第7話 眠る武器
巨大な盾と黒い剣。
どちらも、この場所には不自然なくらい綺麗に残っていた。
俺はすぐには近づかなかった。まず部屋の周囲を歩き、床、壁、天井を灯りの届く範囲で確認する。
大盾と黒剣が置かれている場所だけ、壁の白い線が多い。
模様なのか。
何かの仕掛けなのか。
分からない。
部屋の奥には、大きな扉らしきものもあった。
壁と同じ黒い材質でできていて、中央で左右に分かれている。取っ手は見当たらない。押しても引いても動かなかった。
「……これが出口なら楽なんだけどな」
返事はない。
扉の周囲にも、同じ白い線が走っている。
そして、その線を目で追っていくと。
大盾と黒剣のある場所へ繋がっていた。
「関係あるのか?」
武器を持ち出したいわけじゃない。
でも、この部屋から出る手がかりがあるとしたら、今見つけられるのはこれくらいだった。
まずは大盾を見る。
黒剣よりは危険が少なそうに見えた。刃もないし、台座の形も単純だ。
もちろん。
見た目だけで安全とは決められない。
俺は大盾の周りを1周し、床に沈み込みや細い隙間がないか確認する。
何もない。
壁も。
変化なし。
短剣の鞘で、大盾の台座を軽く叩いてみる。
反応はない。
「……触るぞ」
誰に言うでもなく呟く。
盾の正面には立たない。
少し横へずれた位置から手を伸ばし、縁へ指先を触れた。
何も起きなかった。
少し待つ。
冷たい。
ただの金属みたいな感触。
「……何も」
そう言いかけた時。
掌が震えた。
「っ!」
反射的に手を離そうとした。
離れない。
いや。
貼りついているわけじゃない。
自分の腕が、一瞬だけ言うことを聞かなかった。
細かな振動が掌から腕へ走る。
心臓が強く鳴った。
ドクン。
耳の奥で高い音が響く。
視界の端が白く染まった。
周囲の音が遠ざかる。
その中で。
意味の分からない言葉が、頭の奥へ落ちてきた。
《接続……》
途切れる。
次に。
《第一……》
そこまで。
何かを聞いた。
でも、意味は分からない。
「何だ……これ」
次の瞬間、腕が動いた。
俺はすぐに大盾から手を離した。
数歩下がる。
耳鳴りは残っている。
息を整える。
床。
動いていない。
壁。
変化なし。
白い線も、光っていない。
俺自身も。
痛みが増えたわけじゃない。
ただ。
さっきまでなかった感覚が残っている。
盾が。
そこにある。
そんなことは見れば分かる。
でも。
見なくても位置が分かるような。
変な感じだった。
『おい』
「……?」
声がした。
『おい。聞こえてんのか、小僧』
「っ!」
短剣を抜き、振り返る。
誰もいない。
部屋の入口。
動きなし。
奥の扉。
動いていない。
「誰だ!」
『誰だとは何だ! 人に聞く前に、まずその物騒なもん下ろせ!』
声は大きい。
近い。
なのに。
どこから聞こえているのか分からない。
「姿を見せろ」
『見せてるだろうが!』
「どこに」
『目の前だ!』
目の前。
あるのは。
大盾。
「……盾?」
『そうだ!』
即答だった。
俺はしばらく黙った。
『なんだその顔は』
「いや……」
何を言えばいいんだ。
盾が喋っている。
そうとしか聞こえない。
「お前、盾なのか?」
『見りゃ分かるだろ』
「喋る盾を見たことがない」
『それはお前の経験が足りん』
「そういう問題か?」
『そういう問題だ』
自信満々だった。
声だけなのに、それが分かる。
その時。
大盾の横で空気が揺れた。
「……?」
灯りを向ける。
何かいる。
最初に見えたのは肩だった。
次に腕。
大きい。
人の形。
でも。
向こうの壁が透けて見える。
「……人?」
『やっと見えたか』
輪郭が少しずつはっきりする。
筋肉質な身体。
髭。
大柄な男。
半透明。
どう見ても普通じゃない。
「……盾から、おっさん」
『誰がおっさんだ!』
声がさらに大きくなった。
「じゃあ何なんだよ」
『俺様はベルだ。覚えとけ』
「ベル?」
『そうだ』
ベル。
名前だけは分かるらしい。
「ここがどこか分かるか?」
『知らん』
「……は?」
『知らんもんは知らん』
「なんでここにいる?」
『覚えてねえ』
「誰が置いた?」
『知らん』
「どのくらい眠ってた?」
『それも分からん』
俺は大盾と、半透明の男を交互に見る。
大声。
自信満々。
でも。
思ったより何も知らない。
「……お前、本当に大丈夫か?」
『何がだ』
「何でもない」
『おい』
少しだけ。
緊張が抜けた。
それが良かったのかどうかは分からない。
◇
『で、そっちにも触れろ』
ベルが顎で黒剣を示した。
「何で」
『あいつもいる』
「あいつ?」
『……あー』
ベルが眉を寄せる。
何かを思い出そうとしているように見えた。
『知ってる気がする』
「気がする?」
『細けえことは分からん』
「ますます信用できないんだけど」
『いいから触れ』
「よくない」
俺は黒剣を見る。
さっきより、少しだけ不気味に感じる。
