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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

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第59話 終わらせる

 継ぎ獣の胸の奥で、黒い核が脈打っていた。


 白い線とは別だ。


 あれが本体なのか。それとも、あれを壊せば終わるのか。確信なんてない。


 でも。


『あそこ』


 クロが言う。


「うん」


 俺は黒槍を構え直した。


 右足を後ろへ。


 左足を前へ。


 穂先を低く。


 剣の時みたいに振らない。左手で狙いを合わせ、右手で押し出す。


 狙うのは、開いた甲殻の奥。


「フィア」


「見えてる」


「セイル」


「いつでも」


 俺はベルを左側へ構える。


『小僧』


「何?」


『今度こそ、変なところ刺すなよ』


「最初から変なところ刺してない」


『俺様にはそう見えた!』


「あとで言い合おう」


『勝ったらな』


「うん」


 短く息を吐く。


 継ぎ獣がこちらを見る。


 右脚を庇っている。


 胸の甲殻は開いたまま。


 でも、その奥の白い線がまた強く光った。


 ビクッ、と継ぎ獣の身体が跳ねる。


「また……」


 フィアが顔をしかめた。


 白い線が脈打つたびに、継ぎ獣の背中が不自然に反る。


 自分で動いているようには見えない。


 次の瞬間。


 継ぎ獣が吠えた。


 身体を引きずるように前へ出る。


「来る!」


 フィアが矢を放つ。


 右後脚。


 継ぎ獣は避けた。


 でも着地で沈む。


「セイル!」


「はい!」


 風が横から入る。


 今度は倒そうとしない。


 沈んだ右側へ、ほんの少し押す。


 継ぎ獣の身体が傾いた。


「今!」


 俺は走る。


 黒槍を腰の横へ引く。


 間合いの外。


 まだ届かない。


 あと1歩。


 継ぎ獣がこちらを見る。


 知っている。


 もう黒槍の間合いを覚え始めている。


「っ!」


 継ぎ獣が後ろへ跳ぶ。


 届かない。


「逃げた!」


『違う』


 クロ。


「え?」


『右』


 考える前に右へ踏む。


 直後。


 継ぎ獣の前脚が、さっきまで俺がいた場所を薙いだ。


「読ませたのか」


『うん』


 俺が核を狙う。


 継ぎ獣もそれを知った。


 だから逃げたふりをして、こっちが踏み込む場所へ爪を置いた。


「もう普通に突くだけじゃダメだな」


『うん』


「次どうする?」


『まだ』


 クロの声は落ち着いている。


 俺は黒槍を引いた。


 無理に行かない。


 フィアも次の矢をすぐには撃たなかった。


 セイルも風を止める。


 一度、離す。


 継ぎ獣が俺たちを見る。


 胸の核。


 右脚。


 白い線。


 全部が見えているのに。


 決め手だけが通らない。


「フィア」


「何?」


「右脚、まだ狙える?」


「狙える。でも次はたぶん避け方を変える」


「セイルは?」


「風を身体へ当てるのも、そろそろ慣れられています」


「ベル」


『俺様に聞くな。殴られたら受ける!』


「それは分かりやすい」


『だろう!』


 でも。


 それでいい。


 全員が同じやり方を続ける必要はない。


「じゃあ、俺が動かす」


「どうやって?」


「まだ分からない」


 フィアが一瞬だけ俺を見る。


 それから。


「了解」


 継ぎ獣が動いた。


 今度は俺じゃない。


 セイル。


「来ます!」


 セイルが右へ動く。


 継ぎ獣が追う。


 風を使うと思っている。


 でもセイルは使わない。


 普通に走る。


「こっちです!」


 訓練場の中央へ。


 継ぎ獣が追う。


「セイル、近い!」


「承知しています!」


「本当に!?」


「たぶん!」


「たぶん!?」


 フィアが矢を放つ。


 継ぎ獣は避ける。


 その先へセイルが風を入れた。


 敵へじゃない。


 地面の砂。


 視界が少しだけ曇る。


「ルカ君!」


「分かった!」


 俺は黒槍を構えたまま走る。


 でも核へは行かない。


 狙うのは左肩。


 継ぎ獣が反応する。


 避ける。


 そのために。


 右脚へ体重が乗る。


「フィア!」


「今!」


 矢が飛ぶ。


 右脚へ。


 継ぎ獣がさらに避ける。


 また右へ負担。


「ベル!」


『おう!』


 俺は進路へベルを差し込む。


 大盾を正面へ押し出した。


 継ぎ獣が左へ逃げる。


 そこには倒れた支柱。


「止まった!」


 ほんの一瞬。


 それだけ。


『今』


 クロ。


 俺は黒槍を引く。


 左手で狙いを合わせる。


 胸。


 開いた甲殻。


 その奥。


 黒い核。


 右手を押し出す。


「届かせる!」


『うん!』


 黒い穂先が入る。


 継ぎ獣が身体を捻った。


 完全には避けられない。


 穂先が核へ触れる。


「入った!」


 でも止まった。


「硬い……!」


 核の表面。


 黒い膜みたいなものに穂先が食い込んでいる。


 貫けない。


『押して!』


「やってる!」


 柄を両手で押す。


 足を踏ん張る。


 継ぎ獣が暴れる。


「ルカ!」


 フィアの声。


「まだ!」


 継ぎ獣の前脚が上がる。


 俺へ。


『小僧!』


 ベルの声が飛ぶ。


 俺はすぐ左腕を引き、ベルを攻撃線へ割り込ませた。


 ガンッ!


