↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ I 始まりの迷宮 ~レベル1の少年と眠れる二つの古代武装~』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/60

第6話 地図の外

 痛みで目が覚めた。


 右肩が熱を持ったように疼き、背中にも鈍い痛みが残っている。左膝にも違和感があり、息を吸うと胸の奥が少しだけ苦しかった。


 すぐに起き上がるのはやめた。まず指を動かす。右手、左手。どちらも動く。次につま先を動かし、足首をゆっくり回した。左膝は痛むけど、関節そのものは問題なさそうだ。


 頭にも触れてみる。額、側頭部、後頭部。血はついていない。吐き気もない。


 少なくとも、動ける。


「……生きてるな」


 声にすると、ようやく少し実感が湧いた。


 崩れた床。縁へ引っかけた指。身体を引き上げようとして、捨てた荷物。それでも崩れた石。


 そして、落下。


 俺は身体を横向きにしてから、ゆっくり上体を起こした。右肩に痛みが走る。手のひらには擦り傷があり、左膝にも軽い痛みが残っている。


 それでも、立てないほどじゃない。


 問題は周りだった。


 何も見えない。


 本当に、何も。


 落ちる途中で灯りが外れたのは覚えている。小さな光は俺より先に暗闇へ消えていった。


「予備……残ってるか」


 腰回りを探る。


 大きな荷物は落としたけど、身体へ直接固定していた小袋は残っていた。包帯。火口箱。少量の水。折れ曲がった地図。それから、小型の簡易灯具。


 何度か火を起こし、ようやく灯具に明かりがついた。


 橙色の光が、暗闇をほんの少しだけ押し返す。


 見えるのは足元と、その周囲だけだった。灯りを高く掲げても天井は見えない。壁も近くにはなさそうだ。


「誰かいるか!」


 声を張る。


 返事はない。


 少し遅れて、自分の声だけが遠くから返ってきた。


「……広いな」


     ◇


 立ち上がる前に、残っている物をもう1度確認した。


 短剣。少量の水。包帯。火口箱。簡易灯具。地図。


 食料は一部なくなっている。でも、完全に失ったわけじゃない。


 右肩をゆっくり回してみる。痛むが、腕は上がる。左膝も体重をかければ少し痛い程度だった。


 歩ける。


 次に確認するべきなのは、帰り道だ。


 灯りを頭上へ向ける。


 落ちてきた穴らしきものは見つからない。天井が高すぎるのか。それとも落ちた時に位置がずれたのか。


 判断できる材料がなかった。


 周囲を少し歩くと、ようやく壁へ行き当たった。


 手を触れる。


 冷たい。


 でも、いつもの迷宮の石壁とは感触が違う。表面が妙に滑らかで、石のざらつきがほとんどない。指をかけられそうな隙間も見つからなかった。


「登るのは無理そうだな」


 ここで救助を待つことも考えた。


 ギルドには帰還予定時刻を伝えてある。戻らなければ、そのうち捜索隊が出るはずだ。


 ただ、さっきまで通っていた道を思い出すと、それだけを当てにするのは怖かった。


 いつもならすぐ着くはずの角が妙に遠くなり、覚えていた壁の傷が消え、地図にない脇道まで現れた。


 しかも、振り返った時には、その道さえなくなっていた。


 あそこを捜索隊が同じように通れる保証はない。


 なら、ここで何もせず待つのも危ない。


 地図を開く。


 当然、今いる場所は載っていなかった。


 それでも捨てる気にはならない。


 余白へ木炭で書き込む。


 現在位置、不明。


 3階より下と思われる。


 落下地点。


 今は、それしか分からない。


「……周りだけ見るか」


 遠くまでは行かない。


 戻れる範囲だけ調べる。


 目的は、安全な場所と帰路の手がかり。


 それだけだ。


     ◇


 歩き始めて、すぐに足音が違うことに気づいた。


 カツ、カツ、と靴底の音が硬く返ってくる。


 ルーメン迷宮なら、もっと音が籠もる。湿った石や土が音を吸うからだ。


 ここには、あの湿り気がない。


 灯りを壁へ向ける。


 黒に近い表面が鈍く光った。


「……石じゃない?」


 近づいて見る。


 金属に近い。


 少なくとも、俺の知っている迷宮の壁とは違う。