「大盾に触っただけでも、何が起きたか分からないんだぞ」
『俺様がいるだろ』
「その俺様が何も分かってない」
『ぐっ』
黙った。
そこは認めるらしい。
俺はもう1度、部屋を確認した。
奥の扉は閉じたまま。
白い線も変わっていない。
黒剣の周りにも、同じ線が集まっている。
触る理由はある。
安全とは言えない。
でも。
何もしなければ、この部屋から出る手がかりも増えない。
「……触るだけだ」
『おう』
「何か起きたら離れる」
『好きにしろ』
黒剣へ近づく。
今度は最初から正面には立たず、少し横へ。
刃には触れない。
柄へ手を伸ばす。
握った。
冷たい。
ベルの時とは違う。
振動はない。
むしろ。
音が消えた。
「……」
自分の呼吸も。
ベルの声も。
何も聞こえない。
静かすぎる。
指先から、細い何かが胸の奥へ伸びた。
痛くはない。
でも。
身体の中に、自分じゃない線が1本通ったような感覚だった。
そして。
今度は、さっきよりはっきりした言葉が落ちてくる。
《第二兵装》
それだけ。
意味は分からない。
ただ。
聞き間違いじゃない。
『……適合』
声がした。
小さい。
ベルとは真逆だった。
「誰だ?」
黒剣の横。
そこに。
影が立っていた。
黒髪。
小さな身体。
12歳くらいに見える少女。
ベルと同じように半透明だった。
表情はほとんど動いていない。
「お前も……武器なのか?」
『……そう』
短い。
「名前は?」
『クロ』
「クロ」
少女が俺を見る。
いや。
見ているように見える。
「ここがどこか分かる?」
『分からない』
「なんで俺に声が聞こえる?」
『分からない』
「何でここにいた?」
『分からない』
『さっきからそればっかりじゃねえか!』
ベルが割り込んだ。
クロがゆっくり顔を向ける。
『ベル。うるさい』
『お前、そこは覚えてんのか!』
『うるさい』
「……知り合いなのか?」
2人を見る。
ベルが腕を組んだ。
『知ってる気はする』
「またそれか」
『仕方ねえだろ。抜けてんだよ、色々』
クロを見る。
「クロは?」
『……知ってる』
「ベルを?」
『たぶん』
『たぶんかよ!』
『うるさい』
また同じやり取りになった。
俺は少しだけ頭が痛くなってきた。
◇
黒剣の柄を握ったまま、少し持ち上げてみる。
「……軽い?」
いや。
軽いわけじゃない。
普通の剣くらいの重さはある。
ただ、妙に手に馴染む。
握る位置を探さなくても、自然と収まりがいい場所が分かる。
だからといって、剣の使い方まで分かるわけじゃない。
俺は剣士じゃない。
振れば上手くなるなんてこともなさそうだ。
黒剣を元の位置へ戻す。
次に大盾へ手をかけた。
「……持てるのか?」
『当然だ』
「お前が持つんじゃないのか?」
『俺様がどうやって持つんだ』
半透明のベルが自分を指さした。
確かに。
身体があるようには見えない。
俺は大盾の取っ手を握り、力を入れた。
「っ……」
重い。
でも。
上がる。
この大きさから想像していたよりは、ずっと軽い。
それでも巨大な盾なのは変わらない。腕と肩にはしっかり重さがかかるし、持ち上げれば視界もかなり塞がる。
「持てる……」
『当たり前だろ。俺様だぞ』
「それ、説明になってない」
『細けえな、小僧』
俺は盾を下ろした。
まだ。
何が起きたのか、ほとんど分かっていない。
ベル。
クロ。
喋る武器。
半透明の姿。
それに、頭へ落ちてきた意味不明な言葉。
でも。
今一番必要なのは、そこじゃない。
「とにかく、ここから出たい」
ベルを見る。
「帰り道、分かるか?」
『分からん』
「即答だな」
『分からんもんは仕方ねえ』
クロを見る。
「何かできることはあるか?」
クロは少しだけ首を傾けた。
『命令を』
「……命令?」
『うん』
「いや、そうじゃなくて」
言いかけて、止まる。
クロの表情は変わらない。
冗談で言っているようには見えなかった。
「……今はいい」
『そう』
それ以上、クロは何も言わなかった。
妙に引っかかったけど、今ここで考えても答えは出ない。
「他に出口を探す」
『それしかねえな』
ベルが部屋の奥を見る。
クロも同じ方向へ顔を向けた。
その直後。
ほんの少し。
眉が動いた。
「どうした?」
『……嫌』
「嫌?」
クロは奥の通路を見たまま答える。
『そっちは、嫌』
「理由は?」
『分からない』
『またそれか』
ベルが呟く。
俺は奥の通路を見る。
何も見えない。
でも。
クロが何かを感じている。
それだけは分かった。
「じゃあ、別の道を探す」
そう言った時。
カツ。
音がした。
俺はすぐに動きを止めた。
遠い。
通路の向こう。
石を踏んだような音。
灯具へ手を伸ばし、光を隠す。
『……おい』
ベルの声が低くなった。
さっきまでの大声じゃない。
クロが暗闇を見つめる。
『来る』
カツ。
もう1度。
今度は。
1つじゃなかった。




