6 治らない傷
この世界では医師の診察費は非常に高額だ。
治療内容によって異なるが、一人当たりが国に納める一年分の税金と変わらぬ額を請求されることが多い。
そのため医師の診察を受けられるのは貴族などの金持ちに限られ、税金に喘ぐ貧しい平民らは、安い薬や薬草等で凌いでいた。
ジェナの祖父ダンが作る薬は高品質だったが、高く売り付けたい貴族らには、学のない平民が作った薬など見向きもされなかった。
一方平民らは安価で質の良いダンの薬を重宝していたが、何だかんだで情に脆いダンが、時にはタダ同然の値で売ってしまうため、儲けにはならなかった。
という訳で、祖父一人孫娘一人、厳しい生活を送っていたダン一家だが、なんとたった半年で、マオ少年の治療費を貯めてしまった。
その理由として、ジェナが今までの何倍も薬草採りに励んだこともあるが、何よりマオとサクラが家に来てから、家計が驚くほど楽になったからだ。
マオは薬草採りの勘がよく、貴族にも売れる高価な薬草を見つけて採ってくるし、サクラも森から難なく食料を調達したり、皆が仕事に集中できるようにと家事を担ってくれている。
特に、サクラの全身を覆う二色の鱗が、驚くほどの利益をもたらした。
空色の方は冷湿布、桜色の方は温湿布のような効能があり、ひと月ほど効果が持続するのだ。
いくらでも生えるからと、気前良く剥がしてはジェナにくれるサクラ。滅多に手に入らない、凶暴な半魚魔のレアな湿布は、ダンの腰痛を和らげただけでなく、たった一枚でひと月分の食費と生活費に相当するほど高値で売れた。
日々豊かになっていく食卓に、痩せ細っていたジェナもマオも肉付きがよくなっていった。
マオはこの半年ほどで背丈もぐんと伸び、もう拾った時のあの背負い籠には入れないほど成長していた。
今夜もサクラが滝壺から採ってきた、新鮮なタコ料理が食卓に並ぶ。タコ焼きもどきをハフハフと頬張りながら、ダンもいくらかふっくらとした顔で言う。
「サクラ、お前は本当に料理がうまいな! 野菜も生き物も無駄にせず最後まで使いきるし、栄養価も高くて味もいい。ジェナ、お前ほんとにいいもん拾ったなあ」
「へへっ♪」
「キュキュッ♪」
「マオも最近では、儂らよりずっと薬草採りがうまいし、草の下処理も手際がいい。いやあ、こりゃあっという間に、薬草風呂の元を取っちまうかもな」
「だから言ったでしょ、じいちゃん! このコを育てたら、いつか元が取れるって」
「ははっ! ジェナ、お前宝探しの天才だ!」
「キュキュルン!」
笑い合う三人を余所に、マオはどこか浮かない顔でタコの唐揚げを咀嚼する。静かに飲み込むと、フォークを置きダンに向かい合った。
「……あの、元を取り終えても、しばらくここに居させてもらえ……ませんか? 俺、他に行く所がなくて。今まで以上に働きますから」
するとダンは、目をぱちくりさせながら答える。
「当たり前だろ。この国は、子どもが一人で生きていけるほど甘くねえ。お前は充分働いてくれてるんだし、大威張りでここにいればいいんだ。んで少しずつ金貯めて、いつか自分のタイミングで自立すりゃあいい。な?」
緊張した顔をホッと緩め、「ありがとうございます」と礼を述べるマオに、ジェナは叫ぶ。
「そうよ! 大人になるまで、ここでいいコにしてなさい。お外はいろいろと危ないんだから!」
(まだ溺愛の『で』の字も始まってないのに。逃げられちゃ困るわ!)
友愛の実を握り潰し、汁を唐揚げにかけるジェナ。ニタリと微笑むそのいやらしい目に、マオの顔がひきつった。
「それよりマオ、今度街に行って、お医者さんに顔の傷を診てもらいましょう? お金は充分に貯まったから、高度な治療だってちゃんと受けられるわよ」
再び浮かない顔で口を開きかけるマオだが、それより先にダンが言った。
「駄目だ。街はまだ危ねえ。ただでさえマオは目立つんだから」
ああ、そうかとジェナは理解した。
ヒーローが逃げてきた奴隷であることは小説に書かれていたし、ダンからもざっくりと事情は聞いている。予定より早く診察費が貯まってしまったため、つい気持ちが焦ってしまったが、マオが逃げて来てからまだ半年ほどしか経っていない今、人目のある街へ出るのは非常に危険だ。
それに、奴隷商の背後には大抵貴族がいる。身分制度が絶対のこの世界で、平民のダンたちではマオを守りきることができない。下手すれば、貴族に逆らった罪で牢屋行きだ。
ジェナはまたもや罪悪感に襲われる。小説のヒロインは伯爵令嬢で、初手で追手に見つかったヒーローを、身分と財力で守りきったからだ。
(比べて自分は、身分なし金なしのモブだからなあ。奴隷を一人解放するには、診察費なんて比較にならないほどの大金が必要だし。いくら家計が潤ってきたとはいえ、あと何年かかることやら)
難しい顔で酸っぱい唐揚げを頬張るジェナを見て、マオはぽつりと呟く。
「……医師の診察は受けなくていいよ。どうせ治らないんだから、金がもったいない」
「え?(キュ?)」と訊き返す三人に、マオは淡々と語る。
「傷ができてすぐに、ご主人様……奴隷商の主が、俺を医師に診せたんだ。顔は大事な売り物だからって。高い治療費を払って治癒魔法も受けたけど、結局治らなかったし、治せない原因もわからなかった。だから、街には行かない。……傷が治っても、見つかって連れ戻されたら意味がないし」
これ以上は言いたくないというふうに口をつぐむマオに、結局傷ができた経緯は訊けずじまいだった。
タコのマリネを掻き込んではゴホゴホとむせるマオを、三人は黙って見守っていた。
それからジェナはずっと考えていた。
医師もお手上げの顔の傷を治したヒロインは、やはり別格なのだと。
(いずれ聖女になるようなフラグも立ってたしなあ。治癒魔法を使えるだけでもすごいのに、SS級なんて……どう逆立ちしても敵わないや)
やはりいつかはヒロインに接触して、マオの傷を治してもらわなければいけないのかと考えれば、ジェナは気が滅入る。
(ヒロインに会わせる前に、さっさと溺愛されとかないと。間違いが起こったら大変だわ!)
日焼けした黒い顔にアロエクリームを塗り込んでは、美しくなれ! 少しでもヒロインに近付け! と鏡を睨んでいた。
安全な森の中で、ひっそりと暮らすことを選んだマオ。そんな彼の元に危険が迫っていることを、この時のジェナはまだ知らなかった。