 爪が大盾へぶつかる。


『ぐっ……!』


「ベル!」


『押せ!』


「でも!」


『こっちは俺様が持つ!』


 ベルの声が響く。


『今度は、ちゃんと全員で帰るんだろ!』


「……うん!」


 黒槍を押す。


 核の膜が軋む。


 ミシッ。


 でもまだ足りない。


「セイル!」


「補助します!」


 風が俺の背中へ入る。


 強く吹き飛ばす風じゃない。


 身体が前へ崩れないよう、押す方向だけを支える。


 ほんの少し。


 でも、その少しが大きい。


「フィア!」


「分かってる!」


 矢。


 右後脚。


 継ぎ獣の踏ん張りが崩れる。


 身体が沈む。


「今だ!」


 槍を押す。


 黒い膜が割れた。


 バキッ。


「入った!」


 穂先が核へ刺さる。


 継ぎ獣の身体が大きく跳ねた。


 声にならない音。


 でも。


 終わらない。


「まだ!?」


『浅い』


 クロ。


「もっと?」


『うん』


 継ぎ獣が暴れる。


 俺はベルを構えたまま押される。


 フィアが距離を取る。


 セイルの風も乱れる。


 そして。


 白い線が強く光った。


「っ!」


 継ぎ獣の身体が反る。


 核へ刺さった黒槍ごと。


 俺の腕が跳ね上げられる。


「うわっ!」


 槍が抜ける。


 俺は後ろへ転がった。


「ルカ!」


「大丈夫!」


 起きる。


 手のひらが痛い。


 黒槍を強く握りすぎたせいで皮が裂けている。


 でも持てる。


「クロ?」


『大丈夫』


「継ぎ獣は?」


 見る。


 立っている。


 でも、おかしい。


 前脚が震えている。


 後脚も。


 胸の核から黒いものが漏れている。


 それ以上に。


 白い線。


 強く。


 強く脈打っている。


「セイル」


「これは……」


 セイルも表情を変えた。


「傷への反応ではありません」


「じゃあ何?」


「分かりません。ただ」


 継ぎ獣の身体がまた跳ねる。


「自身の意思とは別に動かされているように見えます」


 クロが黙っている。


「クロ?」


『こいつが決めてない』


「何を?」


『動くのも』


 白い線。


『食べるのも』


 継ぎ獣が苦しそうに頭を地面へ打ちつけた。


 ドンッ。


 もう1度。


 ドンッ。


 誰かに助けを求めているわけじゃない。


 逃げようとしているわけでもない。


 ただ。


 身体の中の何かに逆らっている。


 そんなふうに見えた。


「……こいつ」


 フィアの声が小さくなる。


「最初から?」


「分からない」


 俺にも。


 クロにも。


 まだ答えはない。


 ただ。


 目の前の継ぎ獣を見ていると、さっきまでとは違って見えた。


 記録を食べて。


 俺たちを襲って。


 街へ出ようとして。


 全部。


 本当にこいつが選んだのか。


『ルカ』


「うん」


『止める』


 クロが言う。


『もう』


 その声には迷いがなかった。


 俺も継ぎ獣を見る。


 胸の核。


 まだ壊れていない。


 このままにすれば、また動く。


 また誰かを襲う。


 それに。


 苦しみ続ける。


「……ごめん」


 誰に言ったのか。


 自分でも分からない。


「終わらせる」


 黒槍を構える。


 継ぎ獣がこちらを見る。


 白い線が光る。


 身体が動く。


 でも前より遅い。


「フィア」


「うん」


「右脚」


「任せて」


「セイル」


「踏み込みを支えます」


「ベル」


『おう』


「今度は俺だけじゃなくて」


『分かってる』


 俺はベルを少し外側へ構える。


『全員見る』


「クロ」


『うん』


「行こう」


『終わらせる』


 継ぎ獣が走った。


 俺も前へ。


 フィアの矢が右脚へ飛ぶ。


 避ける。


 そこへセイルの風。


 踏み込みがずれる。


 継ぎ獣の身体が傾く。


 でも前脚は俺へ来る。


「ベル!」


『任せろ!』


 俺は左腕を振り、ベルを攻撃線へ差し込む。


 大盾に衝撃が走った。


 その瞬間。


 ベルの縁から金色が滲んだ。


 俺の前だけじゃない。


