↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/60

第55話 読ませない

 鉄扉の向こうから、何かを削る音が続いていた。


 ガリ、ガリ、と一定ではない。少し止まったかと思えば、また別の場所から聞こえてくる。


 まるで扉のどこが弱いのか、探しているみたいだった。


「長くは持たなそう」


 フィアが鉄扉を見たまま言う。


「うん」


 俺はベルを持ち直した。


 隔離訓練場には、反対側にも作業用の小さな出入口がある。そちらはギルドの職員が外から封鎖しているはずだ。


 今はまだ、継ぎ獣をこの中へ閉じ込められている。


 問題は、扉を開けた後だった。


『今さら怖気づいたか?』


「そうじゃない」


 怖くないと言えば嘘になる。


 前に正面から戦って、俺たちは負けた。盾を出す角度も、剣を振る前の動きも、フィアが助けに入る瞬間さえ利用された。


 でも、前と同じ戦いをするつもりはない。


「街へは出さない。それだけ忘れなきゃいい」


「うん」


 フィアが短剣を抜いた。


「今日は弓じゃないんだ」


「最初はね」


「途中で変える?」


「たぶん」


「了解」


『俺様は?』


「危ないと思ったら教えて」


『それだけか!?』


「十分だろ」


『俺様の扱い、どんどん雑になってねえか!?』


『うるさい』


 クロが一言で切った。


『クロ、お前最近俺様に冷たくないか!?』


「今それやる?」


 少しだけ肩の力が抜けた。


 その時、後ろから足音がした。


「ルカ君」


 振り向く。


「セイル?」


 小丸眼鏡を押し上げながら、セイルがこちらへ歩いてきた。腰には治療道具を入れた小さな鞄を下げている。


「避難は?」


「終わっています。負傷者も今のところいません」


「トワは?」


「職員の方に預けました。かなり不満そうでしたが」


「想像できる」


 フィアがセイルを見る。


「ここ、危ないよ」


「知っています」


「なら何で来たの?」


 セイルは鉄扉へ目を向けた。


「観察しているだけでは足りませんから。今回は僕も入ります」


 俺は思わず聞き返した。


「戦えるの?」


「その反応は少し傷つきますね」


「いや、だって……」


「治癒術師だからといって、護身手段がないわけではありません」


 セイルが片手を上げる。


 指先の周りで空気が揺れた。小さな風だったけれど、ただ吹いているわけじゃない。細く、狙った場所へ集まっている。


「風魔法?」


「得意というほどではありませんが、多少は」


「初めて聞いた」


「聞かれませんでしたから」


「それ言われると何も言えないな」


 フィアが少し笑った。


「何ができる?」


「大きな攻撃魔法は期待しないでください。踏み込みをずらす、跳躍を少し押す、落下を弱める。粉塵を払うこともできます」


「十分じゃない?」


「僕もそう思います」


 意外と自信がある。


「治療は?」


「もちろんします。ただし、怪我をする前提で無茶をするのはやめてくださいね」


「まだ何もしてない」


「先に言っておきます」


「言っといた方がいい」


 フィアまで頷いた。


「なんでフィアまで……」


 納得はいかないけど、助かるのは間違いない。


 継ぎ獣が食べた記録の中に、セイルの本格的な戦闘記録はほとんどないはずだ。俺たちよりは、読まれていない。


「セイル。こいつ、一度見た動きに慣れる」


「分かっています」


「だから同じ風の使い方を何度もしたら、たぶん読まれる」


「なら、僕も状況を見て変えます」


「それでお願いします」


 フィアが鉄扉の機構へ手をかけた。


「開けるよ」


「うん」


 俺はフィアの横へ立つ。


 いつものように前には出ない。


「今日は本当に私が前なんだ」


「そうなるかもって言っただろ」


「覚えてたんだ」


「そりゃ覚えてるよ」


「じゃあ行くよ」


 フィアがレバーを引いた。


 鉄扉がゆっくり持ち上がる。


 最初に見えたのは、黒い爪だった。


「来る!」


 継ぎ獣が飛び出した。


 俺はベルを正面へ出さない。横へずらし、フィアが前に残る。


『本当に前に出しやがった!』


「本人が行ったんだよ!」


 フィアは短剣を低く構え、継ぎ獣の突進を待っていた。


 継ぎ獣が一瞬だけ速度を落とす。


 見慣れていない。


「今」


 フィアが左へ踏んだ。


 継ぎ獣も左へ動く。


 読まれた。


 でもフィアは短剣を振らず、右足で地面を蹴った。細かな砂が継ぎ獣の顔へ舞い上がる。


 黒い頭が反射的に振られた。


「ルカ!」


「見えてる!」


 俺は右から入る。


 クロを振ると、継ぎ獣は身体を引いた。そこまでは知っている。


『下』


 クロの声。


「うん」


 途中で斬撃を止め、そのまま地面へ刃を落とす。


 石片が跳ねた。


 継ぎ獣がさらに横へずれる。


「セイル!」


「はい」


 風が走った。


 俺が思っていた方向とは違う。


 継ぎ獣の横から、地面すれすれを這うように風が入り、前脚へ当たる。強く吹き飛ばすほどじゃない。


 ほんの少しだけ。


 踏み込みが外れた。


 継ぎ獣の身体が傾く。


「効いた!」


「ずらしただけです!」


「十分!」


 フィアが入る。


 短剣が肩の甲殻の隙間へ浅く入った。


 黒い身体が跳ねる。


「通った!」


「次は通らないと思って!」


「分かってる!」


 フィアはすぐに離れた。


 継ぎ獣の前脚が横薙ぎに振られる。


「ベル!」


『任せろ!』


 俺はフィアの前へ割り込まず、横からベルを押し出した。


 受け止めるんじゃない。


 軌道をずらす。


