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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

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第56話 俺だけを守るな

 継ぎ獣が踏み込んだ瞬間、最初に狙われたのは俺じゃなかった。


「セイル!」


 黒い身体が地面を蹴る。


 セイルは後ろへ下がらず、右手を振って足元へ細い風を走らせた。継ぎ獣の前脚がわずかに浮き、踏み込みがずれる。


 その隙へフィアの矢が飛んだ。


「こっち!」


 狙ったのは継ぎ獣じゃない。


 地面。


 矢尻が石へ当たり、甲高い音が響く。継ぎ獣の頭が一瞬だけそちらを向いた。


「今!」


 俺は右から入る。


 クロを肩の甲殻へ振るが、当たる直前に継ぎ獣が身体を沈めた。


「もう読んでる!」


 黒剣が空を切る。


 次の瞬間、尾が横から迫った。


『右!』


「っ!」


 ベルを引き寄せる。


 衝撃が大盾を叩き、腕から肩まで痺れた。足が半歩滑る。


「ルカ!」


「平気!」


 継ぎ獣は追撃してこなかった。


 すぐ離れる。


 違う。


「フィア!」


 俺を攻撃すると見せて、そのままフィアへ向かっている。


「見えてる!」


 フィアが横へ跳ぶ。


 継ぎ獣も追う。


 左へ切れば左。


 右へ変えれば右。


 後脚の使い方まで、さっきより速く合わせてくる。


「しつこい!」


 フィアは弓を背へ回し、短剣を抜いた。


 近づいてくるなら近接で崩すつもりなんだろう。


 でも。


「フィア、待って!」


 継ぎ獣の肩が沈んだ。


 突進じゃない。


「下!」


 フィアがしゃがむ。


 黒い爪が頭上を通り過ぎた。


 避けた。


 そう思った直後、継ぎ獣の身体がさらに沈み込む。


「え」


 肩からの体当たり。


 近い。


 避けきれない。


「ベル!」


『分かってる!』


 俺は走った。


 間に入れる。


 そう思った瞬間、継ぎ獣が前脚で地面を蹴る。狙いが変わった。


 今度は俺。


「っ!」


 ベルを上げる。


 爪を受ける。


 重い。


 足がさらに押し戻された。


『小僧! 下がれ!』


「フィアは!?」


『先にお前だ!』


「違う!」


 継ぎ獣がもう一度ベルへぶつかる。


 俺が押される。


 フィアとの距離が開く。


「ルカ!」


「大丈夫!」


 また同じだ。


 ベルは俺を守っている。


 間違ってない。


 俺を守る。


 持ち主を守る。


 自分がどれだけ削られても、俺だけは後ろへ通さない。


 ベルにとって、それはただの役割じゃない。


 たぶん、ずっとそうやって存在してきた。


「ベル!」


『なんだ!』


「俺だけ見んな!」


 ベルの声が止まった。


『……何だと?』


 怒った声ではなかった。


 聞き間違えたみたいな声だった。


「フィアもいる!」


『んなこと分かってる!』


「セイルもいる!」


『分かってるって言ってんだろ!』


 ベルの声が荒くなる。


 でも、いつもの勢いだけじゃない。


 何かを否定されたような苛立ちが混じっていた。


『だから俺様は、お前を守ってんだ!』


「だから違う!」


『何が違う! 俺様は盾だ! お前が持ち主で、お前を守るためにここにいる! それの何が悪い!』


 胸を殴られたみたいだった。


 ベルにとって。


 それは当たり前だったんだ。


 自分が盾であること。


 俺を守ること。


 そこに迷う理由なんてなかった。


「悪くない」


『だったら!』


「でも、それだけじゃ足りないんだ!」


 継ぎ獣が離れる。


 今度こそフィアへ向いた。


「フィア!」


 フィアも逃げる。


 でも後ろには壁。


 右には訓練用の柱。


 左には壊れた荷車。


 逃げ道が少ない。


「セイル!」


「風を入れます!」


 セイルが両手を出す。


 風がフィアの横から吹き、身体を押した。


 半歩。


 それでも足りない。


 継ぎ獣の爪が届く。


「ベル!」


『無理だ! 遠い!』


「じゃあどうすんだよ!」


『お前を守る!』


「今狙われてるのは俺じゃない!」


『分かってる!』


「だったら!」


『でも俺様は!』


 ベルの声が詰まった。


 初めてだった。


 ベルが言葉に迷った。


『……俺様は、お前を守る盾だろ』


 小さかった。


 さっきまで怒鳴っていたのに。


 今は、俺へ確かめるような声だった。


 俺は一瞬だけ言葉を失う。


 でも。


 フィアへ迫る爪が見えた。


「そうだよ」


『……なら』


「だからって、俺だけ無事ならいいわけじゃない」


 ベルの顔が歪む。


「俺はフィアにも生きててほしい。セイルにも。クロにも」


 走る。


「ベルにも!」


『……俺様、も?』


 ベルの目が見開かれた。


「当たり前だろ!」


 ベルが黙る。


 ほんの一瞬。


 それだけなのに。


 今まで見たことのない顔だった。


 ベルは、自分が壊れることを数に入れていなかった。


 盾だから。


 守る側だから。


 自分は最後まで立っていればいい。


 ずっとそう思っていたんだ。


『馬鹿言うな』


「何が?」


『俺様は盾だぞ』


「知ってる」


『盾は守る側だ』


「知ってるよ」


『守られる側じゃねえ』


「それはベルが決めることじゃない」


『……っ』


 ベルが言葉を失う。


 継ぎ獣の爪が振り下ろされる。


 フィア。


 遠い。


 ベルでは届かない。


 俺の足でも間に合わない。


『くそ……』


 ベルの声が震えた。


『届かねえ』