 継ぎ目は少なく、ところどころに細い白線が走っている。その間には、文字とも模様ともつかない刻印が残されていた。


 読めない。


「誰かが作った場所……なのか?」


 そう見える。


 でも、それだけだ。


 誰が作ったのかも、何のための場所なのかも分からない。迷宮の一部なのか、それともまったく別の場所なのか。


 決めつけるには情報が足りない。


 分かるのは。


 いつものルーメン迷宮とは違う。


 それだけだった。


 俺は地図の余白へ、進んだ方向と曲がった回数を書き込みながら歩いた。戻るための目印を探したけど、壁は似たものばかりで使えそうな傷も少ない。


 床は妙に平らだった。


 埃は積もっているのに、壁も床も驚くほど壊れていない。金属らしい表面にも、目立った腐食は見当たらなかった。


 古そうなのに。


 壊れていない。


 そのことだけ覚えておく。


 通路は静かだった。


 水滴の音も。


 魔物の鳴き声も。


 何も聞こえない。


 湿った土の匂いもなく、代わりに古い埃と冷たい金属みたいな匂いが残っている。


 何もいない。


 それが逆に落ち着かなかった。


 その途中。


 足元が、ほんの少し沈んだ。


「っ」


 すぐに止まり、後ろへ下がる。


 さっきの崩落が頭をよぎった。


 数秒待つ。


 何も起きない。


 灯りを床へ向けると、黒い床の一部が少し低くなっているだけだった。


 壊れているのか。


 何かの仕掛けなのか。


 分からない。


 近くに落ちていた細い破片を拾い、前方の床を何度か押してみる。


 反応はない。


 俺は沈んだ場所だけを避けて進んだ。


 罠だとは決めない。


 安全だとも決めない。


 分からないなら。


 分からないまま扱う。


     ◇


 しばらく進むと、通路の先が大きく開けた。


 俺は入口で足を止め、灯りを掲げる。


 広い部屋だった。


 奥までは光が届かない。


 その中央付近に、大きな影がある。


 壁際から離れすぎないよう、ゆっくり近づく。


 少しずつ形が見えてきた。


 盾だった。


「……でかい」


 大盾。


 俺の身体なら、ほとんど隠れてしまいそうな大きさがある。


 黒鉄色の表面には埃が積もっているのに、目立った錆も欠けもなかった。


 こんなもの、本当に人が持つのか。


 最初に浮かんだのは、それだった。


 何のためのものなのかは分からない。


 ただ。


 この場所と同じように、妙なくらい綺麗に残っている。


 そして、大盾から少し離れた場所に。


 もう1つ影があった。


 灯りを向ける。


 剣だ。


 黒い剣。


 盾ほど大きくはない。形だけなら、こっちの方がずっと普通の武器に近い。


 なのに。


 なぜか目を離しにくかった。


 刃へ灯りを向けても、ほとんど光を返さない。


 黒というより。


 光そのものを吸っているように見える。


 部屋の中央に。


 大盾と黒剣。


 2つだけが並んでいる。


 偶然ここへ置かれたようには見えなかった。


 俺は1歩だけ近づいた。


 その瞬間。


 壁を走る白い線が、ごく薄く光った。


「っ」


 すぐに止まり、短剣へ手をかける。


 床は動かない。


 壁にも変化はない。


 音もしない。


 数秒後。


 白い光は、何事もなかったように消えた。


「近づいたから……?」


 分からない。


 それとも、偶然か。


 なら。


 まだ触らない。


 まず部屋の周囲を確認する。別の出口があるのか。危険なものがないのか。


 それが先だ。


 そう決めて。


 黒剣から視線を外しかけた。


 灯りが揺れる。


 その光が、黒い刃へ映った。


 一瞬。


 何かがいた。


「……え?」


 自分の顔じゃない。


 黒い影。


 人の形にも見える、何か。


 反射的に振り返る。


 誰もいない。


 静かな部屋。


 そこにいるのは俺だけだった。


 もう1度。


 黒剣を見る。


 何も映っていない。


 ただ、黒い剣がある。


 その隣には。


 巨大な盾。


 地図にもない場所で。


 2つの武器だけが、静かにそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。