 横。


 フィア。


 セイル。


 少し広い。


 でも。


『ぐっ……!』


 薄い。


 揺れる。


 完全には守れない。


「ベル!」


『見るな! 行け!』


 継ぎ獣の爪が光へ触れ、軌道が少しだけ逸れた。


 それで十分。


 俺はベルを引きながら、その横を抜ける。


 黒槍を引く。


 左手で狙う。


 右手で押す。


 核。


「クロ!」


『そこ』


 突く。


 黒い穂先が胸へ入る。


 さっき割った場所。


 継ぎ獣が避けようとする。


 でも右脚が沈む。


 フィアの矢。


 セイルの風。


 そして、俺が構えたベル。


 全部がほんの少しずつ、継ぎ獣の逃げ道を削っている。


「届いた!」


 黒槍が核へ刺さる。


 今度は止まらない。


「クロ!」


『押して!』


「うん!」


 両手。


 身体ごと。


 前へ。


 黒い核が軋む。


 白い線が激しく光る。


 俺の頭の奥まで、嫌な感覚が走った。


 見られている。


 そんな感じ。


 でも。


「今は」


 槍を押す。


「お前じゃない!」


 黒い核に亀裂が走った。


 継ぎ獣の身体が震える。


 もう一度。


「終わらせる!」


 押し込む。


 核が割れた。


 音は小さかった。


 パキッ。


 それだけ。


 なのに。


 継ぎ獣の身体から力が抜けた。


「……終わった?」


 フィアが息を呑む。


 継ぎ獣が倒れる。


 でもその直前。


 白い線が、最後に強く光った。


「っ!」


 俺たちの方へ。


 違う。


 俺。


 ベル。


 クロ。


 3つをなぞるみたいに。


 白い光が走った。


「何だ、今の」


『見られた』


 クロ。


「また?」


『うん』


「誰に?」


『分からない』


 白い線はすぐ消えた。


 そして。


 継ぎ獣が崩れる。


 大きかった身体が、少しずつ形を失っていく。


 盛り上がっていた後脚。


 厚い肩の甲殻。


 長く伸びた爪。


 全部が、しぼむように小さくなる。


「これ……」


 最後に残ったのは、最初に見たものに近い姿だった。


 小さな黒い生き物。


 測定晶の欠片を咥えて逃げた、あの時の姿。


 動かない。


 フィアが近づきかける。


「待って」


「うん」


 俺たちは少し離れたまま見る。


 小さな身体。


 胸には、もう白い線もない。


 黒い核も。


 動きも。


 何も。


『……食べた』


 クロが言う。


「うん」


『でも』


 少し間。


『食べるように、選ばされた』


 その言葉に。


 誰もすぐ返せなかった。


 俺は黒槍を見下ろす。


「クロ」


『何?』


「戻れる?」


『……分からない』


「無理しなくていい」


『うん』


 黒槍が震える。


 黒い光が薄く滲んだ。


 長い柄。


 細い穂先。


 少しずつ形が崩れる。


 やがて。


 いつもの黒剣へ戻った。


『疲れた』


「俺も」


『手』


「あ」


 言われて気づく。


 両手のひらに血が滲んでいた。


「大したことない」


「その台詞、治療する側としては聞き捨てならないですね」


 セイルが近づいてくる。


「今やる?」


「今です」


「戦い終わったばっかりなのに」


「だからです」


 フィアがその場へ座り込む。


「私も賛成」


「フィアまで」


「肩も見てもらう」


「掠ってたもんな」


「浅いけどね」


 ベルの声が聞こえない。


「ベル?」


『……いる』


「大丈夫?」


『知らん』


「またそれ?」


『ちょっと黙らせろ。疲れた』


「うん」


 少しだけ声が弱い。


 それでも。


 いる。


 クロも。


 フィアも。


 セイルも。


 全員。


 俺は息を吐いた。


 終わった。


 たぶん。


 でも、胸の奥にはまだ嫌な感覚が残っている。


 最後の白い光。


 俺とベルとクロをなぞったもの。


 継ぎ獣が消えても。


 あれだけは、終わっていない気がした。

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