「ベル」


『目の前にいるのに』


 半透明の拳が強く握られる。


『俺様は盾なのに』


 悔しそうだった。


 怒っている。


 でも相手にじゃない。


 自分自身に。


『守れねえのかよ』


 俺は大盾を握り直す。


「じゃあ守ろう」


『届かねえって言ってんだろ!』


「届かなくても!」


 俺も叫ぶ。


「守りたいって思うくらいできるだろ!」


 ベルが息を呑んだ。


 継ぎ獣の爪が迫る。


『……守れ』


「ベル?」


『守れ』


 今度は強い。


『俺様の目の前で、誰も傷つけさせるな!』


 誰に向けた言葉なのか分からない。


 俺か。


 自分自身か。


 それとも。


『守れぇぇぇぇっ!』


 その瞬間。


 ベルの縁が光った。


 金色。


 ほんの少し。


 細い光が大盾の表面から空気へ滲み、俺の前から横へ伸びていく。


 フィアのいる方へ。


 壁にはならない。


 形もない。


 ただ一瞬。


 継ぎ獣の爪が何かに触れた。


 ガンッ!


「っ!?」


 軌道がずれる。


 フィアの肩を狙っていた爪が、その横の壁へ突き刺さった。


 石が砕ける。


「何、今の」


 フィアが固まる。


 俺も分からない。


 ベルも。


 半透明の姿のまま、呆然としている。


『……俺様が?』


「ベル?」


『今の……俺様か?』


「たぶん」


『たぶんって何だよ』


 いつもの言い方。


 でも、声が少し震えていた。


 ベルが自分の手を見る。


 それからフィアを見る。


『届いたのか』


「うん」


『あそこまで?』


「一瞬だけ」


『……そうか』


 ベルの肩から力が抜ける。


 フィアが無事だと分かった瞬間だった。


『……よかった』


 小さかった。


 聞き間違えそうなくらい。


「ベル」


『言うな』


「まだ何も言ってない」


『絶対言うな』


「何を?」


『うるせえ!』


 戻った。


 少しだけ笑いそうになる。


 でも戦いは終わっていない。


 金色の光も、もう消えている。


「今の、もう1回できる?」


『知らん!』


「やっぱり?」


『できるなら今すぐやってる!』


「分かった。じゃあ当てにしない」


『そこはもう少し期待しろ!』


「できたら頼む!」


『そのくらいでいい!』


 継ぎ獣が爪を壁から抜く。


「フィア、動ける?」


「うん!」


「セイル!」


「こちらも問題ありません!」


 フィアが壁際から離れる。


 セイルが風を送り、足元の石片を払った。


 俺も継ぎ獣との間へ入りかけて、止まる。


 また俺が前へ戻る必要はない。


「フィア、そのまま前!」


「いいの?」


「危なくなったら下がって!」


「了解!」


 フィアが短剣を構える。


 俺は少し後ろ。


 ベルを正面ではなく斜めに。


 セイルはさらに後ろ。


 クロは俺の右手。


『ルカ』


「何?」


『中』


「中?」


 クロが継ぎ獣を見る。


『見えた』


「何が?」


『硬いところの奥』


 継ぎ獣がフィアへ動く。


 フィアも走る。


 左へ。


 継ぎ獣が追う。


 そこへセイルの風。


 今度は敵へじゃない。


 フィアの背中を押す。


 速度が少しだけ上がった。


「速っ」


「押しました!」


「急にやる!?」


「避けましたよね!」


「まあね!」


 フィアが笑いながら切り返す。


 継ぎ獣の反応が一瞬遅れる。


「クロ、どこ?」


『胸』


 俺は見る。


 白い線。


 継ぎ獣の胸の奥。


 甲殻の隙間から、一瞬だけ見えた。


「核?」


『分からない』


「でも狙う?」


『……うん』


 走る。


 フィアが作った隙へ。


 クロを突く。


 黒い刃が胸へ向かう。


 届く。


 そう思った瞬間、継ぎ獣の前脚が下から跳ね上がった。


「っ!」


 クロを引く。


 避ける。


 浅い。


 あと少し。


 もう少し長ければ。


『……届かない』


「見えた?」


『うん』


「どこまで?」


『奥』


「斬れそう?」


 クロは答えない。


 継ぎ獣を見る。


 さっき突いた場所。


 甲殻の隙間。


 白い光。


 俺にも見えた。


 確かに何かある。


「もう1回行く?」


『同じはダメ』


「だよな」


 クロが考えている。


 その間にも継ぎ獣は変わる。


 胸の甲殻が少し閉じた。


 今の突きまで覚えた。


「クロ」


『うん』


「別の場所からなら?」


『……届かない』


「距離?」


『うん』


 黒剣を見る。


 長さは変わらない。


 届く間合いも分かっている。


 その距離まで近づけば、継ぎ獣も分かる。


「もっと長ければな」


 口にしただけだった。


 クロがこちらを見る。


『長い』


「え?」


 表情が変わった。


 何かを思い出しかけた時の顔。


 でも、まだはっきりしていない。


『前に』


「前?」


『……長かった』


「何が?」


 クロは黒剣を見る。


 自分の身体を見るみたいに。


『私』


 黒剣が震えた。


「クロ?」


『分からない』


 刃の先から黒い光が滲む。


『でも』


 ほんの一瞬。


 先端が伸びた。


「……え?」


 剣じゃない。


 細い。


 長い。


 槍の穂先みたいに。


 ほんの一瞬だけ形を変え、すぐ元へ戻った。


 クロ自身も目を見開いている。


『今の……何』


 俺にも分からない。


 でも。


 届かなかった場所。


 その先へ。


 確かに一瞬だけ。


 クロは伸びた。

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