い実を、迷わず枝から採る。そして、ニコイチの一つを指でぷつんと捥ぎ、少年の美しい口元へ差し出した。
「はい♡ お食べ♡」