 爪が少し上へ逸れ、その下をフィアが抜けた。


「今のいい!」


『だろう!』


「もう1回はやらない!」


『早い!』


 継ぎ獣の視線が俺からフィアへ移り、最後にセイルで止まる。


「僕ですか」


「セイル、下がって!」


「いえ」


 セイルはその場を動かなかった。


 継ぎ獣が走る。


 前脚が振り下ろされる直前、風が起きた。


 ただし敵へじゃない。


 セイル自身の身体が横へ滑る。


「え?」


 爪が空を切った。


 数歩先へ着地したセイルが眼鏡を直す。


「自分に使えるの?」


「できます」


「先に言ってよ!」


「聞かれませんでした」


「またそれ!?」


 継ぎ獣が止まる。


 セイルを見ている。


 もう学び始めている。


「同じ避け方はダメ!」


「承知しています」


 再び継ぎ獣が低く構えた。


 今度もセイルへ向かう。


 フィアが動きかける。


 俺も足が出そうになる。


 でも、止めた。


 助けに入る。


 そこまで含めて読まれる。


 フィアも同じことを考えたらしく、動かない。


「セイル!」


「見えています!」


 継ぎ獣が跳んだ。


 今度、セイルは風を使わなかった。


 ただしゃがむ。


「え」


 爪が頭上を通り抜ける。


 そのまま横へ転がり、距離を取った。


「普通に避けた!?」


「魔法を使うとは言っていません!」


 継ぎ獣が一瞬止まる。


『今』


 クロ。


「うん!」


 俺は走る。


 正面ではなく、継ぎ獣の後ろへ回った。


 クロを振る。


 継ぎ獣が振り返り、避ける。


「フィア!」


「言わなくていい!」


 フィアはもう動いていた。


 短剣を逆手に持ち、前脚の後ろへ潜り込む。


 さっき斬った場所じゃない。


 関節の裏を浅く斬り、そのまま離れた。


「同じ武器でも場所を変える」


「そういうこと!」


 俺も追わない。


 継ぎ獣が俺たちを見る。


 ほんの少しだけ迷っている。


「効いてる」


「まだです」


 セイルの声は落ち着いていた。


 継ぎ獣の肩。


 脚。


 視線。


 全部を見ている。


「何を見てる?」


「こちらを見ている相手を、です」


 その言葉の直後。


 継ぎ獣が動いた。


 フィアへ。


 さっきより速い。


「来た!」


 フィアが左へ。


 継ぎ獣も左。


「っ」


 すぐ右へ切り返す。


 それにも追いつく。


「もう覚えてる!」


 フィアが飛び退いた。


 爪が服を掠める。


「フィア!」


「平気!」


 俺が入ろうとした。


「来ないで!」


 足を止める。


 継ぎ獣の目が俺へ向いていた。


 やっぱり。


 俺が助けに入るところまで見ている。


 フィアは1人で逃げる。


 その途中で短剣を投げた。


 継ぎ獣が避ける。


 その隙にフィアは逆方向へ走った。


「武器捨てた!」


「後で拾う!」


 それでいい。


 フィアが距離を取ると、継ぎ獣は追わずに俺へ向き直った。


「次、俺?」


『来るぞ』


「うん」


 ベルを構える。


 いつもの盾。


 そう見せる。


 継ぎ獣が右へ回り込む。


 俺の癖を知っている。


 なら。


「ベル」


『なんだ』


「ちょっとここ」


『は?』


 俺はベルを床へ立て、そのまま手を離した。


『おい!?』


 継ぎ獣が止まる。


 ほんの一瞬。


「行く!」


 ベルを置いたまま、クロだけを持って左へ走る。


『俺様を置いてくなぁぁぁ!』


「すぐ戻る!」


 継ぎ獣の視線がベルと俺の間を揺れた。


 迷った。


 それで十分。


『右』


 クロが言う。


「分かった」


 右へ切る。


 継ぎ獣も反応する。


 でも俺は振らない。


 そのまま横を抜けた。


 攻撃が来ると思ったのか、継ぎ獣は身を引いている。


 俺はベルへ戻った。


『何だったんだ今の!?』


「何もしない」


『作戦ですらねえ!』


「でも引っかかっただろ」


『……まあな!』


 継ぎ獣が低く唸った。


 初めて聞く声だった。


 怒っているのか。


 苦しいのか。


 分からない。


 胸の奥の白い線が、さっきより強く光る。


「ルカ」


 フィアの声。


「うん」


「速くなってる」


 継ぎ獣の後脚。


 筋肉の盛り上がり方が変わっている。


 俺たちが戦い方を変えるたび。


 向こうも変わっている。


「学習が追いつき始めています」


 セイルが言った。


「最初より反応が早い」


「じゃあ、ここからだな」


 俺はベルを持ち直す。


 最初の1回は通る。


 でも、それを続ければ読まれる。


 ただ違うことをするだけじゃ足りない。


 相手が何を覚えたのか。


 そこからまた変える必要がある。


「フィア」


「うん」


「同じのはなし」


「分かってる」


「セイル」


「僕もですね」


「もう完全に戦ってるでしょ」


 セイルが少しだけ笑った。


「そうですね」


「ベル」


『今度は置くなよ!』


「それはその時」


『置く気あるだろ!』


「クロ」


『うん』


「次、任せる」


 クロが黙る。


 継ぎ獣を見る。


『……考える』


「それでいい」


 継ぎ獣が身を沈めた。


 誰を狙う。


 俺か。


 フィアか。


 セイルか。


 分からない。


 でも。


 向こうだって、同じはずだ。


「来る!」


 フィアが叫ぶ。


 継ぎ獣が踏み込んだ。


 その瞬間。


 俺たちはもう、誰もいつもの場所にはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。